Let's play!




「運動したーい!」

 残暑も和らぎ僅かに涼しい風も吹く午後に、亘は大声で友人(恋人)を呼ぶ。
 今日はただふたりで会ってるだけ。三谷家には母がいるし、芦川家には叔母がいるし、寮は強制バルサンの為あと数時間は入れない。
 亘の高校生エネルギーは発散されず、ぐつぐつと煮詰まる一方。
 行き場の無いのもこれ幸いと亘の部屋に転がり込んで、クーラーの効いた部屋で読書をしていた美鶴も、何度と無く「運動したいしたい」と訴えられて辟易気味。

「運動って、何するんだよ?」
「プールは?」
「子供だらけだろ」
「バスケは?」
「3on3でもメンツが足りない」
「フットサルもいいな」
「だから、人数がいないだろ」
「卓球は?」
「インドアか。じゃ卓球で」
「やっぱダメ。外で遊びたい」
「走る。筋トレ」
「面白いの?」

 平行線を辿りそうな会話の果てに、亘はふと思い出した。

「カッちゃんにテニスの貸しコートがあるって聞いたことある!フットサル場の近くに」
「テニス、ね」
「美鶴、やったことある?」
「随分前だな。アメリカにいた頃に、少し」

 美鶴の滑らかな頬が笑いの形に動く。自身ありげに。
 よっし!テニスをしに行こう!
 亘が立ち上がると、美鶴も読んでいた本に栞を入れてカバンに戻し、目的地へさっさと向かい始めた。

・・・・・・・・

 市営バスの車庫が移転して、その跡地にテニスコートはできていた。
 繁華街や住宅街からも遠く、人が集まりにくい場所だ。
 スクールをやってない間は時間貸しをしてる。
 暑い日のせいか、4面あるコートはどこも使われていなかった。
 レンタルのラケットとボールは使用感はあるもののきちんと手入れがされていた。

「亘、ルール知ってるのか?」
「ルールくらいは…漫画で読んだから。やったことはないよ」
「じゃあ適当に打ってればいいか。お前、身体で覚える性質だし」

 コートに分れて入り、最初は美鶴が軽くサーブを入れる。なんとかスカをすることなくボールを返し、美鶴がほぼ同じ位置にボールを打ってくる。
 短調なストロークが続くうち、亘が美鶴のスイングをトレースできてくる。
 不意にバックハンドで打たれても、ラリーが続くと亘にもバックハンドで打ち返す余裕が出てくる。

「へぇ。結構続くな。教える人間が上手いからか」
「覚える僕がすごいから!」

 調子に乗って、亘が強めに美鶴の上にボールを上げると、狙ったように美鶴が高く舞い、亘の肩口を黄色いかたまりが掠めた。
 パン!と後方に跳ね上がるボール。

「今の何?」
「普通にスマッシュ」
「…絶対真似する」
「軽くゲームしてみる?」

 亘がこくりと頷いた。
 もちろん亘は本気、美鶴は遊んでる気でゲームを始めた。が、ラブゲームで終わらせようと目論んでいた美鶴の思惑は、亘の上達の早さに阻まれる。
 4ゲーム目で1ポイント取られてしまった。

「やったー!サーティ・フィフティーン!」
「お前嫌い。俺から何でも持っていきやがる」
「え?嫌いなの?」
「嘘。もっと上手くなれ。本気でいくぞ」

 美鶴のサーブが変わる。手元でトスしていたのを、高く上方に投げてからに。
 スピードも威力も増し、亘のレシーブは大ホームランになってしまう。

「こんなの、返せないよ!」
「返せる。やってみろ」

 次も同じ位置にサーブを打ち込まれ、亘は両手でラケットを構えてやっと美鶴のコート内にボールを打ち返すことができたのだが、ロブでネット際に落とされて、ポイントにならなかった。

「結局美鶴が強いんじゃん」
「当たり前だろ」

 6ゲーム全部美鶴が取って1セット終了。
 息を切らしてがっくりな亘とほっと一息な美鶴、ネット越しに握手を交わした。
 パチパチパチ。
 亘の後ろから拍手が届いて二人が視線を向けると、カッちゃんこと小村克美が外の遊歩道から手を振っていた。

「あれぇ?いつから見てたの?」
「ついさっき。ガッコの友達んチ行った帰りなんだ。…アシカワ、上手いのな!」
「小村もやるのか?」
「一応。ミタニよりは上手く返せると思うぜ」
「カッちゃん交替ー!!見学で勉強させてよ」

