flash-back












 あれから、の宮原は。
 失踪していたときに明るく染められていた髪色は、学祭が終わってから元の黒髪に戻してしまった。
 長期欠席の理由を問う教師をうまく丸め込み、級友たちの「女がいたんじゃないのか」というつっこみには「ふられた」と軽く流している。
 休んでいたブランクをものともせず、定期考査で物理は美鶴に大差をつけて1位だったし、総合でも7位に食い込んだ。いつ勉強しているのか、近いところにいるはずの亘と美鶴にもわからない。
 そのくせ前にまして他人の世話を焼いていたり。

「宮原はすごいな」
「宮原がいなくちゃこのクラスはまとまらないよ」

 そんな声も、いつも通りの、気負わないのんびりとした笑みで受け流した。
 ただ、嬉しそうに「ありがとう」と応えるのだ。そこだけは、ひとかけらも変わりなく。







* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *







 休憩時間、美鶴が次の選択授業で教室移動してしまい、ひとりになった亘は周囲を見渡して、自分と同じく移動の無い宮原を見つけた。次の時間の予習をしている。いや、手は止まってる。握ったシャーペンの先を左の手首にぎゅっと押し付けるようにして。嫌な構図。
「宮原」呼びかけると、驚いて顔を上げた。シャーペンがポロリと零れ落ちる。

「え?何?」
「何、って、ぼんやりしてたでしょ」
「うん。眠気がきて、一瞬飛んでたよ」

 メガネを外して、目頭を押さえた。そしてもう一度メガネをかけてしまえば、いつもの宮原が復活する。

「・・・ねえ、最近ちょっと元気すぎない?」
「うん、まあ、調子はいいね」

 メガネ越しで解かりにくいけれど、目を大きく見開いて、黒い瞳が亘を探すように泳いだ。おかしい、そう思う後にその瞳がやたら湿っていることに気付いて、亘の胸もドキリと鳴った。これが女の子の瞳なら、「誘ってるのかなぁ」なんて考えてしまいそうだ。
 そんなことを考えてたのがバレたのか、宮原は亘から視線を外して、机の上の教科書を適当にパラパラ捲りだした。

「えと、疲れてない?」
「睡眠はちゃんと摂ってるし、ごはんもちゃんと食べてるし」
「うん、それは美鶴にも聞いた」
「聞いてるんなら別に俺に聞かなくても」

 亘と美鶴の仲を茶化してクスクス笑う。いつも通り、いつも通り…。
 けれど、話を逸らそうと必死にも見える。そう思い出すと、亘の性格は確かめずにはいられない。

「宮原、時々死にそうな顔してるって知ってる?」

 やっと宮原の顔から笑みが消えた。現れたのは沈黙。まじまじと亘を観察して、本当に心が動いたときだけ見せる苦笑いが出てきた。

「…大丈夫。三谷、お前怖いなぁ」

 何が?聞こうとしたらチャイムが鳴った。宮原がバイバイと手を振った。
 怖いってどういう意味だろう。



 かつて星読みだった人も、誰かに降りかかる運命が怖いと言ったっけ。
 そう、宮原を恐がらせたのは亘で、宮原にとっての何かを、凶星のごとく予言をしてしまったのではないか。
 宮原の、秘密の一端を亘が知っていたとしても、何ら変わる事はなく日々は過ぎていく。
 けれど、嵐は、まだ宮原の中にいるんじゃないだろうか。







* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *







 その夜は偶然やってきた。でなければ、誰にも知られることは無かっただろう。

 夜半過ぎ、美鶴の睡眠が僅かに浅くなった時、ベッドの上段でパッと白い蛍光灯が灯った。そのせいで、ゆるいまどろみはしっかりした覚醒に変わってしまった。寝つきの良くない美鶴が疲れたため息をつく。
 最近の宮原が呆れるほどよく眠るのが羨ましいほどだった。美鶴が寝入ってからこっそり起き出して勉強していた、なんてこともありえるな、思考が巡る。
 けれど、そうだ、亘が何か言っていた。美鶴なら気にも留めないような小さなことで。
「今の宮原は昔の美鶴みたいだ」と。
 そんなのたいしたことじゃない。そう思いながらも、亘の勘のよさに、僅かに不安がよぎった。

