亘が教室に入ると、気の合う連中と、今日はあまり知らないヤツまでが輪を作っていた。
 何事かと思いつつも適当に挨拶すると、突然噂話を振られる。

「なぁ、三谷。宮原に彼女いるってホント?」
「うぇ!? 知らないよそんなの」
「シブヤでさ、すっげぇ可愛い子と一緒だったってさ」
「その子泣いてて、宮原が慰めてたらしい」
「ゴハンじゃなくて、ケーキ食ってたって」
「…へぇ〜」

 そこまで聞いて、亘には見当がついた。
 でもその可愛い子が彼女かどうかまでは…。
 思案していると、噂の主が教室に駆け込んできて、一声。

「助けてくれ、三谷!芦川に殺される!」





カードは謳う






 亘は先日、美鶴に届いたアヤからのメールを見せてもらってた。
 オトモダチとシブヤへ行ってケーキを食べてきた、という内容の。

「アヤちゃんの相手が宮原だったなんて」
「誤解だ…。芦川妹の友達も一緒にいたんだぞ」
「アヤちゃんって呼ばないの?」
「呼べるか!芦川兄に聞かれたらどうする!?」
「おまえに兄と呼ばれたくもないが」

 すうっと、気温が下がった。気圧も下がった。
 背後から迫る暗雲、雷雲。
 亘が素早く、宮原はおそるおそる振り返ると、静電気オーラを纏った美鶴が腕組みしつつ、薄氷のごとく微笑を浮かべている。
 眼は全然笑っていない。美鶴の怒りに慣れたはずの亘も、ざざーっと血の気が退いた。

「先週の日曜日だな?宮原、小学6年生に何をした?」
「何も、してない!」
「美鶴…ブレイクブレイク!眼で脅さないでよ」

 慌てて割って入る亘。以前より遥かに角が取れたとはいえ、美鶴が本気で怒れば相手を半殺しにしかねない。
 宮原もそれなりに喧嘩が強いのは知っているけれど、この場合宮原の方が断然危ない。

「何も無いならあの噂はなんだ?いや、アヤも何かを隠してる。おまえに関係があるのか」

 美鶴の詰問に、宮原は沈黙する。
 それは肯定を意味する。
 アヤの秘密を、宮原は知って黙っている。

「なあ、どこまで本当なんだよ?あの話。全否定じゃないんだろ?」

 宮原が眼鏡をすちゃっとかけなおす。何か考え付いたときの仕草だ。

「バイトしてるんだ、シブヤで。日曜だけ。そこにお客に来たんだ」
「バイト?そのケーキ屋で?」
「じゃなくて…うらない屋」
「ああ、聞いたことあるよ、アヤちゃんから。すごく当たるって…」
「おまえがか!?インチキ野郎!」
「インチキは酷いだろ芦川!」

 美鶴は不確かなものは信じない性質。大事な妹をうらないで惑わしたのなら許さない勢いだ。
 けれど、お客なら仕方ないだろうと、亘も思う。

「でさ、アヤちゃんの何をうらなったの?」
「それは、守秘義務が…」
「宮原、本気で殺されたいか」
「殺されたって言えません。…もう、助けてくれよ三谷」
「じゃあ、どこまで本当なのか教えてよ。美鶴もそれで納得しなよ」

 亘に思いのほかキツく言われ、美鶴もしぶしぶ矛を収める。
 宮原の話は簡潔だ。
 バイト先のうらない屋に、アヤが小学校の友達2人と一緒に訪れた。
 アヤはうらないの内容に少なからずショックを受けていた。
 バイト終了の時間だったので、友達もまとめてケーキ屋に連れていって慰めた。
 ついでにちゃんと家まで送り届けた。

「以上です。だから、彼女だとか付き合ってるとかそういうのじゃないから」
「最後にもうひとつ聞かせろ。おまえ、次のバイトはいつだ?」
「…明後日の日曜」
「わかった」

 美鶴の目元がようやく緩んだ。現れたときのようにふわりと後ろを向いて、次の授業のあるクラスへ歩いていく。
 氷結の冷気が去り、亘と宮原は冷房の効きすぎた部屋から出たような安堵感に浸る。

