「下校班、特に3丁目の6区と7区、ちゃんと校門から帰ること!」
「帰りますよー。あんな路地通るの男子だけですー」
「下校ん時はちゃんと帰ってるぜ!」
「登校のときもちゃんとしなさいよー」
「うるせー女子―!」
幸せは手の中に
「じゃーねー」
「またあしたねー」
手を振って、ひとり、またひとり散っていく。正しい通学路を通ると寄り道の誘惑があまり無い。整然とした街並、整然と集団下校。
けど、いつもといきなり違う光景を見たら立ち止まらずにはいられない、カッちゃんと僕。
とうとう、工事中の足場とシートが無くなった。
「大松ビル、ちゃんとできたじゃん」
「工期長かったけどなー。何入るのかな、店」
かつての幽霊騒ぎはどこへやら。ピカピカの化粧板が陽光を反射して、通りかかる人の心を呼び止める。いらっしゃいいらっしゃい。
「ゲーム屋さんがいいな。本屋でもいいけど」
「コンビニでいい!この辺無いし。あー呑み屋はいらないけどな」
ダラダラ喋ってると、下校班はさっさと前を歩いて行ってしまう。
「ビルと神社の駐車場は兼用なのかな」
ぼくたちは縁石を踏んで、工事の車も無くなった駐車場の中を歩く。
ここだけ、アスファルトじゃなくて、地面のまんま。なんだか嬉しいちぐはぐ。
カッちゃんの歩みがいきなり止って、しゃがみこむ。
「何やってんの?」
「つめくさ。オレさー前にここで四葉のクローバー見つけたんだ」
「へえー!僕も探したことあるけど、見つけたこと無いよ」
一緒になってしゃがみこむと、下校班の女子がわーわー。随分先に進んでる。
「ミタニー!コムラー!置いてくよー!」
「いいよー、置いてってチョーダイ!」
「また明日―!」
返事もそこそこ、こんもりした緑色のかたまりの前にすわりこむ。
手で掻いて、足で掻いて、白いすじの入った三枚葉の中に、ひとつくらいあってもいいじゃないか。
「あったー?カッちゃん」
「んー」
適当な生返事。本当にここにあったの?四葉なんてさ。
「あった。みっけ!」
「ホント!マジ!?すごい、カッちゃんすごい!」
疑ってゴメン!ぷちっと長い茎を千切った先に、ちいさな四葉のクローバー。
大喜びしてる僕に、カッちゃんは得意そうに胸をそらして、それからその葉を僕に向けた。
「進呈〜!あげるよ、オレ前に見つけたし」
「え?でもいいの?・・・って、カッちゃん、その前見つけた四葉ってどこかにしまってあるの?」
「・・・さぁ。無くしたかも」
「ええー?無くしたって何でー?しあわせを呼ぶんだろ?四葉のクローバーって」
「だってまた見つかると思ってたし」
すごいナチュラルだ。カッちゃん曰く、幸福ってのは後生大事にしまっておくモンじゃないらしい。
差し出された四葉を貰って、ぼくたちはまたなんとなく緑のかたまりに手を伸ばした。
「・・・・何やってんの?」
声をかけたのは隣の組の女子。
あらら。集団下校班の中には当然、美鶴もいる。
「四葉のクローバー探してンの」
「こんなとこにあるわけないじゃん!早く帰んなさいよ、あんたたち」
女子がきゃらきゃら笑って歩いてく。
カッちゃんが何か言い返すかと思ったけど、何も言わなかった。丸い目が楽しそうだった。
「帰る?」
「うん」
駐車場から出ようとしたら、一番手前の緑を眺めてた宮原がポツリと。
「人に踏まれるところにあるんだって。四葉」
「へええー!!やっぱり探す」
「もういいじゃんかー」
「ちょっとだけ。カッちゃん先帰っといて」
少し迷ってたけど、宮原に促されるみたいにして、カッちゃんは手を振った。僕も手を振る。
ほんじゃ、またあした。またあした。
声にしなくても、絶対届く、ぼくらの挨拶。
もう一回だけ、足元に視線を落とす。この中に、あるのかないのかわからないけど。
すごい視線を感じる。下校班と一緒に行かなかった美鶴が僕の前に立ってる。
その視線は、とても痛い。突き刺さる。
四葉のクローバーなんてあるわけないだろって言えばいいのに。
子供っぽい。幸福を呼ぶなんて迷信信じてるワケ?
きっとそうだ。
チラっと見上げて、美鶴の視線に別の意味を感じて、胸がつきんと痛くなった。
しあわせなんて、探して見つかるもんじゃないだろ。
違うよ、だってさっきカッちゃんが見つけたんだから。
僕だって、きっと。
きっと。
・・・
「あ、あった。初めて、自分で見つけた!」
カッちゃんみたいに長い茎の真ん中あたりでぷちっと千切る。
ほら。あったよ。
四葉のクローバーを見せると、美鶴は困ったみたいに目をそらしてから、ちょっとだけバカにしたみたいに口元だけで笑う。
「バカなやつ」
いいよいいよ、今は何言われても気にならないよ。
それくらいのラッキー捕まえた気分。
「これあげる」
今、見つけた四葉を差し出した。
途端、美鶴の顔色が曇る。心に入るものを拒絶する、冷たい眼差し。
けれど、僕は怯まない。
「いらない。おまえが見つけたんだろ」
「僕はカッちゃんに貰ったから」
「こんなもの、貰っても」
「しあわせになれるんだよ」
「嘘吐き」
「本当だよ」
本当だよ、美鶴。
幸せって、こんな道端にひっそり落ちてて、それとは気付かないんだ。
四葉のクローバーが幸せを呼ぶんじゃないんだ。
四葉のクローバーが幸せを呼ぶと信じることが、本当の幸せなんだよ。
ねえ、
「僕のこと、信じられない?」
美鶴の瞳が揺らいだ。長い睫毛が僅かに下がる。
僕は鍵を持ってる。君の。
少しずつなら、心のドアを開けてもいい?
諦め含みの長いため息の後、憮然と美鶴は言い放つ。
「お人好しでお節介で、少しバカだけど、…信じてやってもいい」
「少しバカは余計だよ」
座り込んだままの僕に、美鶴は手を差し伸べた。
その手に、四葉を託す。
勢いのままその手を強く握って、立たせてもらう。
ほら、やっぱりすごいラッキー。美鶴と手をつないじゃったよ。
「ずっとニヤニヤ笑ってて、変なヤツ」
そういう美鶴だって、少し笑ってる。しょうがないヤツだなって。
本当に、しょうがないんだ。
手の中に、こんな幸せがあるんだから。
おしまい。
よつばを探すクセがあるのは私です。
2006.07.27
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