The Hermit
すごく悩んでる、な。
しかも自分でなんとかできる範囲じゃない。
恋や人間関係の悩みは運と努力次第で、なんて片付けるんだけど。
そもそもうらない屋なんかに来る時点で、ヒトは悩みや迷いを抱えてるものだ。
彼女の破滅的なカードの並びは、「友人の妹」というよりは「友人そのもの」のようだ。今の、ではなく小学生時代の彼を思わせる。
彼の場合は無関心を貫くことで壁を作っていたけれど。(それも、共通の友人、三谷亘によって随分崩されたが)
彼女の場合、兄だけでなく、全ての人を魅了する笑みで、自分を必死で守っている、ように見える。
「どう、ですか?」
「うん…ねえ、芦川…お兄さんや三谷には相談しないの?…できないの?」
大切な妹に悩みがあるとなれば、兄は粉々になるまで心を砕くだろう。三谷だって、きっと同じだ。
なのに、彼女は黙ってしまった。懸命に表情を消そうとする。
ああもう、そんな顔しちゃダメだよ。芦川美鶴に似てくるから。
「それじゃ、オレに相談しない?」
オレが、その話に関わってもいい?
彼女が顔を上げて、長い睫毛がパチパチと瞬いた。
彼女の友人たちも、面白そうに表情を変えた。
「ユウさん、それってナンパですか?」
「私たち、小学生ですよ?」
「あはは。オレの妹も小学生だよ。だから安心して頼ってくれて大丈夫。ただのうらない屋のお兄ちゃんだから」
小さな部屋に笑いが満ちる。
そう、彼女も一度は笑って、笑ったけれど、すぐに大きな瞳から涙を零した。
どうしたのかと戸惑う友人たちにごめんね、と繰り返して、
「ありがとう、ございます」
胸をつかえさせながら言った。無理に笑うことを、彼女はやめたのだ。
女の子たちのいつものペースを取り戻したくて、ケーキが美味しいカフェに寄った。(来月発売の雑誌に紹介される店だったりする)
たちどころに機嫌を回復させてしまう「甘いもの」には敵わない。
学校の話、テレビドラマの話、男の子の噂…、賑やかで飽きない。
男子校に通っていては見当たらない華を補給する。(まったく無いわけではないけれど。芦川と三谷など別の意味で華々しい)
夏の夕方は長いとはいえ、それでも遅くなりすぎないように、小学生たちを家まで送り届ける。
みんな当然、実家の近くの子ばかりなので、帰りには家に寄って、家族の、弟妹の顔をみて帰ろうなんて思いつつ。
先に、彼女の友人を送った。彼女の家は知ってる。兄の家と同じだから。
「近道しようか」
ふと、校区の真ん中あたりに位置する神社へと足をむける。
実は、この神社には曖昧な記憶がある。彼女の兄と図工の絵を描くために写真を撮ったのだ。つつじの赤い花。なのに、彼の転校は2学期の初めだった。つつじのはずがない。おかしな記憶違い。
「寄り道、の方がいいな」
「遅くなると、」
「大丈夫、叔母さんには遅くなるって言ってあるもん」
神社の境内の端っこにあるブランコに、彼女は走っていく。仕方が無いな、とついていく。
小学6年生にしては小柄な彼女が、キイキイ、ブランコを揺らす。そう、彼女は初めて会った頃から、すごく小柄だったっけ。
ブランコが揺れる。
その揺れるチェーンを後ろから掴むと、勢いをつけて、押して、引いて、大きく揺らしてやる。
「きゃあっ!あははっ!で、も、っ!ちょっ、!こわいっ!おもしろいけど!」
「芦川…お兄さんもこんな風に遊んでくれたんじゃないの?」
ただ、仲良し兄妹を確認したかっただけなのに、急に、楽しそうな声が止まった。
ざあっと踵を引き摺って、ブランコを止めた。
おかしい。
あんなに妹を大切に思ってる芦川なのに。その妹を悩ませてるなんて。
「ユウ、さん。が、小さい頃、3歳と4歳と5歳の頃って、どんな風でした?」
「え…、うーん。父親の暴力が酷くて母親と一緒に逃げたり、離婚騒動があったり、再婚騒動があったり」
