Fight! 〜後編〜

「で・・・何故私の所へ?」
読みかけの本をぱたんと閉じて、ミリーナは床にぺたりと座り込んだアメリアに困惑の色を浮かべた。
「だってこんな時どうしたら良いのか・・・
きっと経験も豊富だろうミリーナさんにお聞きしようと思って・・・」
あの後、アメリアはリナに言われるまま厨房を後にし、ミリーナの部屋に乱入した。
事情を話し、知恵を請うために。
しかしミリーナは何故か視線を逸らし黙り込む。
「ミリーナさん、どうしたら良いと思われます?
このままだとあんまりにもガウリイさんが可哀想だし、かと言ってヘタに本当のことを教えればリナさんチョコをあげないかも知れません」
「・・・」
「ねー、ミリーナさん。
どっちがマシだと思いますか?!」
「・・・男の人の事は男の人に聞くのが一番じゃないかしら」
「あ、そーですね。
さすがミリーナさんです!」
「・・・」
「では早速聞きに行きましょう!」
「え?私は・・・」
「早く、早く〜〜」
いかな理性的でも経験豊富でも、対処できないこともある。
ミリーナはあっという間にアメリアに拉致される事になった。


「で、何で俺の所に来るんだ?」
「・・・」
「いや、ミリーナはいいんだ。ミリーナは」
「ルークさん、そんな事言わないで下さいよ〜〜
ガウリイさんと同じ恋する男の人として意見を窺いたいんですから」
「恋する?」
胡散臭いものを見るようにアメリアを見ながら、それでもルークはアメリアを追い出したりはしなかった。
アメリアが出ていけば、ミリーナも居なくなると知っていたからだ。
まさにアメリアの言う通り恋する男。
「・・・それで何が聞きたいんだ?」
さり気なくミリーナに近い方の窓枠に腰掛け、取りあえず話を聞くという姿勢を見せる。
「相手がバレンタインの意味も何も知らなくて、義理にもならないチョコを貰うのと、
意味は分かって、でももしかしてチョコが貰えないのとどっちが良いです??」
「・・・はぁ??」
ルークはアメリアの甚だ怪しい説明に疑問を浮かべたものの、話題がバレンタインに関する事だけは分かったらしい。
何も表情に出さないミリーナにチラチラ視線を走らせながら、用心深く答える。
「義理でも貰えりゃ嬉しいが、出来れば義理じゃない方が良いな。
勿論、貰えないのが一番ショックだけどな」
「はぁ・・・
でも義理にもならないんですけどそれでも良いもんなんですか?」
「・・・そこらへんは人それぞれじゃ無いのか?性格もあるしな。
それなら俺より適任が居るだろう。
ほら、あいつと仲が良い・・・」
アメリアはわざと主語を抜かして喋ったのだがルークにはお見通しだったらしい。
ルークはニヤリと質の良くない笑みを浮かべて隣の部屋を指さした。


