幸せは傘にある
あー・・・ーめふーれふーれがーちゃんがー
ダンボールでおーむかーえーぎゃははははっ!
まじッスよ?イラネーって!!
図書室前の廊下に、少し枯れた歌声が響き渡ってる。
集中を途切れさせたその声の主が、勢いよく引き戸を開け、反対側の壁まで当たってさらにバァン!と轟音。
「あー、いたいた!アシカワ!」
名前まで呼ばれると無視を決め込むこともできない。本から視線を外すと、ドングリ眼に元気をぎっしり詰め込んだ小村がいる。
場所に配慮したのか、少しだけ声のトーンを下げる。
「ミタニ待ってんだろ?アイツの班、音楽の合奏のパート合わせが上手くいかなくてサ、もうちょっとかかるんじゃないかなあ」
小村は喋りながらも気ぜわしく鞄の中をゴソゴソ探り、折りたたみの傘を取り出した。
「はい、これ」
「何?」
「何って傘じゃん。今朝、ミタニは傘持ってなかったし。アシカワは持ってんの?」
「持ってない」
「はぁ〜〜。何で?何で持ってこなかったの?」
ちらと視線を窓の外に投げると、白とねずみ色の雲から雨滴がさらさらと落ちている。
新聞で見た天気予報の降水確率は20%じゃなかっただろうか。はれのちくもり。天気図もレーダー写真にも、雨の予想なんて無かった。
傘なんて、持ってくるヤツのほうがおかしい。
「雨って、オレは昨日確信してたんだゼ!だって絶対ありえないんだ」
贔屓のサッカーチームの試合で有名なFWが的確なアシストを貰いながら、3度もゴールを外したとか。テレビ中継が終わってから、天変地異の前触れかと父親が用意してる非常持ち出し袋を点検までした。
傘も、さすがに普通の傘を持ってくるのは朝の青空では気が退けたので、折りたたみを持ってきた、という。
小村なりの理論を展開する。贔屓のチームが負けた云々、逆のことがあれば晴れるというわけでもない。相手チームのサポーターが喜べば晴れだったんじゃないか。
雨が降ったことを自分のこころもちのせいにする。どうでもいい身勝手。
「これを置いてったら、小村はどうするんだ?」
「教室にもう一本置き傘があるの忘れてたんだ。そっちで帰る」
「ふ…ん。ダンボールじゃないのか」
「え!?アレ、さっきの歌はこの間オフクロにやらされたんだ!スーパーで買い物した帰りにサ」
不服そうに愚痴をこぼして、ふと小村は黙って、表情がくるっと変わる。面白いものを見つけたみたいに。
「アシカワってサァ、すっげぇ頭いいけど…」
「…なに?」
「えーと、うん。よーくわかった。ミタニが言ってたこと。アイツのこと、頼むわ」
うんうんそんな感じだ、小村は一人で納得して、笑いをこらえてる。
亘が一体何を小村に喋ったのかわからない。
悪意は感じない。が、亘は俺を買いかぶってるから小村は何か誤解をしてると思う。
「ほんじゃぁ、オレは帰りまス!アイツにヨロシク言っといて」
小村は鞄を引っ掴んで、慌ただしく図書室を駆け出て行く。
やれやれだ。けれど、騒ぎは不愉快ではなかった。
窓の外をしばらくぼんやり眺めていると、小村が級友を他に2人も傘にいれて校門を出て行くのが見える。
おかしな風に揺れながら、きっとあの変な歌を歌ってるんだろう。
雨に消される校内の喧騒。
今までずっとひとりで無音の中にいたのに、亘と出会ってから随分騒がしくなった。
壁を作っていたのは俺。壊したのは亘。
初めは迷惑だと思ってた。けど、今は、亘に迷惑をかけてるのは俺のほうじゃないのか。
小村は、俺が図書室で亘を待っていると信じている。
もし俺が、亘を待たずに帰ってしまったら?
もし亘が、ここに来ずに帰ってしまったら?