「…あ、ごめんなさい」
「いいよ。昔のことだし、今は結構楽しいし、弟も妹もカワイーし」
小さくくすっと笑ったけれど、またすぐ沈む。
「アヤちゃんも、小さい頃大変だったんだろ」
「…憶えてないんです」
「小さかったから?」
「私、4年分の記憶が欠けてる、っていうか、無いんです」
「それくらい、ショックが強かった、ってことだよね」
「…そうじゃなくて、本当に、何も無いんです。気付いたら、2歳から6歳になってたんです」
まさか。さっきのカードの配列は、それを示していたのか。
破滅と停滞、祈りと復活、付き纏う消滅の影。
「叔母さんはその4年のことを知らない方がいいって言うんです。お兄ちゃんには辛すぎる4年だったって」
「うん、まあ、想像はつくけどね」
「亘おにいちゃんは、私が生きてることが美鶴おにいちゃんの希望だったから、どんなことをしても叶えたい希望だったから、生きててくれるだけで嬉しいって。ただずっと、家族でいてあげてって」
微妙な違和感。
希望を叶えた?
生きててくれるだけでいい?
それでは、彼女が…生きていなかったみたいじゃないか。
「もしかして、私、本当は死んでいたのかもしれないって」
お兄ちゃんには言えない。聞こえないくらい小さく、こぼれた。
4年の空白。そして、今も付き纏う…
「…オレは、こんなにはっきり喋ったりできる幽霊は知らないな」
「見たことあるんですか?幽霊」
「昔…心霊写真を撮ったことが…」
「ユウさん、すごい」
いや、すごくない。それは、オレじゃなくて。記憶が途切れる。
そんなことはどうでもよくて。
こんな重いことを抱えてる彼女が問題だろう。
「さっきのうらないね、最後にとってもいいカードが出たんだ。女帝。喜びと幸せに心から満たされる」
「ほんとう、ですか」
「でも待ってちゃいけないよ。生きてるんだから、自分の手でちゃんと取りに行かなくちゃ。キミは死んでなんかいないよ」
我ながら饒舌だと思う。
けど、この子の生命は絶対に消してはいけない。そう、強く思った。
兄のためではなく、彼女のために。
「でも、それじゃ4年の間、私はどうしてたんだろ」
「どっか行ってたんじゃないの?ファンタジーにありがちな異世界とか」
「…ユウさん、やっぱりすごい。なんとなくそんな気がする」
「あてずっぽうだから本気にしないでね」
「…はい」
やっと、本物の笑みが、彼女に戻ってきた。
ああ、なんだか、三谷の気持ちが少しわかるよ。
可愛いな、芦川妹。犯罪的年齢差だから何もしないけど。
「寄り道終わる?」
「はい。ありがとうございます」
空の色は茜から紫に。
彼女は大丈夫と言ったけれど、急かしてふたりして走る。
マンションのインタホンで彼女の叔母さんの「おかえりなさい」は少し心配そうだった。
玄関先まで送ろうとしたけれど、彼女の兄の武勇伝(部屋まで訪れた同級生の男の子は、兄の絶対零度の微笑に凍りついたそうだ)を聞いて、エントランスで別れることにした。
手を振ると、手を振ってくれる。
「何にもできないかもしれないけど、また頼ってくれたら嬉しいな」
「ユウさん、あのね」
「はい、なんでしょう」
「ブランコ押して貰ったの、初めてでした。また押してください」
そんなことでよければ喜んで。
おしまい。
目指せ!ぴゅあぴゅあ!(マジで)
時系列は
「空色の想い」→「so near or faraway」→「the Hermit」→「カードは謳う」(現状)
Hermitは隠者。
宮原祐太郎:真実への探求、深慮。
芦川アヤ:(逆位置)秘密、誰にも話せない悩み、不信。
2006.08.17
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