「・・・それで俺の部屋に集まってるわけだ」
「はい♪」
不機嫌なゼルガディスの部屋に、3人もの人間が雪崩れ込んでいた。
ニコニコと笑うアメリア。
そのアメリアに引きずられたミリーナ。
そのミリーナにくっついてきたルーク。
3人は思い思いの場所に腰掛けくつろいでいた。
「・・・・・・俺にどうしろと言うんだ」
梃子でも動く気の無いアメリアに根負けしたゼルガディスは苦虫を噛みつぶしたように顔を顰め、口を開いた。
明らかに関わりたくないのが見え見えのゼルガディスにもアメリアは怯まない。
「ゼルガディスさんはどう思います?
義理チョコ未満でも貰える方が良いですか?
それともそんなチョコ要りませんか?」
「・・・人それぞれじゃ無いのか・・・」
「だからそれじゃあ困るんです!」
単純に考えれば貰える方が良いに決まっている。
決まっているのだが、ガウリイがリナに絡む事となると人が変わるのをここにいる4人はよーく知っていた。
ガウリイならリナにチョコを貰えればそれだけで満足する様な気もするし、逆にそんなチョコでは満足できないと言うかも知れない。
事がリナに関わるだけに、予測が付かなかった。
「ああ、めんどくせー。
もうくそガキに本当のこと言っちまえよ。何なら俺が言ってやろうか?」
面倒臭いと言いながらどこか嬉しそうにルークが腰を浮かせた。
いつも口で勝てないリナに勝ついいチャンスだと思ったらしい。
「でもそれだとガウリイさんチョコを貰えないかも知れませんよ?」
「良いじゃないか。
大体、男がチョコの一つや二つでガタガタ言う方がおかしいんだ。
ここは俺がひとっ走り行ってくらぁ」
「・・・」
今のルークはリナに勝てるかもと言うことしか頭にない。
先程とまったく正反対の事を言いながら部屋を出ようと足を踏み出した。
だがその足はミリーナのぼそりとした呟きに止まった。
「―――恨まれるでしょうね・・・」
「ミリーナ?」
「チョコをもらえなかったガウリイさんに恨まれるでしょうね。
恨まれるのはあなたですから、私は別に良いですけど・・・」
冷ややかとも言えるミリーナの声。
そこへアメリアも追い打ちを掛ける。
「それでも言ってきて下さるんですよね?」
ルークの無神経な発言が女性陣の地雷を踏んだのだ。
「え、その・・・」
「言ってきてくれるんですよねぇ!」
「ミリーナぁ・・・」
「知りません」
つとそっぽを向かれた顔はいつも通り無表情だが、その声は限りなく冷たい。
「ミリーナぁ、俺が悪かった」
「・・・」
「・・・やっぱりリナには真実を言った方が良いと思うぞ」
みっともなくすがり付くルークを見かねた訳では無いだろうが、ゼルガディスが口を出せば冷たい視線が彼を射る。
「ゼルガディスさんもですか」
「・・・」
「まー落ち着け」
手を振って2人を落ち着かせるとゼルガディスは話を続ける。
「このまま俺達が黙っていて、リナが無事にチョコを渡したと仮定する。
その後どうなる?」
「どうなるって・・・」
「じゃーな、ルーク。
お前がもし好きな女からチョコを貰ったらどうする?」
「押し倒す」
間髪入れず答えたルークにまたもや冷たい視線を送るミリーナ。
「いや、ミリーナ。今のはつい・・・」
「本音が出た、と」
つくづく墓穴を掘るのが得意なルークはまたもやミリーナに縋り付く羽目に。
「ミリーナ、聞いてくれぇ。今のは決して本心からじゃ無いんだ」
「・・・」
「な、信じてくれよ」
「・・・」
「ま、まぁ、さっきのは極端な意見としても普通なら抱き寄せるとか、き、キスをするとかだなぁ・・・」
同じ男として見るに堪えないのかルークの姿を見ないようにして、ゼルガディスは話を締めくくった。
「だが相手はあのリナだぞ。
大人しくしてると思うか?」
全員の脳裏に同じ光景が浮かび、それをアメリアが駄目押しした。
「・・・リナさん、チョコをあげたときに変なことする奴は呪文でぶっ飛ばしても良いって言ってました・・・」
「ふ・・・この宿の最後か・・・」
「宿の主人も可哀想に」
「落ち着いてる場合じゃ無いです〜〜〜
私達も巻込まれるんですよ〜〜〜
どうしましょう、どうしましょう・・・
はっ、そーだここはガウリイさんに真実を伝えましょう!」
びっと有らぬ方を指さし、ポーズを決めるアメリアにルークがうんざりとした顔で尋ねた。
「それで?何て言うんだよ。
ちびガキがくれるのは義理にもならないから覚悟しとけってか?」
あはははは・・・・
乾いた笑い声が響き、そして唐突に止まった。
「その場で殺されちまうわっ!」
「・・・・・・ルークさん・・・・・・」
アメリアが涙を拭いながらルークの手をそっと握った。
「な、何だよ・・・」
「あなたの尊い犠牲は忘れません」
「おいっ」
「ふむ・・・被害にあうのは少ない方が良い。
真理だな」
「こら待てぇっ!
何で俺が犠牲にならないといけないんだよっ!」
「分かりました。
じゃあ多数決を取りましょう。
ルークさんが適任だと思う人!!」
すっと3つ、手が上がった。
「っ、っ・・・・お前らなぁ・・・・」
声にならず何度も口を開閉させてルークはやっと声を絞り出した。
「だから人間はイヤなんだよ」
そんなルークを宥める様にミリーナの手が肩に置かれた。
「私も人間よ。そしてあなたも」
「ミ・・・」
「って訳でお願いね」
「・・・ミリーナぁ・・・」
ミリーナに手を置かれた姿勢で固まっていたルークだが、始めは低く、そして大きな声で笑い出した。
「ふっふっふ・・・あーっはっはっは・・・」
「哀れな・・・恐怖のあまり気が狂ったか」
「そんなに追いつめられてるとは知りませんでした」
「違うっっ!
お前ら、俺を犠牲にしたら助かると思ったら大間違いだからな!」
ルークは指をゼルガディスに突きつけた。
「どうせあのガキのことだからあいつの目の前でお前にもチョコを渡すぞ。
そうしたらあいつがどんな反応をするか楽しみだな!」
「それは・・・しかし、義理だぞ・・・」
「甘い!甘いな!!
あいつがそんな理由で納得するもんか。
それからそこのおかっぱ!」
「私ですか?」
突然の指名に驚きながらもそれでも律儀に返事をするアメリア。
「そーだお前だ。
今は良いかも知れないがな、いつかあのちびがバレンタインの本当の意味を知ったとき・・・
何で教えなかったと恨まれるぞ」
「!!」
「今回のバレンタインのことも思い出して、照れ隠しに呪文の嵐!!」
人様の行動だというのに、キッパリとルークは断言した。
しかしそれを否定できるものはここにはいない。
リナならやりかねない。
誰もがそう思った。
「ゼルガディスさーん!
どーしましょう」
青い顔でアメリアが隣のゼルガディスに縋り付く。
「くっ・・・何か方法は無いのか?!」
「はーっはっは・・・無駄だ!
こうなったら俺とお前らは一蓮托生だっはっはっは・・・」
「・・・逃げるのは?」
「っはっ?・・・」