「日曜、あいつ来るのかな…恐ろしい…」
「うらない屋?…みや、は、らっ、そんな目で見るな!わかった、僕も行くから!!」
「恩に着る…!三谷はタダでみてやるよ。芦川からは妹の分もふんだくるけど」
「アヤちゃんはタダでみてあげたの?」
「そりゃ泣かせたし。そんなに悪い結果でもなかったのになァ」

 宮原のアヤを気遣う口調に、彼の弟妹への優しさとは微妙に違う成分を感じる。
 だからつい、続きの質問をしてしまった。

「本気でアヤちゃんと付き合う気はないの?」
「ばか言うなよ…あんな小舅…命がいくらあっても足りない」
「そうかな?宮原だったら大丈夫だろ?」

 言葉にしてから、すとんと納得する。美鶴があれほど怒る理由も。
 予鈴が鳴った。
 宮原は頭を振っているけれど、取り付いているのはうるさい鐘の音では無さそうだ。




* * * * * * * * * * * * * * *




 日曜の夕、西日の満ちる路地の一角に、テント張りの小部屋が集まっている。
 待合に陶器が椅子が並べてあって、二人組の女の子が残っている。
 受付ボードには数名の占い師の名前が並べてあって、「祐」の欄には「予約でいっぱいです。ごめんなさい」と宮原の字で書かれていた。
 宮原は「来るのなら5時以降にしてくれ」と言っていた。店は夕方5時で終了なのだろう。すでにカラのテントもある。

 どこかでオルゴールの蓋が開いた。
 きらきらきら。
 優しい音色を追えば、「祐」の名がかかったテントから。
 亘がそっと覗いてみると中は誰もいない。美鶴も合せのカーテンを抜けて薄暗い小部屋に入る。
 漂う、甘い香り。多種のアロマオイルをブレンドしたような、そのくせサッパリした後に残らない匂い。
 さっき覗いた他の小部屋からはラベンダーの煙のようなにおいが満ちていた。部屋の使用者によって違うのだろう。
 中央に据えられた小さくはない丸テーブルには黒布がかけられていて、脇にはメモ紙、万年筆、占いに使うらしい木の板や細かな数字の書かれた表などが無造作に重なっている。その積み上げ方が宮原らしい絶妙のバランスだ。
 二つ並んだ陶椅子に座ると、亘は興味津々でそこらの物に触れ、美鶴はうさんくさげに香りの立ち上るアロマライトを凝視している。

「おまたせしました」

 奥のカーテンが揺れて、悠然と宮原祐太郎が現れた。艶のない灰色のローブのようなものを身にまとっていて、小部屋が現世とは隔絶された空間のように感じられる。
 雰囲気に呑まれた亘に対し、美鶴は憮然とする。

「なんだよ、その怪しい恰好」
「バイトとはいえ他人の心に触れるんだ。服くらい改めるよ」

 よどみなく椅子に座り、深々と一礼する。営業用のポーズらしい。宮原に似合いすぎている。

「それで?何をうらないに来たんだ?」

 宮原はふたりに問いながら、実は美鶴にイヤミをぶちかましている。興味もないのにわざわざ何をしに来た?と。
 場が剣呑となる前に、亘は大急ぎで「じゃあ僕をうらなって!」と告げる。

「星占いなら誕生日と生まれた場所と時間まで判ってたら嬉しいけど」
「時間…までは覚えてないや」
「タロットにする?ふたりいるし、カードのほうが時間かからないし」
「じゃあタロットに…ってなんだか怖いよね。呪われたりしない?」
「しないしない。多分ね」

 多分てなんだ、亘のツッコミを笑いとばしながら、宮原はポケットの中から黒い袋を取り出した。中から金色の縁模様の入ったカードがさらりと落ちてくる。

「三谷、掻き混ぜて。大きく、ざっとでいいから」
「え?宮原がやるんじゃないの?」
「三谷の占いなんだからさ。方向とか気にせずに、でも優しく触ってやって」
「うん…こんな感じ?」
「そうそう。いいかなと思ったらひとつに集めて」
「集めてー?」

 山になったカードが宮原の手につつまれたと思ったら、亘の前にざっと並べられる。

「テンスプレッド。連続で10枚選んで」
「適当に?念じながら?」
「どっちでもいいよ」

 何かを念じようにも、裏を向けたカードはどれも同じに見える。
 亘は深く考えることもなく、「直感で」カードを選んでゆく。選ばれたカードを宮原はぱたり、ぱたりと開いて、法則通りに10枚並べた。

