手の中に、黒い刃のナイフ。
片方は鋭く、もう片方は肉を抉るためのギザギザがついてる。
この国では当たり前に手に入る軍隊用。
それに付着した黒っぽい血と、僕の腕から流れ落ちる赤い血が混じって、床の上に絵を描いていく。
尖った刃先から生まれる、きれいな花の絵。
いつのまに、僕はこんな力を得たのだろう。





赤い花





「あいしているよ、美鶴」

血にまみれて転がってる男が、何度も口にした。

縛られ、殴られ、犯される。
いつものこと。
繰り返された、つめたい、床の上で、温もりのカケラもない行為。
僕はいつも、いつのまにか、わらってた。

あいとはこういうものなのか。

「汚せば汚すほど、おまえはきれいになるんだな、美鶴」

おかあさんも言ってたよ、その愛人も。
美鶴はきれいだと。
きれい、なんて、いいこと無い。
男の言うとおり、しばらく眺めた後は汚して破いた方が面白いもの。



その日も、いつもどおりのはずだった。

からだの上を通り抜けたあらしの跡を眺めて、本当に、永遠に、これでもいいのかもしれないと思ったんだ。
つめたくても、これが僕に与えられるものなら。

「ねえ、叔父さん。僕のこと、ずっとあいしてくれる?」

いつもの、睦言への問いかけ。
裏切らないと誓えば、このままずっと置いてくれる?
男が顔をあげる。
ひどく、僕を怖れてる。
いつか見た、誰かに似てる。誰か、誰か。誰?

おとうさん?

「美鶴、おまえの、その目が、その目さえなければ、もっとあいしてやれるよ」

男がゆらり、立ち上がった。
大きく振り下ろされる何かを、自分でも信じられない動きで避けた。
よろけて壁にぶつかった。
部屋の明かりを吸い込んだ闇色の刃が、顔をめがけて降ってくる。

死ぬのかな。
僕も、やっとかぞくのところへいけるのかな。

ひざが、かくんと折れた。
刃先が頭を掠めた。
からだが前に倒れた。
肩から腕に、まっすぐ熱い線が走った。
突き飛ばすと、男はどうと転がった。
ナイフは壁に当たってはじけた。

「ダメだよ、叔父さん。殺すときは胸を狙わないと」

当たり前のことだよ。
おとうさんもそうしたよ。

落ちたナイフを拾うと、男は布を裂くような声を上げた。
ああ、こんな声を上げれば、僕ももっとまともでいられたのかな。
泣いて、叫んで、許しを請えば、よかったのかな。

「でも、そんなことできない。あいしてくれないのなら、ゆるさない」

逃げる足を軽く引っ掛けると、男は無様に転がった。
こんなに簡単だったのか。
可笑しいね、こんなに、簡単だったなんて。

握り締めたナイフの柄が血と汗でぬめる。

「さよなら」








End












激暗!!!

あんまりなのでイイワケしておこうと。(汗)
映画ではさらりと上級生をバルバローネに食わせちゃった美鶴。
小学五年生の美鶴は「やられたらやりかえす」のが基本スタンスです。それを身に着けたのはいつごろなんだろうと考えたら、その直前の四年生ごろかなぁと。
リンチを受けることにとても馴れている感じ、きれいきれいと言われるだけに絶対やられてる性的虐待。反撃といえばトレードマークともいえる冷笑。それがまた火に油。
力の無いチビの時はやられっぱなしでしょうけれど、10歳はそれなりにでかいです。やっとマトモな反撃の機会があるんじゃないかと。なにしろ外国育ちなアメリカ在住1年くらい?環境の変化を受け入れるのも馴れ。
そして初めての反撃は、裏切りに容赦なく。
もちろん、やられた方は死には到らず、美鶴も状況を鑑みればメンタルケアで執行猶予。(ってあるのかなアメリカよくわかんないけど)

この子、真剣に向き合えるのは妹か亘しかいないよねぇ。

読んでくれたあなたにごめんなさい。
そして美鶴に土下座でごめんなさい。

2006.07.21


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