さぁ、ここは馬鹿ネタだ(笑)
暇なヤツは見てってくれ(笑)


翡翠ちゃんの反転衝動!


・・・夢
・・・それは都合の良いもの。

朝・・・一日の始まり。
 寝不足だったり、外が寒かったりすると色々大変だ
が、今日の朝は特に問題ないようだ。窓から差し込ん
でくる朝日にかげりは無く、空調の効いた室内は非常
に快適だった。
 それに、なにより・・・誰の干渉も無く、自然に目
覚めたというのが一番気持ちいい。
 有間の家にいたときは毎朝目覚まし時計のけたたま
しい叫びによって強制的に覚醒させられ、遠野の家に
来てからは―――彼女には悪いのだが―――毎朝翡翠
に起されている。
 だが、今日は・・・。
 時計を見ると、針はまだ六時を回ったばかりだ。
この時間に起きれば、秋葉の奴の機嫌も良いはずだ。
 機嫌の悪い時の秋葉はお世辞にも友好的とは言え
ず、どれほど贔屓目に見ても近づきたくない相手ベス
ト5から外すことはできない。
 だが、機嫌さえ良ければなんの問題もない。礼儀正
しく、面倒見の良い実に良き妹だ。
(けど・・・)
 今朝はなんとなく、一人でゆっくりしていたかっ
た。
 どうせ、しばらくすれば翡翠が来て、起きている俺
を見て一瞬驚いた顔を見せてくれるのだろうが・・・ま
ぁ、その時間までのベットの上でボーっとしているのも
悪くない。
(あぁ・・・なんていい朝なんだろう)
 遠野家に戻ってきてから忙しい日々が続いていた所為も
あってほとんどゆっくりと出来なかっただけに、今朝
のこの清々しさはもっとじっくりと堪能したいくらい
気持ちの良いものだった。
 だが・・・

 ガチャーーーンッ!!
 清々しい朝は・・・気持ちいいほどあっさりと潰され
てしまったのだった・・・

「何の音だよ・・・」
「兄さんっ!?」
 至福の一時を妨害されてすこし憂鬱になりながら
も、まぁいつもの事だ・・・と諦める。
 自分で言うのはなんとなく不本意だが、最近ではむ
しろこういうせわしない日々の方が自分にはあってる
のではないだろうかと思う事もあるほどだ。・・・もの
すごく不本意ではあるが・・・。
 そんなわけで、しぶしぶ自室から出て(当然、私服
に着替えてからだ。以前パジャマ姿で外へ出たら秋葉
の奴が顔と、ついでに髪の毛まで真っ赤にして怒った
からな)居間へたどり着いた俺はソファーに座る事も
無くつったっている秋葉に声をかけた。
 普段なら優雅にお嬢さまっぽく―――いや、実際に
お嬢さまなんだけど―――挨拶をしてくるはずの秋葉が
今朝はなにやら複雑な表情をしている。
「兄さんっ!あなたはいったい何をしたんですかぁ
っ!!」
「どうしたんだよ?」
「とぼけないでください!あなたって人は・・・翡翠に
いったい何をしたのですかっ!?」
「何って・・・ナニ?」
「妹パンチ!」
 何やら絶妙に腰の入った右ストレートが俺の鼻に恐
ろしいほどのスピードで綺麗にクリーンヒットしてく
れた。
「・・・はなぢ出てふ・・・」
「兄さんがくだらないシモネタなんか使うからで
す!!」
 お嬢さま育ちの秋葉はそういうネタに対する免疫がな
いのか、顔を真っ赤にさせている。その表情は恐ろし
いながらも、なかなか可愛かったりする。
「とにかく、事情を説明してくれよ・・・」
「それはこっちの科白です! 一体どんな事をすれば
翡翠をあそこまで変貌させられるんですか!?」
「さっきから翡翠、翡翠って・・・翡翠がどうかしたの
か?」
「どうしたもこうしたも・・・あぁっ! 口で説明する
よりもあれを見せた方が早そうですね! そこで待っ
てなさい!」
 いったいどうしたって言うんだ? こちらは状況す
らぜんぜんわかっていないのだが・・・どうやら秋葉自
身ひどく混乱しているらしくこちらの意見を聞くだけ
の余裕がないようだ。
 居間を出て台所の方へ進んでいく秋葉の背中を眺め
ながら、俺は少しでも状況を知るために居間の中を
見渡した。
 なるほど、いままで気づかなかったのだがなかなか
ひどい状況だ。
 まず、居間に置かれたソファーがヘコんでいる。ど
うやら中身がくり貫かれてるらしい。その証拠に、
ソファーのすぐそばにその中身があからさまにぶちま
けられている。さらにテーブルの上。秋葉のと俺用な
んだろうティーカップが粉々に砕け散っている。壁に
かかった高そうな絵画には『ひげ』という謎のメッ
セージ。窓ガラスには血・・・のような色の赤いペンキ
で『志貴 LOVE』と書かれている。
「・・・これは・・・秋葉の奴・・・ずいぶん独創的な模様
替えをしたもんだな・・・」
「妹キック!」
「げふっ!」
 これまた素晴らしい角度でわき腹につま先をえぐり
込まれた。
「後ろからとは・・・卑怯な・・・」
「だまりなさい! なにやら壮絶な誤解があるようだ
から言っておくけど、居間をこんなふうにしたのは私
じゃありません!」
「わかってるよ。ちょっとしたアメリカンジョークじ
ゃないかぁ・・・」
「・・・兄さん。私、今ちょっとだけ本気であなたのそ
の能天気さを『略奪』してみたくなりました・・・」
「ああ。そしたら、お前ももうちょっと温和な性格に
なれるかもな♪」

