宝物にしてたビー玉が落ちたときみたいに。
どうすればいいのかわからなかった。7歳の子供みたいに。
亘は、なんにも言わずに、俺の頭を抱きこんだ。
ごめん、という言葉は咽を上がらなかった。



虹の唄



「誕生日、過ぎちゃったけど、何かプレゼントしたいんだ。何がいい?」

亘の無邪気な笑顔は、ここにいないもうひとりの大切な人を思い出す。
つい先日も言ったとおり、何も要らない、と答えた。
予想してたんだろう。目をチラッと輝かせて亘は反論を開始する。

「クリスマスやお正月と違って、一年にひとつしかない記念日じゃないか。言葉だけ、気持ちだけでいいとか美鶴は言うけれど、日常使うものの何かひとつくらい、僕が入り込むことはできないの?」
「できないし、したくない」

言葉ほど、口調は強くならなかった。
けれど、額面どおり受け取った亘はひどく傷ついている。

「一年にひとつしかない記念日っておまえは言うけど、俺にとっては最悪の始まりだ」

俺は、なにを言おうとしているんだろう。
戸惑いは、常に何かを傷つけずにはいられない俺が打ち消してしまう。

「7歳の誕生日に、事件があったんだ」

亘の顔色が変わる。
ほら、俺はもっとおまえを傷つける。

父が母を殺し、母の愛人を殺し、妹を殺し、俺だけを殺しきれずに逃げて、海で死んだ。
それが7歳の誕生日。
幻界で、俺は路銀を相対的な悪人を殺して奪っていたけれど、そのまま現世で自分が受けたことの裏返しだった。7歳の子供に遺されていたものは、ことごとく親戚に奪われた。
同情と哀れみが終わると、疎まれ蔑まれる。裏の顔ばかりが見えてくる。

「俺は、今は叔母の所に世話になってるけれど、またいつどこにはじき出されるかわからないんだ。だから、自分のものは極力持たない。そう決めている」
「美鶴、辛くなかったの?」

亘は、震える声を懸命に絞り出す。
辛いとか、苦しいとか、わからなかったんだ。
そういうの、亘はわかるか?

「同じようなこと、叔母さんも聞いてたな。俺と一緒にいてもいいことなんかひとつもないのに」
「あのひと、やさしいよね」
「気味が悪い。裏の無いヤツなんて。亘も同じだな」
「酷いよ、それ」
「何もかもがイヤになって、全部終わりにしたかった」

裸足のままで部屋を抜け出して、屋上に上がって、間違っても生き残ったりしないようにコンクリートの床面の真上にあるフェンスをよじ登った。
一番高いところで、何かに呼ばれて空を見上げた。

「そしたら、雲の切れ間から明らかに太陽じゃない光が見えたんだ。何か大きな扉みたいなものが雲の上にあってその扉の隙間から光が漏れてる。まさか天国じゃないだろうなってぼんやり眺めてたら、扉から階段が降りてきてあの幽霊ビルの上に続いたんだ」
「要御扉?」
「天国へ行けるんならあそこから上るべきかって考えてたら、近所の人に通報されて引き戻された」

亘が俺の手をぎゅっと掴む。
俯いていた顔を上げると、真直ぐ、俺の視線を捕まえる。

「美鶴。僕は、美鶴に出会えて、本当に嬉しいんだ」
「バカだなぁ、お前。俺じゃなくてもいいのに」
「美鶴、ねえ、生きててよかった、よね」
「そうだな」

亘、お前に会えたから。

「やっぱり誕生日は僕が祝ってあげる。それから、美鶴に悲しいことが無いように、守るから」
「守るって、バカだな、お前。やっぱり」
「7歳と8歳と9歳と10歳と11歳の誕生日、おめでとう。来年も、絶対言うからね」

妹の声も、一緒に甦る。

おにいちゃん、おたんじょうび、おめでとう。

そんなことあるわけない。
なのに、ふたりの声は5年前に凍りついた心を緩やかに溶かしてゆく。

ぱちん。
ビー玉が落ちたときみたいな音。
零れ落ちる思いをとめられず、どうすればいいのかわからなかった。
亘は、なんにも言わずに、俺の頭を抱きこんだ。
ごめん、という言葉は咽を上がらなかった。





おわり。











えー。美鶴を泣かしてみました。
相変わらず非道いな・・・ごめんなさい。
もう許されないかも、私。
もっとラブラブな誕生日ネタとかあるやん普通!バカじゃねぇの?>自分
(ホントに本気で非道いです。頭を床にこすり付ける土下座)

プレゼントは美鶴が安心して泣ける場所。です。

2006.07.14


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