お祭り〜 前編 〜

「あだだだだだだ・・・」
「ほら、動くんじゃないよ」
ぎゅ〜〜〜〜
声と共にグッと胸が締め付けられ息が詰まる。
「おばちゃん、括れる、千切れちゃう〜〜〜」
「大げさな子だね。
綺麗になる為なんだからもう少し辛抱しな」
ぎゅぎゅぎゅ〜〜〜〜
「ぐえ〜〜〜」

この街は今、一週間も続く祭りの真っ最中。
勿論あたし達がその期間にこの街を訪れたのは偶然だったけど、みすみす祭りを見逃すあたし達じゃない。
やっと取れた宿に荷物を置き、出かけようとしたあたし達を宿のおばちゃんが呼び止めた。
『せっかくだから祭りの衣装を着て行きなさい』
だって。
どんな衣装か興味もあったし、せっかくだからと軽く考えたあたしは二つ返事でその話に乗った。
ところが・・・
このおばちゃん、娘さんと息子さんはもう大きくなって余所の町で暮らしてるとかで、やけに張り切っちゃったのよね。
で、あたしは『ゆかた』とか言うこの地方独特の衣装を着させられているんだけど・・・
「苦しぃ〜〜」
何せ締められている所はウエストより上、丁度胸の下あたりなんで苦しい、苦しい。
この衣装ってこんなに締めるものなのぉ〜
「ほい。
これで帯を締めたら終わりだよ」
「え〜〜、まだあるの〜〜〜」
ぐったりとするあたしを、おばちゃんが笑い飛ばす。
「そんな情けない声を出さない。
彼氏に綺麗な所を見せたいだろ?」
「か、彼氏って・・・
あたしとガウリイは別に・・・」
「ガウリイって言うのかい、いい男だよねぇ・・
あたしがもう少し若かったらアタックするんだけどねぇ」
「・・・」
「さ、出来上がり。
うん。良い出来だ」
おばちゃんは1人でうんうん頷くと、ガウリイの支度をしに出て行ってしまった。
・・・頑張れ、ガウリイ・・・死ぬなよ・・・
あたしは心の中で合掌しながら、やっとの思いで一息入れた。
あたしの用意と同じくらい時間が掛かるなら、少しゆっくり出来るはず。
せっかくだから髪をアップにしよう。
あたしは鏡台の前に座ると髪を解きだした。
ところがおばちゃんはあたしが髪をアップにし終わったと思った頃帰ってきてしまった。
なんで?
理由はすぐに分かった。
歩きにくい事この上無いこの格好でおばちゃんに追い立てられて階下に行った時に・・・

ガウリイが着てるのは紺のかすり――って言うんだって――のゆかた。
あたしが着ているのと同じ、一枚の布をぐるっと身体に巻いたものなんだけど、止めてるのは腰の部分だけ。
結果、あたしよりかなりゆるい訳で、って・・・
えっと・・・
あたしはどこに視線を向けて良いか分からず、自然と赤くなる顔を逸らす。
襟元からは胸元が見えるし、腕も肘から先は出てるし・・・
べ、別にガウリイの上半身ぐらい見たことが有るはず何だけど、すごく・・・
色っぽいってゆーのかな?
だってほら、ウエイトレスの姉ちゃんまで立ち止まってガウリイを見てる。
それでもクラゲはクラゲのまま。
「うん。
あたしの見立てに狂いはないはねぇ・・・」
おばちゃんはあたしとガウリイを交互に見て一人満足そうに頷いていると言うのに、ガウリイはぼーっとあたしを見たまま反応無し。
・・・せっかくいつもと違う格好してるんだから、少しぐらい何か言ってくれてもいいのに・・・
「ガウリイ?」
「え?あ、うん。
似合うじゃないか、リナ」
あたしが声を掛けるとやっとガウリイは立ち上がりこちらに近づいてくる。
ったく何よその反応わ。
頭に来たあたしはガウリイの横をすり抜けて出口に向かうが、相変わらずガウリイはぼーっと突っ立ったまま。
もう!
「ガウリイ!ぼーっとしてると置いてっちゃうわよ」
「あ、リナ。待ってくれよ」
ガウリイは慌てた様にあたしの横まで来ると朗らかに笑った。
「さ、行こうぜ」
本当にこんな美女が目の前に居るのに失礼しちゃう。




「うっわぁ〜」
あたしは思わず驚嘆の声を上げていた。
確かにおばちゃんの『ここらで1、2の祭り』というのは嘘じゃなかった。
街のメインストリートにはどっから湧いて出たっ!?と思うほどの、人、ひと、ヒト・・・
あたしの位置からは人の背中か頭しか見えない。
止まってることも出来ないで、あたし達もその人波に押されるように移動を始めたんだけど、これがもう歩きにくいっ!
大体ゆかた自体が小股でしか歩けないようになってるし、借りた『下駄』も何だか不安定な感じだし。
まあ、この人の数じゃ普通の靴でも歩きにくそう。
って。
「うきゃぁ」
突然横から押されてバランスを崩すあたしをガウリイが咄嗟に抱き留めてくれる。
「あ、ありがと」
何だかガウリイの胸元に顔を埋めるような形になったあたしは照れまくりながら礼を言う。
うみゅ〜
何だか気恥ずかしいぞ。
みんなが見てる様な気がしたあたしは、ガウリイから慌てて離れ様とするが―――
どどどどどっ。
「っっ・・・」
またしても転びそうになった所を支えられた。
一度ならず二度までも・・・
下駄が悪いのよ。下駄が。
歩きにくいから・・・
「ほら、リナ」
へ?
唸るあたしの目の前にガウリイの手が差し出された。
これって・・・
そ、そりゃあ周りは誰もあたし達の事なんて気にしてないと思うけど・・・
と、あたしの顔を見たガウリイがあっさりと言った。
「この人混みじゃ、危ないからさ。
恥ずかしがってる場合じゃないだろ?」
ええ、そうでしょうとも。
ガウリイなんかに期待してないから。
「どうしたんだ、リナ?」
「いいえぇ、別にぃ・・・」
あたしは敢えてガウリイの手を無視するとずんずんと先に進んでいく。
まったくこのクラゲは・・・
「リナ、危ないぞ」
「大丈夫よっ」
ガウリイに叫び返した瞬間、後ろから押されてつんのめる。
「あわわわ・・・」
「リナ!」
ぱし。
前の人垣に顔を突っ込む寸前、ガウリイがあたしの手を掴み引き留めてくれる。
「ほら危ないだろ?」
どこか得意そうにガウリイは笑って、あたしの手を引いたまま歩き出す。
「あっちの方に屋台があるから、そこで一休みしようぜ」





続く

2001/8


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