「宮原?…起きてんのか?」

 カタン、硬いもの、きっと宮原のめがねが転がった音がする。もう一度、宮原?と呼んでみても返事はない。
 初めて美鶴もおかしいと感じた。普段なら、深夜であろうと「起こしてごめん」くらいは言うはずだ。二人部屋だからこその気兼ねの無さで。
 少し、様子をみるだけ、と起き上がって上段へのハシゴに手をかけた。金属をこする音が、きゅ、と鳴ると、宮原の気配が動いた。

「…………」

 聞き取れない。けれど、きっと拒絶の言葉だ。来るな、見るな。構わず、美鶴はカーテンを引いた。

 宮原は、横たわったままベッドの隅に逃げて、非難の目で美鶴を見る。
 まずその目に驚いた。
 つややかな膜がかかる、吸い込まれそうな黒い瞳。欲情しているときのような。
 かちり、歯が鳴った。次いで宮原の全身にビリビリと震えが走った。
 痙攣かもしれない。
 咄嗟の対処が吹き飛んでしまい、美鶴は慌てて宮原の身体を揺すった。

「…宮原?宮原!?…寮長呼んでこようか?」
「ぁぃか…、いらな、…るさ、…はぁ、はあっ」
「普通じゃないぞ!?パニック発作か?」
「はぁっ、ぅ、ちが…、すぐ、おさまる、…ぃ…ぁ…あぁ、」

 一度声を出したせいで、浅い呼吸が止まらない。呻き声が小さくなったのは、枕に顔をきつく押し当てているからだ。
 やがて、言葉どおりに、激しい震えは小さく治まり、その替わりにしっとりと汗に濡れてゆく。
 震えは高熱を出したときのものに似ている。美鶴が額に触れようとすると、宮原はびくりとまた大きく震えた。
 黒い、瞳に怯えが見える。叱られた子供のような。
 構わず、手のひらを当てると、思わず退きそうになるほど冷たかった。額も、頬も、耳も。肌からは色という色が失せている。唇も、白い。
 美鶴の方を見て、(美鶴の目ではなく)宮原は笑おうとする。
 瞳が左右に揺れている。もしかしたら、見えていないのかもしれない。

「ご、めん、夜中、起こして。前から時々あるんだよ。もう平気、だから」
「俺だけなら騙せる嘘だな。亘が気付いてなきゃ俺も見過ごした」

 カチカチと歯が鳴るのを、ぐっと噛み締めて押さえてる。
 美鶴は小さく痙攣し続けている宮原の腕を引っ張った。
 肘の内側を覗こうとすると、はじかれたように、残る力全部で宮原は壁際へ逃げ、自分の腕を掴んで隠した。

「注射針の痕なんて残ってないだろ。消えたから、帰って来たんだろ」
「はっ、あぁ、そ、うだっけ?…そうか、これ、見えるのは俺だけか」
「覚せい剤のフラッシュバックか?お前、目が見えてないんじゃ」
「見えてるよ」

 さえぎって、宮原は白い視界に集中する。懸命に目を見開いてやっと見えてくる、怒っているような友人の白い顔。
 見抜かれてしまったら、隠している意味が無い。
 望んでやったわけではなく無理矢理やらされたことだ。それでも突然突き上がるドラッグの欠乏感に狂わされるのは仕方のないこと。
 抑圧される恐怖の中、宮原はとりあえず呼吸を安定させることだけを考えることにした。

「…三谷、気付いてる、ん、だよね? 怖いなぁ、直感?」
「あいつはこういうの、ニオイでわかるんだ」
「探知犬?」

 ふ、と吐息なのか笑ったのか、判断がつかない。

「どうすれば治まるんだよ?」
「そりゃあ、もう一回、クスリを打てばね」
「バカ」

 ふふ、と今度は表情を伴って笑った。黒い瞳が涙の海を泳いでゆく。美鶴を試すように。

「じゃあ、強烈な快感を、もらえれば?」
「疑問系かよ」

 どんなに息を抑えても、その分、あとからあとから汗に濡れて、色香が立ち上る。
 視線をそらせば、艶を帯びた黒い瞳孔が涙を頬に誘導する。
 誘っているつもりなど無くても、磨り減らされた神経が全身の表面に浮いて出て、美鶴が触れた部分から、甘い痺れが宮原の全身に広がる。