―――そして闘いの当日―――

「?ガウリイ?
そんな顔するほど不味い?」
「いや・・・美味いよ。
美味くて泣けて来るんだ・・・」
「ふ〜ん・・・」
ガウリイはリナから手渡されたチョコを頬張りながら涙を抑えていた。
昨日浮かれた分だけ、今日虚しい。
「くっ・・・チョコが目に染みるぜ」
「・・・変なガウリイ。
それにしてもみんな薄情よね。
幾らフィルさんに呼び出されたか、急に仕事が入ったか知らないけど、挨拶ぐらいしていけば良いのに。
せっかくゼルとルークの分もチョコ作ったのに・・・」
「・・・・・・逃げた、な・・・・・・」
「が、ガウリイ?」
滅多な事では恐怖に駆られたりしないリナが、怯えた表情で後ずさった。
「なぁリナ?
今日の礼って一ヶ月後で良いんだよな?」
こくこく。
「んで、10倍返しで良いんだよな?」
こくこく。
「ふ〜ん、そーか・・・」
ガウリイはリナに満面の笑みで笑いかけた。
「来月は楽しみにしとけよ。
良いもんやるからな」
こくこく。
「やっぱり、友達思いの彼奴らにも今日の礼はするべきだよな」
こくこく。
「10倍か・・・
オレが受けた衝撃を10倍にして返してやろう」
こくこく。
「どっかのおやぢにもいつか礼をしなくちゃな〜〜」
こくこく。
「オレって友達思いだよな。
リナもそう思うだろ?」
こくこく。
「あー来月が楽しみだ♪」
満面の笑みの中、ちっとも笑っていない瞳にリナはただただ首を振り続けた。


―――どうやら闘いはもう少し続くようである―――














余談。
もう一つの闘い。

どこぞの宿で大きく『義理』と刻まれた板チョコを、泣きながら食べる男の姿があったとか。







2002/2


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