えせラプンツェル

昔々。


ある所に一組の夫婦が住んでいました。
とてもラブラブ(夫談・妻の同意無し)なご夫婦でしたが、なかなか子供に恵まれませんでした。

しかし、そんな夫婦にもやっと春が訪れました。
妻が子供を身ごもったのです。

ですが、いいことばかりは続きません。
その所為で体調を崩した妻は日に日にやせ衰えていきました。



「お願いだ、ミリーナ。何か食べてくれ。
食べたいものがあれば何でも持ってくるから」
妻にベタ惚れな夫はそんな姿を見ていられず、まとわりつき懇願しました。

そのしつこいこと、しつこいこと。
夫の懇願にほとほと困り果てていた妻はふと窓から見える『ラプンツェル』に目を留めました。
窓越しに見える魔法使いの畑にはそれは見事な『ラプンツェル』が生えていたのです。
あれぐらいなら食べられるかも。
そう思った妻は夫にこう言いました。
「そうね・・・ラプンツェルが食べたいわ」
「わかった、あのラプンツェルだな!」
「ちょっとルーク・・・


・・・『あの』なんて言ってません」

妻の冷静な突っ込みを聞く者は誰もいませんでした。



夫の方はと言うと、妻の冷静な突っ込みが入る頃には、件(くだん)の畑にもう突っ込んでいました。
「ミリーナ、待ってろよ!」
夫は人様の畑に忍び込んでいるのも忘れ、目に付く『ラプンツェル』を手当たり次第に抜き始めました。
「これ持って帰ったらミリーナ喜ぶだろうなぁ(はぁと)」
「いいえ、喜ばれないと思いますよ」
「!!」
両手一杯の『ラプンツェル』を持って帰ろうとした夫の前に突如として男が現れました。
ニコ目の魔法使いです。
「困りますねぇ。人様のものを勝手に取ったら泥棒ですよ?」
いつも変わらぬ笑みを張り付けた魔法使いは、ちっとも困ってないように見えました。
「うっ・・それは・・だけどこのままだとミリーナが死んじまう・・・(大げさ)」
夫は魔法使いに必死に事情を話し、許しを請いました。
「ほう、あなたの奥さんがねぇ」
キラーン
魔法使いの瞳が輝きました。
「では、こうしましょう。
その『ラプンツェル』の代わりに生まれてくる子供を貰いましょう。
何、奥さんの命と比べれば安いものでしょう?」
「しかし・・・ミリーナがなんて言うか・・・」
「ああ、奥さんも可哀想に!
『ラプンツェル』が食べられない所為で、儚くなってしまわれるんですね」
魔法使いは芝居掛かった仕草で首を振りました。
「くっ・・わかった。
ミリーナの命には代えられない(更に大げさ)」

こうして、自分の勘違いと魔法使いの言葉に騙されて、夫は産まれてくる子供を渡す約束をしてしまいました。




それから15年ほどたったある日のこと。

うっそうと茂った森の中を一人、馬を進める青年がおりました。
金髪碧眼、見目麗しい顔立ち。
見てくれだけでは有りません。
無限の体力に、野生のカン、それに加えて剣の腕も超一流。
おまけにこの国の王子様です。
完璧、満点、パーフェクト!
と、言いたいところですが、ただ一つ残念なことがありました。
実はこの王子様、頭の中に『クラゲ』を飼っていらっしゃったのです。

そんな王子様のことですから当然勉強はお嫌い。
今日も今日とてお供の制止を振り切ってお城を飛び出して来たのです。

「あー、いい天気だよなぁ」

空は高く、雲一つなく晴れ渡り。
サワサワと吹く風は王子の頬を優しく撫でました。
太陽までもまるで誘うように、ポカポカと全身を暖めます。

街で『遊ぶ』のもいいですが、こんなお天気の日に勿体ない。
王子は遠乗りを楽しむことにしました。

小川を飛び越え、梢を揺らし、風と競争して。
夢中になって馬を飛ばした王子はやがて今まで来たことの無い場所までやって来てしまいました。
性悪魔法使いが出ると巷で大評判の魔の森です。
しかし、王子はそんな事は知りません。
もし聞いたとしても覚えているはずがありません。
畏れることなくどんどんと森の中に入っていってしまいました。

魔の森と評判になるだけあって、そこは薄暗くジメジメとしており所々に底なし沼もありました。
脳天気な王子もさすがに引き返そうかと思った時、微かに声が聞こえました。
鈴を振るような澄んだ声。
確かに女性の声でした。

―――こんな所に?