「お前、ずるい」
「うん、ずるい、だから、しなくていい」
「俺が勝手に、したことにすればいい」

 宮原、耳元で名前を呼んでやると、こくりと咽が動く。噛み付いてやりたい衝動。

「お互い、後悔しそうじゃない?」
「そうだな」

 近い未来を視野に入れて止めようとしても、その堤防はあまりに低すぎて、衝動を抑えることにはならない。
 宮原の冷たい唇を、美鶴はぺろりと舐めてから優しく、できるだけ優しくキスを落とした。
 くい、と、顎を引くと簡単に入口が割れる。舌を伸ばして届く口腔も驚くほど冷たい。宮原の凍えた舌が温もりを求めて美鶴のそれに絡む。

「…ん、…ぅんんっ…あし…」
「息しろ」
「はぁっ、は、あしかわ、もいっかい、して」

 角度を変えて、今度は荒々しく喰らいあう。
 たちまち溢れる唾液を、宮原が雛鳥のようにこくん、こくん、何度も飲み下した。
 少しずつ、呼気に熱が混じり、頬にも僅かに赤みが射した。唇を離すと、名残を追って舌がついてくるが、構わずに宮原の瞳から零れ落ちる涙を耳まで追いかけて舐め取った。
 頬を合わせたまま耳朶を噛むと、ぴりっと静電気を受けたときのように震えた。虐めてやりたくなってくる。

「あ、ふぁっ…痕、つけるな」
「隠れるとこだから。動くと噛むぞ」
「んぅ…はっ、そだ、あしかわ、HIVは?検査…」
「マイナス。お前は?」
「同じく…、肝炎もシロだった。運良く?」
「宮原、前から気にしてたんだろ?俺が大丈夫かどうか」

 亘より以前に、誰とどういう関係があったのか一度も口にしたことは無いけれど、その可能性はあった。いつから気付いていたのか、言い出すタイミングをいつから計っていたのか。
 辛そうに眉根を寄せながらも、口元だけにいつもの余裕含みの笑みを作る。けれど、指先で首筋を辿れば簡単に崩れて、息が上がってくる。Tシャツの中に指を滑らせれば、身をよじらせて逃げようとする。

「あ、ひゃぁっ、脇さわるなっ!胸も、お前、触り方がやらしいんだよ!」
「当たり前だろ。そういうことをしてるんだから」
「ちょっと、痛いって」

 美鶴は抗議を聞きながらも、捲り上げたシャツから覗いた鎖骨に歯を立てた。抵抗する腕が、迷って諦めたようにシーツを掴んだ。
 美鶴より、亘よりも、広く大きな胸をなでて確かめる。そういえば小学生の頃に水泳をやっていたんだ。中学で辞めてしまったのを未だに惜しむヤツがいたっけ。
 そう、この健康的な男の胸を露出していたのだ。誰にも独占させない、「みんなの宮原くん」は今、薄く汗を滲ませて快楽に絶えている。
 左右の、男にはただの飾り扱いの場所を、指先でこする。行為に全く慣れてない先端は柔らかいまま。痛めないように、ゆるゆるいじり続ける。シーツを掴む指が何度も動いて、ギリギリのところで、宮原の理性が踏ん張っているのがわかる。

「なあ、いつまで優等生やってるんだ」
「いつまで、って、さあ?…たぶん、ずっと」
「そうやって、いつまでも笑ってるのをやめろって言ってるんだ」
「ムリだよ…、芦川と同じだって、おまえ、知ってるくせに」

 貼り付いて剥がれなくなった仮面。
 美鶴に無表情と冷笑以外が極端に少ないように、宮原にも笑顔しかない。

「芦川は、さ、友達失くしただろ、…う、じ、けんの後で」
「宮原は母親が再婚するまで、友達いなかったんだな」
「そ、俺たち、運命入れ替わり」

 美鶴の指は戯れをやめない。小さな粒がうっすらと浮き上がってきて、やっとそこに敏感な反応が現れ始めた。
 舌先が触れる。宮原は僅かに不安を滲ませて、胸の上にとどまる美鶴を見遣った。

