「いっそのこと、親と死んでれば良かったのよ」

 突き刺さらなかった。ぶつかって転がっただけ。
 そんな言葉では僕は殺せないよ、おばさん。




いらない子供




 勉強机にかじりついて宿題をしているいとこに、今それが必要ないとわかっていて慎重に声をかけた。辞書を貸して欲しいと。いとこはさっと青ざめて、それから堪えきれないように怒鳴った。

「オレのものにさわるな!あっち行け!どっか行け!」

 張り詰めていた糸が切れた。
 どうしたの、なにがあったの?おばさんが子供部屋に飛び込んできて、僕を蹴りつけるいとこを抱きしめて止めた。もういやだ、泣き喚くいとこを必死で宥めてる。
 部屋を出ると、居間でおじさんが電話を受けていた。

   どうしてそっちに電話が  児童相談所から?  虐待なんかしてませんよ!
   裁判なんてよしてくれ  少し借りただけじゃないか  ちゃんと返すよ
   人をどろぼうみたいに  まるで私たちが悪者じゃないか

 ここ数回、ひとりでカウンセリングを受けていたのが拙かったらしい。
 保護者や学校、どこまで何を喋られてしまったんだろう。

「美鶴!学校で何があったの?」
「おまえ、気味悪いんだよ!おまえのせいでオレが学校で何て言われてるか知ってんだろ!」

 知ってるよ。

   芦川んちってー おかあさんがウワキしてたんだってー
   テレビみたいにハダカでさー エッチなことやってたんだろー

 そうだよ。
 妹がいる部屋に鍵をかけて、僕にはセックスを見せ付けたんだ。

   おとうさんに殺されたんでしょー
   こわーい こわーい
   あいつも一緒だ
   あいつに近寄ったらエッチがうつるぞー
   あいつに近寄ったら殺されるぞー

 噂が広まって嵐のような騒ぎだったけれど、僕は余計に冷めただけ。
 巻き込まれたいとこには、とばっちりだったな。

 普通の家族だった、少し前までは優しい親戚の家だった。
 おじさんとおばさんとひとつ上のいとこ。
 僕が来てからめちゃめちゃに壊れてしまった。
 この人たちも、何も悪いことはしていないのに。

「美鶴!」
「僕は悪くない」
「出て行け!おまえなんかいらない!」
「やめなさい、やめて、」

 図書室で借りてきた本を手に取って出て行こうとすると、おばさんの顔に怒りが満ちる。

「非常階段にいます」

 おばさんの低い呟きが耳に届いた。
 いっそのこと、親と死んでれば良かったのよ。
 僕も、そう思います。
 だから、そんなことを言われても傷つくわけがない。


   学校ではいじめられたりしていないかい?
   家では優しくしてもらっているかい?
   怪我をしているね。どうしたの?
   夜は眠れている?朝はごはんを食べてる?
   勉強はよくできているようだね。
   じゃあ、何か話したいことはないかい?
   絵がとても上手だね。どこかで見た場所?ああ、写真か。
   生き物を描き加えてごらん。
   カラス?
   ハラペコのカラス?


 カウンセリングはいつもこんな感じ。何も変わらない。
 変わらないからやめてもいい。
 やめようよ、無駄だから。
 そうすれば、こんな揉め事も減る。
 非常階段の蛍光灯に群がる羽虫みたいな、嫌なやつも減る。

 学校の図書室にある本はどれも似たようなものばかり。
 同級生くらいの子供が冒険をしたり、殺人事件を解決したり、擬人化した動物が人間と戦ったり、戦争を生き抜いた子供の話だったり、死別を説くものだったり。
 最後にはしあわせがある。
 けど、僕がそこに入ったら、壊れてしまうんだろうな。
 しあわせな本を読んで考えるのは、物語の壊し方。

 がちゃん、かちん。食器のぶつかる音がする。おじさんたちの夕食が終わった。

「美鶴、入りなさい」

 ドア越しに、何かを押しつぶしたようなおばさんの声。
 家に入ると、食卓にひとり分の食事。少し前まで暖かかったはずの。

「食べさせてないなんて、よそに言われたらたまらないわ」

 感謝、していますよ。
 だから、僕を殺そうなんて、思わないでください。
 その前に、自分で死ぬから。




end




小学3年くらい?
え?ミツルをしあわせにするんじゃなかったんですか!?>自分
その前に、好きな子はいじめるのが鉄則なんです。

2006.07.06


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