約束の距離〜前編〜

ハッキリ言って敵は化け物だ。

野生のカンにオーガの体力に訳のわからない運のよさ。
眠り(スリーピング)は避けるわ、眠り薬は飲んでくれないわ。
それならとそのまま外へ出ようとすれば、窓枠に足をかけた時点で声がかかる。
だからそれ以外の方法を考えた。
狙いは大きめの町。
魔導士協会が有って宿屋が数件あるぐらいの大きさがベスト。



「今日はここで泊まりね。
あたしは魔導士協会に行くけどガウリイはどうする?」
いつもの様に―――
そういつもの様に聞く。
ガウリイがついてくると言えば、計画を延ばすだけだし、もしついてこないと言えば―――
「魔導士協会?・・・うーん・・・」
ガウリイが顔をしかめた。
魔導士協会についてくるたびに居眠りしてはあたしにどつかれ、さすがに懲りてきたらしい。
偉いぞガウリイ。
犬並だけど。
「じゃあ、あんた適当にブラブラして宿取っといてくれない?」
「ああ、いいぜ」
あっさりとガウリイが頷いた。
「それじゃよろしく」
ガウリイに手を振って歩きかけて、立ち止まる。
「ガウリイ!」
「おう」
呼べばすぐに長身が人混みの中で振り返った。

「迷子になるんじゃないわよ」
「あのなぁ・・・」

あんたのその顔が好きだったよ。
呆れたように、困ったように。
笑った顔が。

もう一度手を振ると、ガウリイの姿はあっという間に人混みに消えた。
駆け出さないように歩き出す。
もう振り返ったりしない。




翔封界(レイウイング)で一昼夜飛び続け、それでも止まれなかった。
魔力も気力も尽きるまで飛び続け、墜落寸前で術を解いた頃には二度目の夜が訪れていた。
どこかもわからない、森の中。
たき火を見つめ膝を抱える。
パチパチと爆ぜる火の粉が金と赤に輝いていた。
もうとっくにガウリイに手紙が渡っただろう。
魔導士協会の人間に頼んだ。
夜になったら手紙と荷物をガウリイに渡してくれ、と。
もしガウリイが町を出ていても、どんな手を使っても渡すように笑顔で念押ししといた。
そうしないと、あのクラゲはあたしの事を一生探すかも知れないから。

手紙には今までの礼と・・・
別れの言葉を。

喜びなさいね。
あたしから解放されたことを。
もう保護者役なんてしなくてもいいの。
自由に生きて。
そう、生きていて欲しい―――

フィブリゾとの戦いの後、すぐガウリイから離れればよかったんだ。
そうすればあいつを危険な目に合わなくてもすんだのに。
離れたくなかったのはあたし。
離れられなかったのもあたし。
ガウリイと一緒に居たかった。ずっと。
でも今回の一件でわかった。
あたしは一生刹那の中で生きるだろう。
魔族に、誰かに命を狙われて、戦いの中に身を置いて。
そして―――いつかその中で死ぬ。
そんな事にあいつを付き合わせるわけにはいかない。
もうあいつは十分すぎるほどあたしを守ってくれた。
その身を盾にして。
命すら危険に晒して。
ほんとにバカだ。
本当にあいつはバカだ。
そんな事をしてあたしが喜ぶとでも思ってるんだろうか。

ねぇ・・・ルーク。
あんたの気持ちをあたしがわかるって言ったら、あんたは笑う?
それとも「お前に俺の気持ちがわかるか」って怒る?
あんたにやられたガウリイを見たとき心臓が止まるかと思った。
もしあいつに何かあったらあたし、何をしたかわからない。
わかってるのはあんたを、ガウリイを殺したやつを絶対に許さなかっただろうって事。
あいつを傷つけるものはそれが何であっても許さない。
たとえそれが―――あたし自身であっても。
あいつがあたしの所為で死ぬなんて堪えられない。
もしそんな事になったら、あたしはあたしを許さない。
あいつに会えなくても、生きていてくれるだけで・・・いい。




だから。
さよならガウリイ。



2000/12


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