「親にも友達にも、誉められることをやってれば、見捨てられない」
「あ、はっ、そこ舐めるな、いや、くすぐった…、…そんな、風にみえるんだ?」
「違わないだろ」
「く、ふふっ、屈折してるなぁ、あ、…、単純に、誉められんのが、嬉しかった、だけ…こら、しつこい」
「手、出すな。負い目なんか、あって当然だ」

 美鶴の肩を押して遠ざけようとする両の手を捕まえて、頭上へ押さえつける。伸びた二の腕辺りの筋肉がきれいな線を作っている。まるっきり男の身体だ。

「負い目じゃない、感謝だよ、…宮原の、父さんには」
「感謝、か」

 左の乳首に吸い付いてやる。甘噛みよりもきつめに歯でいじる。反対側も、指先で強くつねり上げると、宮原の頭から足の爪先まで反り返る力が走り、懸命に、悲鳴だけは堪えた。
 一瞬なのか1分なのか解からない間の後は、また優しく触れられる。その差がもどかしい。物欲しそうな吐息が美鶴の耳に届く。

「あしかわ、ぁ…つあっ、へ、へんな感じ…、な、これ、って、俺、焦らされ、てんのか?」
「よかったんだろ?」
「う、…んっ、男でも、いいんだ…こーゆーとこって。…イキそーになった…」

 ふぅん、言いながら美鶴の唇の端がつりあがった。指が下腹を滑ってジャージのズボンまでくると、布ごしに宮原のものが硬い形を作ってるのがわかった。
 はっと、それ以上を止めようと動く腕もまた囚われる。美鶴の手がズボンの下に入り込んで、ぐいっとトランクスごと引き下ろした。

「こらぁっ、こんなっ、お前何するんだっ!」
「珍しい。こうすれば、宮原も焦るのか」
「ちょっとまて!口つけるなぁ!うぅ、ああ、もう!」
「動くな」

 美鶴の、夜目に赤く見える唇が宮原のものを咥えた。舌で絡んで、頭を上下させると、早くも先端から蜜があふれ出す。
 根元から握った指でこすり上げると、ぴちぴち、水音と、宮原の切ない吐息が狭い空間に満ちた。

「あ、あしかわ、フェラチオうまい…」
「誰と比べて?」
「それはひみつ。でも、もう本気でやめてくれよ。お前の顔に出したくない」

 苦しげに訴えられて、ふっと美鶴が笑った。望みどおり口を離す。粘液で濡れた指はさらに下へ滑り、宮原の後孔にぷつりともぐりこんだ。
 はっ、吸い込む息が短い。そのまま詰まる。力は抜けていないが、抵抗も無い。このまま犯してもいいのか。

「恐くない、か?」
「…芦川が?」
「もういい。四つ這いになってろ」

 挑発めいた軽口にムッとする。命じるように言うと、指を抜いて美鶴は下段の自分のベッドをごそごそ探った。
 宮原はごろりと体勢をうつぶせに変えて、這おうと足を動かすが力が入らず、ぺちゃりと潰れたような恰好になってしまった。
 美鶴が戻ってくる、その手にチューブと、コンドーム。

「なにそれ」
「ローション。使わないと辛いだろ」

 肩越しに振り返ってる宮原に?マークが飛んでる。

「輪姦されたときは使わなかったのか」
「憶えてないや…。クスリで意識トンでたから」
「あ、そ」

 さらりと流す。哀れみも同情も無い。宮原にはそれが心地よい。
 ピチピチと、チューブの先が音を立てて、透明なジェルを押し出す。こぼれそうなそれが、宮原の硬い秘孔に塗りつけられる。少しずつ、入口に近いところをほぐされて、さらにチューブの中身をしみこまされて、美鶴の細く長い指が奥へ、侵食していく。