「どう?何かわかる?」
「…三谷、おまえ、悩み無いなぁ」

 美鶴が横を向いて吹き出した。カードだけではなく、カードを選ぶひとつひとつの動作が心を読む基本なのだから。

「カードは結構面白いよ。過去に運命を断ち切ったね。再生を願って叶えられた。障害のところに嫌なカードがきてるけど」
「DEVILって悪魔?」
「誘惑、重圧、堕落。ちょっと大変そうだね、月もきてる。不安、変化」
「そんな、深いこと願ってカード選んでないよ?」
「そうだろうね。ま、遊びだし。三谷の望みは努力次第だな。力、勇気、強い意志、最後は星。いい感じだな」

 亘はほっと息を吐く。朝のテレビや雑誌に載ってるうらないよりは、ずっと当たっている気がする。
 カードは再び宮原の手の中に集まり、山を作った。

「芦川、やる?」

 ひとときの沈黙。
 うらなうことはこころに触れること。希望や不安を暴くこと。
 亘以外には頑なな態度を変えない美鶴にとって、宮原のうらないは良い結果を招くとは限らない。
 けれど、アヤが泣いてしまったというそのうらないに、美鶴も惹かれないわけがなかった。

「やる」

 宮原の手がカードから離れる。
 さっき亘がやったのと同じ手順で掻き混ぜられるカード。なのに、美鶴が触れるだけで魔法がかかったように金色の縁が輝いて見えるのは何故だろう。
 またひとつの山に戻り、美鶴の前に22枚のカードが並ぶ。選ばれるのを待つように。

「10枚、選んで」

 一枚ずつ指差してゆく。よどみなく、決まったカードに指が吸い込まれるようだった。
 宮原はそれをぱたり、ぱたりと開いていく。
 最後のカードが開かれた後、宮原は長く溜息を吐いた。そのまま暫し考える。

「妹には聞けなかったよ。なあ、芦川。兄妹で、子供の頃になにがあったんだ?」
「宮原も知ってるだろ。俺の父親が母親と、」
「その後だ。出逢った頃のこと、急に三谷と親しくなった。一度、死か、それに近い状態になったんじゃないか。体か、心か、どちらかでも」

 亘は驚いて胸いっぱいに空気を取り込んだ。その気配をも宮原は慎重に捉えてる。
 ふっと美鶴が口元に笑みを浮かべる。

「そんなこと、カードに出てるの?」
「いや、半分はあてずっぽう。カードは芦川らしく並んでるよ。自己に強い節制を強いてたり、孤独を好んでみたり。多くを望んでないよね、生きることに」

 とん、とん、とん、宮原の指が幻想の絵を突付き、一番最後に開いたMAGICIANの上で止まる。

「けど、もっと積極的になっていい。自分の為に」

 今度は美鶴が長く溜息を落とした。

「…なんでこんなうらないで、アヤが泣いたんだ」
「兄にも言えない悩みがあるんだろうね」
「宮原、ムカつく」

 美鶴の弱点を押さえてる宮原は僅かに余裕があるように見えた。この件に関して、は。
 アヤの支えに、美鶴がなれないときには宮原が代われるだろうと、亘も深く納得する。
 が、やはり美鶴はいつまでも不満そうだった。
 カードが宮原の手に集まり、もとの袋の中に帰ってゆく。

「見料いくらだ?」
「そうだな。片付けるからちょっと待っててよ。通りの向こうにあるカフェのケーキが美味くてさ、それ奢ってくれる?」
「ケーキ!僕も食べる!小腹減った」
「…わかった。ふたり分奢る」

 ケーキくらいで、このインチキうらない師が黙るというなら安いものだと美鶴は思う。
 けれど、カードの謳う声は、3人の耳から暫くは消えそうもなかった。






おしまい。









宮原、多芸だねー!って私がやらせてるんだ。なんでもできそうなんだもん♪

ちなみに、シブヤには行ったことがありません。(大阪人なもんで)
知ってるシブヤといえば、shibuya15とか仮面ライダーカブトの隕石跡地くらいです。
おお?どっちも田崎監督だね。龍騎にもシブヤ出てたよね。
ってそれくらいの認識です。特撮の街。激しく間違ってる。(笑)

オルゴールは「ほしめぐりのうた」がいいなー。宮沢賢治、双子の星。

2006.08.13


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