街灯を過ぎて、薄闇に紛れるように、キスをするふたり。
 見てはいけないと思ったけれど、どうしても目を逸らすことができなかった。
 恋人のキスだ。
 ぱっと、ふたりが離れる。
 亘おにいちゃんが怖い目であたりを見回して、私は慌てて隠れた。
 わざとらしくベランダのサッシを開け閉めして、もう一度ふたりのいる暗い道を覗き込んだ。

「おにいちゃん、おかえりなさい!」

 美鶴おにいちゃんと亘おにちゃんは、ほっと頬を緩めて私に向かって手を降った。





so near or faraway





 夏休みだっていうのに、美鶴おにいちゃんはなかなか遊びに来てくれなかった。
 中学の頃はよく帰ってきてくれたのに、高校生になってからはあまり。学生寮ってそんなにいいところ?
 帰ってこない理由に、叔母さんに遠慮しているのはわかるけど。
 歳若い叔母さんに、高校生の甥だか弟分だかがいると彼氏も作れないだろ、なんて言う。
 姪だか妹分だかはどうなの?って聞くと、男にとって1000倍マシなんだって。

「アヤ、料理うまくなったな」
「おにいちゃんが帰ってくるから頑張っちゃった。いつもはもっと手抜きよね」
「そうよね。私もスウィーツいっぱい買っちゃった。美鶴くんが食べてくれないと太っちゃうわよね」
「後でいただきます」

 おにいちゃんはすごく優しく笑ってくれる。
 家族の前だけで見せてくれる、慈しむ柔らかさで。
 私も、叔母さんも、とっても幸せになる。
 そして不安にもなる。
 だって、本気で怒ったり、苛立ったり、泣いたり、してくれないもの。私たちの前では。
 そんな感情は、全部、亘おにいちゃんのものなんだ。

「アヤ、どうした?」
「え、ううん。なんでもないよ。宿題アドバイスもよろしくね」

 変なヤツ。おにいちゃんがデコピンをしてくる。
 うん、私って変なヤツ。
 亘おにいちゃんに嫉妬してる。

「あ、このデコピンもいつも亘おにいちゃんにしてるんでしょう?」
「してないよ」

 人差し指が、口元を覆い隠した。笑みを隠した。どうして隠すの?
 それは、おにいちゃんが私たち以外のところで幸せなのを隠したいから?
 叔母さんが気遣って席を外してくれたのに、私はいつもよりずっと頑張っておはなししなくちゃいけなかった。

「やっぱり、変じゃない?アヤ」
「もっとマメに帰ってくれなきゃヤだ。淋しいんだもん」
「うん。ごめん」

 どうしよう。
 小さな子供みたいな我が侭言っちゃった。
 余計に、亘おにいちゃんとキスしてたこと、言えなくなっちゃった。

 知ってたよ。
 美鶴おにいちゃんが亘おにいちゃんのこと、とっても好きだって、知ってたけど。

「ねえ、おにいちゃん。最近、夢を見るの」
「どんな夢?」
「おにいちゃんの夢」
「淋しい?」

 髪を撫でてくれる優しい指。

 その夢はね、おにいちゃんが怖い魔法使いになって、ヒトも動物も一緒に、森を焼き払うの。

 私は、おにいちゃんの、願いの為に生きているのに、おにいちゃんが私を必要としなくなったら。
 どうなるのかな。
 消えちゃうのかな。

 もとからいなかったみたいに、消えちゃうのかな。

「おにいちゃん、大好き」
「僕も、アヤがとっても大切だよ」

 もう、
 大好きと大切は違うでしょ。
 泣きそうなのを一生懸命隠した。

「叔母さんのケーキ食べよう!」






おしまい。









時系列「カードは謳う」の前。
アヤちゃんは散々悩んだ末に、トモダチのお姉ちゃんから「当たるうらない師」の話を聞くのです。
行ってみたら昔よく遊んでくれたおにいちゃんのトモダチ・ミヤハラ「祐」くんがいたという。
そんな偶然あるもんかね!?(あったら楽しいのです)

なにげにケーキ食うのが多いな。甘党?(笑)

2006.08.15


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