「俺は俺なんかいらない!」
氷の中の俺が微笑を浮かべ両手を広げる。最後の一撃を待っている。
望む通りにしてやるよ。
杖の先を思いっきり俺の胸に突き刺した。
切り捨てたもの
魔法の力を借りて、運命の塔を舞い上がる。
もう少し。もう少しだ。
重い綿雲を抜け、カラリと晴れ渡った青空に出た。
ふいに浮力が落ち、不審に思いつつ広いテーブルのような階層に下りる。滑らかな床面に薄く水が張っている。
ぱしゃん。
足元が立てた水音に、何かが動いた。
『待ちくたびれたよ』
塔の上へと続いていく石段の一番下で、暗い影がゆらめいた。
黒いローブ、五つの宝玉の付いた杖、伸びた髪、そして、同じ声。
「おまえは」
『わからない?』
「わかるさ。分身だ」
『ふぅん。じゃあ、俺と戦わなくちゃね』
柔らかな笑みを湛えたまま、俺の形をした影が杖を俺に突き出した。
『ここから先へは行かせない』
虚空から生まれた炎の鳥が無数に飛んでくるのを氷の壁で遮った。そのまま杖を振り下ろし氷の刃を影に向かって打ち出す。影は、魔法で遮ることなく、ひらりと飛んでそれをかわした。
「何故だ!この塔の上まで行けばアヤは甦る!おまえもわかってるだろう!?」
『アヤは甦っても悲しいだけだ』
「最後のチャンスなんだ…邪魔をするなァ!」
巨大な雷球がはじけ、水面から紫色の雷が立ち上がる。影の杖が緑に輝いて、温い風が辺りに満ちて、雷撃は中和されてしまった。
『まったく。…どうして、本当は優しい子なのに』
影の言葉に、一瞬の怯みが生まれる。
その隙を見逃さず棘の礫が降り注ぎ、俺の身体を切り刻む。額に、手の甲に、脇腹に。
叔母の言葉だ。
俺は、あの人の兄を殺そうとした。それなのに。
厄介者を押し付けられて途方に暮れていると思ったのに、叔母は滑稽なほどに俺に優しくしようとしていた。
だから、無視し続けた。
『俺に関わるとロクなことが無いからな』
「違う!邪魔だったんだ」
『へぇ?優しくされるのが怖い?裏切られるのが怖いって?』
「黙れ!」
呪を唱えると手の中で風が凝縮し、羽の生えた刃に変わる。光の燕。撃ち出されたそれは弧を描いて影を狙う。2羽、3羽、増やして増やして。
光の軌道に纏わりつかれながらも影はひらひらと燕をかわして、杖を振るって光を砕く。
『アヤだけか?俺を裏切らないのは。守りたいのは』
「そうだ…今度こそ、命懸けで守ってやれる」
『ワタルも俺を裏切らない。だから守ってやったんだろう?』
「バカだから、利用するのに丁度いいからだ」
『生憎あいつはバカじゃない。俺ほどじゃないが、恵まれてるわけでもない』
影の手のひらから黒い燕が生まれる。黒い紙テープが飛んでくるみたいだ。
風の壁を呼ぼうと杖を上げると、さっきの棘でやられた手が血でぬめる。黒いテープが目の前をよぎって杖を絡めとる。
重い大気が塊になって身体ごと踏み潰され、衝撃でローブが弾け飛んだ。
『俺が求めているものは何だ?』
「…アヤだけだ」
『臆病者』
「だって、そうだろう?あんなことさえなければ、アヤは」
母さんが、あんなことをしなければ。
父さんが、あんなことをしなければ。
アヤも、俺も、叔母さんも、みんな、みんな、しあわせだったんだ。
だから、この世界が滅んでも、かまわないんだ。
『俺は許されないのかなぁ』
影が微笑う。
俺は、そんな顔で笑ったりしない。
しあわせそうな、少し淋しそうな、そんな顔はしない。
「偽者だ。おまえは、俺じゃない!」
落ちた杖を拾い水面に突き立て、零れ落ちた血で魔方陣を描いて、氷海の霊獣を召喚する。
ぴしぴしと乾ききった音を立てて、氷柱が影に襲い掛かる。この質量では炎の壁で遮ることもできず、まして杖で打ち砕くこともできない。影は逃げる。
自らも氷柱を操り、影を追う。その足元から氷礫を撃ち上げ、頭上に向けて光の矢を放つ。
霊獣が影の逃げる先に回りこみ、巨大な口を開けて呑みこみ、薄い水面下に影をひきこんだ。これで逃げられない。
氷の中の影が微笑を浮かべ両手を広げる。
『俺は、今よりもちょっとだけ、しあわせになりたかっただけなんだ。そうだろ?』
「そんなものはいらない」
『俺のこと、いらない?』
「俺は俺なんかいらない!」
胸を大きく開いて、目を閉じた。最後の一撃を待っている。
望む通りにしてやるよ。
杖の先を思いっきり俺の胸に突き下ろす。
本編に続け!
って、本編と解釈違うやん!!
幻界での悪行三昧はミツルの影がやってたことでした。
でもね、切り捨てられた部分は、憎しみとかそういうのじゃなくて、もっと優しいものだと思うんですよー。
という願望でした。ごめんなさい。土下座。
2006.07.12
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