「は…あ…俺の…、直腸…」
「照れ隠しに変なこと言うな」
「だって、まじで、人体の不思議、実感中…」

 指でかき回すと、気泡混じりの液体がぐちゅぐちゅと音を立てた。
 美鶴は、自分の善いところを宮原にも試してみたくなった。

「ココとか?…このあたり?」
「あ、あああっ!ひ、やめぇっ!…あしか、ふぁっ!まずいっもぉっ」

 切羽詰った悲鳴。美鶴は指を引き抜いた。湧き上がるのは征服欲だけではなかった。
 スウェットを下ろして素早くコンドームを着けると、宮原のひくつく孔に大きくなった先端を押し当てた。

「入れるから」
「う、…勃ってんの?」
「宮原、今のお前の顔、他のヤツに見せるんじゃないぞ」

 腰を揺らすと、少しずつ中に滑ってゆく。

「俺以外に見せるな」
「あっ、はっ!…、あしかっ…、あぅっ」
「そう、力抜いて、…うまいよ」

 宮原のそこは、初めての受け入れ方じゃなかった。
 すっかり奥まで入れて、美鶴は動きを止めた。圧力に耐えて、震えている背中を優しく撫でる。

「なあ、祐太郎、って呼んでやろうか?」

 唐突な提案に、宮原は場にそぐわないくらい、噴き出して笑った。

「宮原の方がいい。俺その名前じゃなくなったら、俺じゃなくなる気がする。芦川は、ミツルって呼ばれたくないんだろ?名前が嫌いなんだと思ってたけど、違うよな?」

 始まる前に言ってしまおうとする、冷静さはまだ宮原に生きている。

「ミツルって呼ばれることに何か意味がある。お前が嫌がる理由が」
「罪を思い出すんだよ。だから、名前を呼ぶのはワタルだけだ」
「あいつだけ、いいね、そういうの」

 宮原の目がうっとりと見とれるように、美鶴の上を滑った。
 危ないな。
 ドラッグみたいにハマったらどうしよう。

「もう喋るなよ。舌を噛むから」

 芦川の罪ってなんだろう、機会があれば三谷に聞いてみよう。
 律動に意識を刻まれながら、宮原の思考は星空のように澄み渡った。







* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *







「おはよ」

 早朝の教室。
 亘が窓全開で涼しい風を浴びて自転車通学時の汗を乾かしている。
 おはよう、応えながら、やっぱりいた、と宮原は苦笑する。窓際の席に着くと亘が宮原の首根っこを捕まえて、すーっと大きく息を吸った。

「美鶴のニオイがする」
「…探知犬?」

 否定しないことが答えになって、亘は目に見えて嫉妬する。
 それが面白くて、宮原も美鶴もからかいたくて仕方ないのがわからないのだろうか。

「三谷には敵わないよ。お前、あいつのこと何でもわかるんだからさ」
「そんなわけないよ。でも、今日の宮原は昨日と全然違うよ。すごく余裕がある」
「あーあ。三谷に気付かれてたのも迂闊だったし、芦川にカマかけられて、しかも引っかかった自分に腹が立つなぁ」
「貸しにしとくよ」

 亘はますます宮原にしがみついて離れない。
 くんくん、すんすん、ニオイを探して宮原の首筋をうろうろする。吐息がくすぐったい。

「で、怒らないの?」
「あとで美鶴を怒っとく」
「俺に罰は無いの?」
「今以上の罰が必要?まったく…友達甲斐が無いって宮原のことだよ」

 宮原自身の落ち度でこうなったのだ。
 死んでしまいそうなほど苦しい時に、せめて、亘と美鶴には助けを求めてもいいのだろうか。
 察したように、亘は宮原の耳元の髪をすくって、隠されていた昨夜の傷痕をちろりと舐めた。

「僕も宮原食べてみたいなぁ」
「…俺さぁ、三谷が怒ったときも怖いけど、芦川が嫉妬してるときも怖いんだよね」
「どういう意味?」
「亘はあげない、だってさ」

 ぷしゅ。亘が変な感じで吹き出して笑った。頬を赤らめて。

 この友達がいれば、必ずドラッグは遠ざかる。
 つくづく、運命を左右してくれる。
 宮原がふざけて絡む亘の腕から逃げたところに、低血圧の雷雲を孕んだ美鶴が現れた。











あとがき





2006.09.30


farewell-index