隣の女子




 書店の2階、参考書コーナーが見えてきたところで、亘の足が止まった。連れてこられた美鶴も、狭い階段で立ち往生。何事かと亘の向こうを美鶴も覗く。
 彼らの10歩ほど先に、学友である顔なじみがキレイ系女子と和やかに談笑していたのだ。

「カノジョ、じゃないよね?トモダチ?」
「それにしては、随分親しげだ」

 声をかけて良いものか、迷う。女子は清楚とか可憐とかいう言葉が本当に似合っている。さらさらの黒髪に、清潔な白い肌、唇だけは薄いピンクのリップがひいてある。
 数段上がったところのレジで会計を済ませた客が、階段を降りようとして二人に気付き、どうぞ、と道を譲った。上らざるをえなくなる。階段のタイルは足音をカチカチと響かせた。

「あら、同じ学校の人よ」

 制服で判断したらしい。キレイ系女子が小声で言うと、その相手は何気なくこちらを振り返り、動揺することもなく、いつもの呑気さで笑う。

「なんだ、三谷と芦川か。同級生です」
「何やってんの宮原」
「英語の参考書探しにきたんだ。椿台女子の佐原さん」
「はじめまして、椿台の佐原です」

 姿勢も礼儀も大変よろしく、にっこり微笑んでの一礼は、男子校で馴染みの薄い3人に強烈な刺激だった。
 女子を敬遠しがちの美鶴さえ、僅かに頬が緩む。そうか、宮原がこんな美女と友人(またはそれ以上)ならば、妹も諦めるだろう、などとヒソカに打算をめぐらせつつ。

「僕らも英語の参考書を探しにきたんだ。T●EICの」
「俺は要らないんだぞ。お前のを探しについてきてやったんだ」
「じゃあ、宮原くんと同じ理由ね」

 佐原は膝を折って平積みされてる本に手を伸ばし、一冊を宮原に渡した。

「これはどう?さっきのよりは簡単だと思うけど」
「あ、これなら判ります。でもちょっと簡単すぎるような」
「じゃあこっちはどうかしら」

 書棚から水色の背表紙の本を引っ張り出そうとして、ぎっちり詰め込まれていて軽く引くくらいでは取り出せない。佐原が背伸びをして抜こうとするのを、宮原はその指に触れるか触れないかくらいで、代わりに本を引っこ抜いた。
 手伝う素振り、というのはこういうことなのか。宮原すごい、美人を相手にサマになってる、亘も感嘆のため息をつく。

「ああ、判りやすそうです。問題数も…多いですね」
「860点以上を目指してね」
「無理ですよ」

 隣に並んでいた同じ背表紙の本を、美鶴も手に取りパラパラと捲る。確かに宮原レベルなら丁度いい具合だろう。
 この女子、英語のセンスがいい。というか、椿台女子のレベルもかなり高い。

「どう、美鶴?僕もその本がいい?」
「亘はリスニングのほうがヤバいだろ。先生が薦めてたヤツにすれば?」

 メモを片手に数冊をピックアップする。が、CDの中身なんて見えないので、そこではたと止まる。
 どれがいいのかわからない。全部買うほどの金銭の余裕もない。
 考え込むと、佐原が控え目に「赤い表紙のがよかったわ」と言う。
 美鶴が、佐原ではなく宮原に、モノ問いたげな視線を向けた。

「佐原さんはT●EIC、950点だよ。カナダでしたっけ?帰国子女」
「よく憶えててくれたわね。ありがと」
「では、信頼します」
「うん、赤いのにするね」

 散らかした本を書棚に戻して、亘と美鶴は早々にその場を立ち去ろうとする。
 と、佐原が「あの、」と呼び止める。

「よろしければ、椿台の学祭に来てください。入場チケット送ります」

 そこで、美鶴は僅かに機嫌を損ねた。女子高なんか面倒なだけだ。

「4枚ください。もうひとり一緒に行きます」
「なんで、俺も!?」
「あ、…お友達はダメですか?」
「いえ、絶対行きます。芦川も行きたくなります」
「いいの?じゃあ、去年と同じで生徒会執行部宛てに送ります」
「よろしくおねがいします」

 再び、花が香るような魅惑的な笑顔をみせて、佐原は先にその場を離れた。
「本、選んでくれてありがとうございます」宮原が手を振れば、佐原は小さく頭を下げて、階下へ降りて行く。

「ねえねえ、宮原、あの人、何?すごくキレイでいい人だったけど、どういう関係なの?カノジョとかじゃないの?」

 焦ってせっつく亘に、宮原は意外そうに目を丸くした。

「違うよ。あの人は去年の椿台の生徒会長。うちの学校と交流あるだろ」
「そうか。宮原って生徒会の有志によく引っ張り込まれてるもんな」
「それで?お前と付き合いはあるのか?」
「…ないよ。佐原さんは2学年上で、うちの3年にカレシもいる。去年の生徒会長」

 美鶴ががっくりと項垂れた。
 生徒会絡みだと、宮原が懇意にしていてもおかしくない関係だ。

「さっきの、学祭のもうひとり一緒に行く人って誰のこと?」

 何の気無しに亘が問う。
 勝手に連れて行かれる話になって、美鶴がきつく宮原を睨みつけるが、宮原はそのことよりも他に気がかりがあるように、視線を泳がせた。

「芦川ー、お前聞いてない?」
「何を?」
「アヤちゃん、来年椿台の中学、受けるって」
「知らな…い、こと、ない…というか、そのこと」

 美鶴が記憶の淵を覗き込む。
 以前、アヤに女子高の話を聞かれたことがあった。けれど、美鶴には興味の薄い話だったので(しかもどこの制服が可愛いかと聞かれたし)、進学の話とは思えず、きちんと返答できなかったのだ。

「椿台ってうちの学校と同じくらいのレベルだよね」
「アヤちゃんならもう少し上も狙えるんだけど、おにいちゃんの学校と近いから椿にするってさ」
「へぇ〜」

 素直に感嘆している亘の横で、美鶴は騙されないぞとさらに宮原を睨みつける。
 美鶴と同じ学校ということは、亘も、宮原も同じなのだから。

「宮原、その話、いつアヤから聞いた?」
「ぅえ?」

 会話が途切れる。
 そっと後退する宮原の腕をぐいと美鶴が引っ張り、反対の腕を亘が捕らえた。見事なコンビネーション。
 美鶴の口元に微笑が浮かぶが、その目は鍛えられた日本刀の如く、ぬらりと光る。

「英語の勉強をしながら、ゆっくり聞こうじゃないか」







おわりです。









ああ、ちなみに、芦川くんはT●EICの学内模擬試験で980点取った人。

私は、英語がさっぱりわからない人。

2006.08.31


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