〜人魚姫異聞録〜その1



―――確かにその魔族はあたしの名を呼んだ―――


「烈閃槍(エルメキア・ランス)」
あたしの放った魔法を魔族は軽々と避ける。

ちっ―――

つい先ほどまで穏やかだった海は荒れ、あたし達の立つ甲板を激しく揺らす。
隣国へ行くために乗った船は波も穏やかで、旅は順調だった。

この魔族が現れるまでは―――


「リナッ!」
ガウリイがあたしの注意を促す。
彼も足場のない海に逃げられるとどうしようも無く、あたし達は魔族を攻め倦ねていた。
せめてもう少し船から離れてくれれば、大技が使えるのに。
魔族はますます調子に乗って攻撃を仕掛けてくる。

―――こんな雑魚に

泣き言を言っている暇はない。
甲板にはまだ数人の逃げ遅れた客が残っていた。
なんとかあたしとガウリイのタイミングを合わせて―――

その時客の一人が急に立ち上がった。
魔族の視線−実際はあたしに向けられていたが−に。

そこから先は同時に起こった。

客などに構いもせずあたしを吹き飛ばそうとする魔族と。
客を庇おうとしたあたしと。
そのあたしを庇ったガウリイと―――

「ガウリイ!!」

ガウリイの身体が・・・甲板から消えた。


「っ!!!!!」


ガウリイの後を追って海に飛び込もうとしたあたしの前に、魔族が立ちふさがる。

そこから先は覚えていない。
気が付けば魔族の姿はなく、海も何もなかったかのように凪いでいた。

あちらこちらが壊れた船と、
ガウリイの姿さえ有れば。
何もなかったと錯覚するほど・・・

「ガウリィ・・・」

声が震えた。
見渡す限りの海に彼の姿は無かった―――









   からだ・・・痛・・・い・・
   誰が・・オレを・・呼・・・でる?
   目が・・・よく見えない・・
   ただ栗色の髪が・・・・見え・・・・

   「リ・・ナ・・・ぶ・じ・・・か?」

   口が勝手に動く。
   自分で何を言ってるのかすら分からない。
   ただ、心配で。
   自分の痛みより・・・・・の痛みが・・

   「・・・・・・ナ・・」

   目の前に見えた栗色を最後にオレは意識を手放した。




   「お目覚めになりました?」
   甘ったるい声が聞こえる・・・
   目を開ければ栗色の髪の女がオレを覗き込んでいた。
   「こ・・こ・・・・」
   ずっと声を出していなかったようにのどがざらつく。
   唇も乾いている。
   寝ているはずなのに視界がぐらつき思考がまとまらない。

   ここはどこだ?
   そしてオレは・・・

   「無理をされてはいけませんわ。
   ひどい怪我でしたのよ」
   け・・が・・?
   意識を向ければ身体に鈍い痛み。
   「あなた様は海岸に倒れられていたんです」
   海岸・・?

   何も分からない。
   ただ視界が回る。

   側に立つ女が笑う気配。

   「さ、これをお飲みになって。
   ゆっくり眠って下さい。ゆっくり・・」

   待ってくれ。
   オレは何かを・・
   何かを・・・・・




その2に続く...


2000/9


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