宙ぶらりんの傘。
自分の傘がどうなるのか、小村は考えてないんだろうか。
亘は、俺を必要としないよ。
ぱたぱたと廊下を走る音、とん、とん、一段飛ばしに階段を駆け上がる音。
聞き違え用の無い、騒々しい音の主は、さっきのよりは幾分ゆっくりと図書室の扉を開けた。
「よかった、いた、美鶴!ごめん、音楽長引いた」
「…別に、おまえを待ってたわけじゃない」
「そーなの?でも一緒に帰ろ」
突っぱねてみても、返ってくるのは青空みたいな笑顔だ。
余計に落胆する。雨降らす雲のような思いは、消えない。
「これ、預かった」
2・3度の深呼吸で息を整えた亘に、柄に書かれた持ち主の名前を見せながら傘を差し出す。
「あ、カッちゃんの傘!うっわぁ、感謝だよ〜雨止みそうにないし。そういえばカッちゃんなんで雨って思ったんだろ」
「亘、おまえも昨日サッカーの中継見てたのか?」
「うん。見てた。酷い負け方した」
「それで小村は雨だと思ったらしいぞ」
「…そんなの超能力だよ。カッちゃんが雨を呼んだんじゃないか」
「俺もそう思う」
話しながら、戸惑いが増す。
亘の笑顔が子供っぽい。当然だ、幼馴染の話をしてるんだから。
小村はずっと亘の親友なんだから。
亘はともかく、小村が何故俺に関わるのかわからない。
傘、どうして俺に預けるんだろう。
亘に貸すのなら、教室の机の上にでも置いておけばいいのに。
傘を受け取ろうとした亘の手が止まる。
「あ。カッちゃんは美鶴に傘を貸したんだ」
「預かっただけだ。俺が借りる理由が無いだろ」
「違うよ。さすが…僕のことわかってるなぁ」
うんうん、頷く亘はさっきの小村と同じで。
ふたりの間にある絆と、その外にいる疎外感に自分が嫌になる。
亘は、俺がいなくてもいいんだ。
小村と亘の間に割り込んでいるのは俺だ。
「小村に、何か言っただろ。俺のこと」
「え。…少し、だけ」
「何て?」
亘はヘヘっと笑う。少し照れたように、そして誇らしいように。
「ずっと一緒に旅する仲間だって。幻界のことじゃなくて、これからのことだよ」
「仲間?」
「そう。勇者と魔道士はストーリーの最初で出会って最後まで一緒なんだ。カッちゃんは進む先々の町で僕らを癒してくれる宿屋の主人」
「それじゃ小村に悪いだろ。なんでパーティじゃないんだ。友達甲斐の無いヤツ」
「あのさ。カッちゃんのこと、幻界でちっとも思い出さなかったんだ。薄情だろ。けど、大切なことをもし僕ができなくて誰かに託さなくちゃいけないときは、カッちゃんにしか頼めない。カッちゃんは僕を信じてくれる。だから美鶴のことも僕と同じに、まるごと信じてる」
亘と小村の間には、本物の信頼がある。
だからって、亘の先にいる俺にまで、信頼を向ける必要はないのに。
小村にとって、俺は亘の付属品扱いでいいのに。
お人好し。亘と同じくらいの。
「僕にとって美鶴は、カッちゃんとはちょっと違う。絶対離せない。誰にも、カッちゃんにも託したりしない」
「何故?」
「だって、」
言葉を切って俯いた。
思い切ったように顔を上げたら、心細げに、泣きそうだった。
「僕には、いつでも美鶴が必要だから」
どうして。
鏡を見るように。
「ねえ、美鶴は?」
悔しいじゃないか。
亘と同じ顔をしている俺に、答えなんて無い。
言えるわけが無い。
さらさらと落ちる雨。
手の中に、小さな晴れ間ができる。
「もう、帰るよな。今は傘が必要だろ」
「うん。一緒に入れて」
超能力者・小村には、明日、傘を返そう。
勇者と一緒になってべらべら喋られそうだけど。
魔道士は人付き合いが苦手だから、できるだけ簡潔に。
おしまい。
やりたかったのは、あいあいがさ、です。
2006.07.26
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