少しばかりの好奇心と大きな下心。
王子は声を頼りに馬を進めました。

やがて高くそびえ立つ塔が見えてきました。
声はそこから聞こえてくるようです。
近寄っていった王子の見たものは・・・

その塔の窓から空を眺める愛らしい少女の姿でした。
赤くつややかな唇。どこか遠くを見つめる眼差し。
時折口から漏れる切なげなため息。
例え少女の独り言が、

「今日の晩ご飯は何にしよう。鶏肉のフライはこの間食べたし。 あ、羊の肉が傷んじゃうから先につかわないとね。 たまには新鮮な魚なんか食べたいわね(ため息)
もう、毎日ご飯作るのって面倒臭いわよね。 今度あたしも魔法教えて貰おうかしら。 でもあいつが素直に教えてくれる分けないわよねぇ(ため息)
って、そーじゃなくて、羊の肉だけじゃ足りないから、スープと。 そろそろパンも切れるから持ってきて貰わないと。 あと野菜ね。サラダでいいかな」

だったとしても、この際王子には関係ありませんでした。
それこそ魔法にでも掛かってしまったように、その少女が窓辺から消えるまで動くことも出来ませんでした。

少女の姿が消え、我に返った王子が最初にしたことは、塔への入り口を探すことでした。
ですが、何度見ても入り口はなく、少女が見えた窓が一つあるだけでした。
普通ならここで諦めるか、少し様子を見る所ですがこの王子様は違います。
「こんな事で諦めてたまるかよ」
どこか座った目で呟くと、自慢の体力にものを言わせて、蔦を足がかりに塔の壁をよじ登ってしまったのです。

一方―――

夕食の下ごしらえに掛かろうとしていた少女は塔をよじ登ってきた青年にひどく驚きました。
高い高い塔の上。
ここを訪れるものと言えば、魔法使いか小鳥たちだけ。
それがまあ、きんきらきんの青年の登場です。
驚かないわけが有りません。
「あんた誰?」
魔法使い以外の人間を見たことの無い少女はマジマジと青年を眺めました。
長いサラサラの金髪。
空のような青い瞳。
逞しい身体。
自分ともあいつとも全然違う―――
その青年が自分に笑いかけると顔が熱くなるのが分かりました。
でもなぜ?
少し赤い頬を押さえる少女に王子は益々笑みを深くしました。
「オレはガウリイ。お前さんは?」
「あたし?あたしはリナ=ラプンツェル。リナって呼んでちょうだい」
「じゃあリナ。お前さんなんだってこんな所に居るんだ?」
「あのね・・・
   ・
   ・

って・・・

   ・
   ・
・・・と言うわけ。
―――ちゃんと聞いてる?」
「聞いてる。聞いてる。
・・・よく分かんなかったけど」
「あんたねぇ・・・
要するにあたしはここに閉じこめられて、外に出ることも出来ないって事!」
「ええ!?どーしてだ?」
「あんたねぇぇぇぇぇ・・・」
額にちょっぴり青筋を浮かべた少女に王子が慌てて手を振りました。
「だってさ、リナを閉じこめたやつは出入りしてるんだろ?」
「あいつは魔法使いなのよ。
好きなときにパーッと現れるわよ。
あいつはあたしが苦しむのが好きなのよね。
だから逃げ出せないのを知ってて、こーやって窓をつけてあるの。
自分は自由に出入り出来るからって」
少し悔しそうに顔を歪めて少女は言いました。
「そうじゃなかったら、とっくに逃げ出してるわよ」
「じゃあ落ち着いて出来ないよなぁ・・・」
「え?」
「いやこっちの話。
うーーーん」
王子は珍しく真剣に考え始めました。
こう言うことには頭が働くから不思議です。
日頃の王子を知る者がここに居れば、なんで普段使わないんだと嘆くこと請け合いです。
「幾らオレでもお前を抱えたまま塔を降りるのは無理だし・・・
そうだ!」
王子は急に目を輝かせました。
オレ毎日ロープを持ってきてやるよ。
それでリナが縄ばしごを編んだらどうだ?」
「おおっ。そりはいい考えじゃない」
「だろだろ?」
「次に来る時はお願いね」
「おう♪」
王子はちゃっかりと次からの約束を取り付けました。
こう言うことには頭が働くから不思議です。
日頃の王子を知る者が・・・以下同文。

