約束の距離〜後編〜

あいつと過ごした月日があたしにもたらしたものは―――
独り言と、不意に振り返りたくなる衝動。
そして・・・長い夜。


夜は夢の通い路と化し、
夢はあたしの弱さを写す鏡となる。
イヤな夜。辛い夜。
そして―――眠れない夜。
あいつと別れてから嫌と言うほど思い知らされた。








「んっふっふっふ・・・大漁大漁」
眠れないのなら眠らなければいい。
この所あたしは盗賊いじめに精を出していた。
ストレス解消、お宝がっぽり。
盗賊いじめはやめられないってね。

そして今日も今日とてお宝さんを袋に詰め込んで意気揚々と宿屋へ帰ってきたあたしは部屋のドアノブを掴んで固まった。

ドアが開いている。
カギを閉めていったのは間違いない。
あたしの荷物の一切合切を置いていくのだ。
何度も確認したから間違いない。

壁越しに中の気配を探る。
何の気配もしない。
身体を壁に押しつけて腕をのばしノブを握る。
音をさせないように少しだけ隙間を開けた。
反応はなし。
次はもう少し大きく開け中の様子を窺った。
中は薄暗く、微かな月明かりが頼り。
置いていったあたしの荷物の影も見える。
何も変わった様子は・・・
ベッドの上で何かが光った。
ジッと目を凝らす。
暗闇に慣れてきた目が光ったものの形を浮かび上がらせた。
あれは―――


部屋の中に駆け込んでいた。


だってあれは。
あの剣は。


剣を掴もうとした瞬間、後から身体を拘束された。
しまった、あたしとしたことが!
剣に気を取られて油断した。
でも確かに気配はしなかったのに。
力の限り暴れるが身体を拘束する手はビクともしない。
もしあの剣が本物なら、あたしこんな事してる暇ないのに。
あいつに何かあったかも知れないのに。

「やっ!離して!」

「やっと見つけた・・・」

「う・・そ・・」
情けないことに声が震えた。
耳元で聞こえるこの声はあいつの声。
でもそんなはずない。

「人に迷子になるなって言っておいてお前が迷子になってどうするんだよ」
「ガ・・」
ウリイ。
唇を噛みしめて声を殺した。
ここにガウリイが居るはずはない。

もう一度腕に力を入れると今度はあっさりと拘束が解かれた。
「明り(ライティング)!」
振り向きざまに光量を抑えた明り(ライティング)を出す。

いつも宿でそうしていたように、鎧を脱いだ楽な格好。
顔も、眩しそうに目を細めるその仕草さえも。
あいつによく似ていた。

「魔族ね。
ガウリイのふりしても無駄よ。あいつがこんな所にいるはず無いんだから」
「おいおい。相棒の気配も分からないのか?」
いつものように苦笑する。
「だって・・・そんなはずない」
「なんで?」
一歩。
偽物が踏み出せば、あたしも同じだけ下がる。
「あいつにあたしの居場所がわかるはずない」
あれから十日以上も立っている。
当てもなくフラフラと旅をしていたあたしの居場所がわかるはずはない。
「リナには縁の無い世界だから知らなかったみたいだな。
裏の世界には金さえ払えば何でも探してくれる所があるのさ。
失せもの、捜し物、人でも物でも何でもあり。
もっとも金は掛かるけどな。リナが置いていった金の半分くらいは取られた」
そいつはあたしがガウリイに渡してもらったはずの袋を振って見せた。
「バカッ!
あれはあんた一人ぐらい余裕で食べていけるだけのお金だったのに!!
何のためにあたしが置いていったと・・・」
「金だけあってもしかたないだろ・・・」
そいつはあたしを静かに見下ろしていた。

ここまで来れば認めざるおえない。
いや、始めからわかっていた。
ただ認めたくなかっただけ。
このクラゲはせっかく自由になったのにわざわざ追いかけてきたんだ。
おかげであたしはもう一度・・・辛い思いをしなきゃいけない。
「どうして追いかけてきたの?」

手を伸ばせば触れられるほどの距離。
いつもの距離。
それがこんなにも、遠い。

「どうして?リナが迷子になってるから迎えに来てやったんだろ」
「手紙読んだでしょう?」
「読んでない」
打てば響くようにガウリイが答える。
「なんで!」
「なんでって、お前・・・」
ふう。
ガウリイがため息をついた。
「どんな理由があってもお前と別れる気がないからさ。
それにどうせリナのことだから、オレが死んだら自分の所為だとか変なこと考えてたんだろ。
あいつと戦った後から様子がおかしかったもんな」
「変なことじゃないわよ。あたしと居たら本当に危ないの。
ガウリイだってわかってるでしょう。
あの時だって・・・」
繰り返されるあの光景。
震えそうになる声を必死で押さえた。
「だから―――」
別れて。
そう言うより早くガウリイが割り込んだ。
「お前なぁ・・・」
ガウリイはあっさりとあたしが感じていた距離を乗り越える。
手を伸ばしあたしの頭をぽんぽんと叩き、そして笑った。
呆れたように、困ったように。
「なんでそう簡単にオレを殺そうとするんだ?
オレが丈夫なのはお前も知ってるだろ。
それにそうだな・・・
例えば、お前と離れててオレが事故で死んだらどうする?」
え?
急に何を・・・
「お前が居なかったら魔法が使えないからな。
例えば、どっかの崖から落ちる、とか。
例えば、雪山で遭難する、とか。
例えば、飢え死にする、とか・・・」
あたしの知らないところでガウリイが・・・死ぬ!?
あり得ない話ではない。
ガウリイが幾ら腕の立つ剣士だと言っても限界はある。
病気になったら。怪我をしたら。
胸が刺されたように痛んだ。
ガウリイに何かあったら、そう思うだけでこんなにも苦しい。
「後悔するだろ?
オレの側に居ればよかったって」
何か言い方が気になるけど、あたしは無言で頷いた。
「だったら、さ」
気がつけばガウリイに抱きしめられていた。
あたたかい腕と金色の髪があたしを包み込む。
「一緒にいなくて後悔するよりも、
一緒にいて後悔する方がいいだろ?
もっとも、絶対後悔なんてさせないけど」
ガウリイの言うことは詭弁だってわかってる。
あたしと居る方が事故に遭う確率より魔族に襲われる確率の方が高い。
わかってるのに―――

「好きだ。リナ。
もうどこへも行くなよ」

真剣な眼差しで覗き込まれてそんなこと言われたら。
さっきは簡単に振り払えた腕を。
そっと身体を包むだけの優しい抱擁を。
振りほどく術をあたしは―――持たなかった。

返事の代わりに両腕をガウリイの身体に回し、広いその胸に額を押し当てる。
ここにガウリイが居る。
それだけで不安が溶けていく。

「約束・・・だからね、あたしに後悔させないでよね」
「ああ」

ガウリイがこっちまでつられそうになるくらい嬉しそうな顔をした。

「じゃあ、約束の印♪」

蒼い目が近づいてきてすぐ離れた。
こ、これって。
音がしそうなくらい一気に顔が茹だった。
術を口にのせかけ・・・やめた。
普通ならドラスレものだけど、ガウリイがあんまりにも幸せそうだから。


    ―――本当は嬉しかったなんて絶対言ってやらない。


代わりに。
ぐいっ。
目の前の金髪を思いっきり引っ張った。
「おわっ」

・・・

「約束の約束ね」
「お、おう」
あたしがウインクすると口を押さえたガウリイが頷いた。







離れないための二人だけの約束。
いつも、いつまでも。
この距離で―――






2000/12


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