 後半、かなり走らされた亘が、ラケットのグリップを幼馴染に差し出した。
 小村はチラリと美鶴の表情を伺う。いつになく上機嫌で亘との間に入ることを不愉快に思っていない様子。

「ほんじゃ、いっちょ揉んでくださいな、アシカワくん」
「6ゲーム1セットでいいか?」
「おっけ。じゃんけんぽんっ!…オレ先サーブな」

 亘がネット横に立ち、主審を受け持つ。
 ゲームは美鶴が優位に動いていく。きちんと教育を受けたであろうフォームはとてもキレイで(そうでなくてもキレイなのに)、見るだけに徹することになった亘は、ついつい惚れ直す。
 一方の小村も、フォームは自己流が混じりながらも、持ち前の勘のよさと意外性のプレイで、美鶴からちょいちょいとポイントをかすめ取る。
 3ゲーム目でデュースになった頃から、美鶴の闘争心に火がついた。

「強ぇ!アシカワ、強ぇぇ!何でテニス部入んないの?って人間関係ニガテだっけ?」
「面倒なのは御免だな」
「相変わらず・・・・・・あ、ちょい待ち」

 小村が尻のポケットから振動する携帯を取り出す。発信者を確認して、ぽいっと亘に放った。

「宮原から!ミタニ、オレのフリして出て」
「え?いいの?てか、なんで宮原がカッちゃんに電話…」

 亘が後ろを向いて小声で話してる間にも、美鶴vs小村克美のバトルは続く。
 宮原は電話に出た亘に驚きながらも(小村の真似は一瞬で見抜かれた)、テニスをしていると言えば、ああ、と納得した。以前このテニスコートで小村と遊んだのは宮原だという。
 繋がりを不思議に思ったが、同じ町内で自営業を営む親同士、自治会行事などには子供らも借り出され、よく顔をあわせてるとかなんとか。
 電話を切ると、セットマッチを美鶴が制して終了。

「宮原、なんだって?」
「学祭の件でカッちゃんに話があるって。こっち来るって言ってたよ」
「おお、あの話か!じゃ、待ってる間にもう1回遊んでよ」
「俺休憩。亘、代わってくれ。小村、本気で亘をやっつけていいから」
「マジ!?」
「うそ!?」

 喜ぶ小村と驚愕の亘に、自身でも滅多に無いと思える笑みで応える美鶴。
 一瞬固まったが、亘が先に金縛りがほどけて、じゃんけんからお遊びテニスになっていく。
 美鶴はポケットの中の小銭を確かめると、管理事務所横の自動販売機からスポーツドリンクのペットボトルを4本買った。
 コートではダラダラとラリーが続いている。
 1本を開けてイオンとミネラルを補給していると、さっきの小村への電話の相手がママチャリのブレーキをキーキー鳴らしながら到着した。

「へぇー。今日はえらく健全な遊びしてるんだ」
「いつでも不健全みたいに言うなよ」

 美鶴が放り投げたペットボトルを受け取って開封しながら、宮原は美鶴の隣へぺたりと座る。
 亘が気付いて「やっ!」と声をかける。「どっちが勝ってるの?」と問えば、小村が「オレ!」とラケットを空に突き上げた。

「芦川もテニスするんだ」
「お前の前でやってないのに何でわかる?」
「だって、あのふたりに負けてたら、今みたいに余裕ぶちかまして座ってないだろ」
「宮原、お前ホントにヤなヤツ」
「このゲーム終わったら、一戦相手してよ」
「小村の用事は?」
「んなもん後廻し」

 余裕ある者同士の牽制がしばらく続いた。

 小村vs亘のほがらかテニスが終わった後(後半亘が追い上げたが、なんとか小村勝利で終了)
 美鶴vs宮原の一戦はギャラリーが声をかけるのもためらうほどのパワーテニス。力も技術も拮抗していて、勝敗の行方がさっぱりわからない。

「ミタニ…、アシカワとミヤハラって仲悪いんか?」
「いやぁ…どうだろう。普通にライバルじゃないの?」

 温くなったスポーツドリンクを口にしながら、亘も小村も、この場に幼馴染がいてよかった!と心の底から思っていた。





おわるです。









とにかく、テニスがしたかった!それだけです!
「学祭の件」はまたそのうち♪(書ければ)

webで勉強しながら書きました。
ヘンなトコあったらツッコミいれてやってください。

2006.08.30


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