いつか、私は消えてしまう
 真っ白な4年間に、引き込まれてしまう




calling




「ユウさん!」

 呼びかけたとき、ユウさんはとても驚いていた。
 私も驚いたけど。
 まさか、こんなところで会うなんて、私の勘は時々すごい。
 近くの信号が赤になった。
 ユウさんはガードレールを跨いで広い車道を走って渡ってきてくれた。

「すごい偶然だね」
「最初はわからなかったんだけど、声が聞こえて、そしたらユウさんに似てたから」
「声?」
「あ、本当の声じゃなくて、そんな予感がするんです、私。変だけど」

 目深に被っていたキャップを脱いでふるふると頭を揺らすと、ぱさぱさの髪がゆれる。
 にっこり笑うと、いつものユウさんの雰囲気が色濃くなって、安心した。

「変じゃないよ。俺の声、聞こえた?」

 流れる人波を避けて、ユウさんはビルの大きなウィンドウの側まで私を引っ張った。
 暖かくて優しい手のひらからは、さっきの声は聞こえない。

 叫んでいたでしょう?
 ひどく怒って、とても悲しんで。
 だから、最初は別の人だと思ったの。

 キャップが私の頭の上に落ちてきた。

「うん、キュート!今日のアヤちゃんはキャップでもかわいい」
「やだ、ブカブカです!」
「被ってなよ。似合うから」

 知ってる。
 これは、ユウさんがおにいちゃんに時々見せる表情。
 被っていた方がいい。目がそう言ってる。

 そうか。
 私、目立ってるんだ。
 ビジネス街に小学生、だもんね。
 ユウさんは、とても街に馴染んで見えて、一緒にいるだけで私を隠してくれる。
 わかりました、って指で合図すると、背中を曲げて、目線を合わせてくれた。

「どーしたの?って聞いていい?」
「この先の、病院に行ってたんです。あの、定期健診で」
「そっか」

 本当は、病院じゃなくて、心を探る研究所。
 睡眠、催眠、覚醒、夢の中にいるもうひとりの私。

 ユウさんは、気付いてるみたいだった。
 私が、失くした4年分の記憶を探していることを。

「辛い?」
「怖い、です」

 夢は夢。
 怖い夢。
 なのに、本当なら4年分の辻褄が合う。

 おにいちゃんが死んでしまう。
 私のために死んでしまう。
 ごめんね、ごめんね、って手を伸ばしたら、

「私、帰ってきちゃった…。まだ、あそこにいなくちゃいけなかったのに」

 ごうっと、
 熱い重力につつまれて、キャップが弾け飛んだ。
 私は、抱きしめられていた。

 驚いたのは、いきなりだったからじゃなくて、こころの痛みが伝わってきたからだ。

「みや、はら、さ」
「ひとりで、行くな」

 声が聞こえるよ。
 ひどく怒ってる、とても悲しい、叫びが。

 それでも、

「もし、私が、どこかに、消えてしまったら」

 怒ってくれるかな。
 悲しんでくれるかな。
 おにいちゃんも、わたるおにいちゃんも、ユウさん、も。

「そのときは、俺も一緒に消える。そしたら、淋しくないよね?」

 澄んだ夜空みたいな黒い瞳に、本当も嘘も、こころ全部溶けて吸い込まれた。

 淋しかったんだ。
 ずっと。
 私は、ずっと淋しかったんだ。

「連れてってくれるかな?アヤちゃん」

 頷いた。
 頬が触れたユウさんの胸が、おにいちゃんよりも少し広いのがわかった。

 あの夢は、もう怖くない。







おわり。








くふふ。
まちなかではぐってみました。
でも宮原が保護色なので、他の人はあまり気にならない模様。

実は次の話への伏線。

2006.09.07


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