そうしてその言葉通り王子は毎日この塔を訪れるようになりました。




「リナさん最近ご機嫌ですね。
何かいいことでもありましたか?」
塔に現れた魔法使いは少女の様子を見て細い目を益々細めました。
「あたしのどこが機嫌がいいっていうのよ」
「外へ出してくれと言わなくなりましたし」
「・・・言ったら出してくれるわけ?」
少女が不機嫌になればなるほど、魔法使いの機嫌は良くなっていきます。
「あっはっは、そんなことするわけ無いじゃないですか
あなたはラプンツェルと引き替えにされたんですから」
こう言えば少女が傷つくと知っていながら尚も魔法使いは続けました。
「あなたはここで一生を終えるんです。
―――いい表情ですね。
ではまた来ますよ」
魔法使いは満足げに頷くと少女の前から姿を消しました。
「・・・ばーか・・・」
そう小さく呟く少女を知っていながら。




「ほら、これが今日の分」
いつもの様に塔に登ってきた王子が少女にロープを渡しました。
「ありがと、ガウリイ。
これで梯子が完成するわ」
「やっとかーーー
オレも我慢強くなったよなぁ・・・うんうん」
「何が?」
「いや、こっちの話」
ゆるんだ頬を必死に押さえると、王子は少女をじっと見つめました。
ロープを持ってくるのを口実に通っていた王子。
でも、梯子が出来てしまえば、それももう終わりです。
言うなら今しか有りません。
後はバッチリと決めるだけです。
蒼い瞳に精一杯真摯な光を湛えて王子は少女の瞳を覗き込みました。
「なぁリナ・・・ここを出たらオレと・・・」
「―――そう言うことですか・・・」
突然現れた魔法使いが細い目を見開きました。
紫色の瞳が王子と少女を睨め付けます。
「よくも僕をだまして下さいましたね」
「うるさい!
邪魔するな!!!」

どばきィっ!

かなり景気のいい音を立てて魔法使いが吹っ飛びました。
吹っ飛んだ先はこの塔唯一の出入り口―――窓。
「ひどぃぃぃ・・・もうこんな役まっぴらです」
塔から落ちながら捨てゼリフを吐くと魔法使いはあっさり姿を消しました。
「・・・ったく今いいところなんだから邪魔すんなよ。
せっかく考えてあったセリフを忘れちゃうだろ。
さっ、続き続き・・・」
器用に表情を元に戻すと王子は何事も無かったかのように少女を見つめました。
「なぁリナ・・・ここを出たらオレと・・・」
「―――ねぇガウリイ」
「なんだリナ」
「今のがあたしを閉じこめていたやつだったんだけど・・・」
「え?」
王子はゆっくりと右を見て左を見て最後に自分の拳を見てから頬を指でかきました。
「わりぃ、見てなかった。
でもさ、これで・・・」
「そうこれであたしは自由に・・・」
「邪魔が入らないわけだ」
「へ?」
「んじゃ、これはこうして・・・」
呆気にとられる少女の前で王子は窓から梯子をポイ捨て。
「ちょっと!なにすんのよ!!」
「大丈夫、大丈夫。
後でオレが拾ってきてやるから。
じゃあさっきの続きな」
ニヤリ。
先ほどとは違いなぜか怪しい笑みを浮かべる王子。
「つ、続きって何よ・・・」
聞きたくはないが聞かずにはおられない。
王子から一番離れた場所にジリジリと移動しながら少女が尋ねました。
「プロポーズの続き(はぁと)」
「プロポーズ?プロポーズね。
それならいいのよ。うん・・・
・・・
・・・
・・・・・・プロポーズ!?」
王子は少女が移動した距離を三歩で無駄にするとその手を掴みました。
「おう♪
プロポーズの続き・・・
かっこ実践付きかっこ閉じる」
「かっこより後はいらなぃぃぃぃぃ・・・」






こうして王子は栗色の髪の少女をお嫁さんとしてお城に連れて帰りましたとさ。

めでたし。めでたし。

END?



2001/1
考察(?)

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