ぶわぁっ!

「うわぁぁぁっ! 冗談だ冗談! 本気で赤髪になる
なっ!!」
 どうやら、冗談の通じる状況ではないらしい。
 早く話を進めたほうが身の為だな。
「で?俺に見せたいものってなんだよ」
「・・・これです」
 なにやら納得のいかない様子だったが、とりあえずど
ちらが優先すべき事なのかちゃんとわかっているよう
で秋葉は憮然とした表情のまま『それ』を俺の目の前
にひきずって来た。

どさっ

「こ・・・琥珀さぁぁぁぁぁぁああああああん?」
 見なれた割烹着姿。それは間違いなく琥珀さんだ。
ならば、なぜ最後が疑問形なのかというと・・・。
「ひどい・・・」
「ええ・・・」
 琥珀さんはまるで、バレットでさんざんいたぶられ
た挙げ句、ハートブレイクショットで動きを止められ
た後に、ガゼルパンチからデンプシーロールにつなげ
られ、最後にチョッピングライトでマットに叩きつけ
られたボクサーのようにぼろぼろだったのだ。
「・・・秋葉・・・なにもここまでしなくても・・・」
「妹目潰し!」
「うぎゃぁぁぁぁぁっ!」
「私がこんな事するわけないでしょう! 翡翠の仕業
ですよ・・・って、聞いてるんですか!? 兄さん!」
 どうやら、我が妹には目潰しを食らって苦しんでい
る兄をいたわるという、ごく常識的な思いやりという
ものは存在しないようだ。
「翡翠がって・・・どういうことだよ」
「だから、翡翠が琥珀をこんなふうにしたんです」
「あの翡翠が・・・?」
 考える・・・翡翠が琥珀を捕まえてさんざんいたぶり
尽くした挙句、おもむろにその左胸へコークスクリ
ューパンチをぶち込み、さらに身体を8の字に動かし
ながら左右からラッシュ!そして、とどめに上から
叩きつけるような右!!
「・・・ミ・・・ミラクル!」
「なに訳のわからん感想を言ってるんですか!」
「いや・・・なんとなく・・・」
「はぁ・・・」
「・・・で? 琥珀さんをこんなにしたのは、ホントに
翡翠なのか?」
「間違いありません。今日の翡翠は・・・その・・・どこ
か変なんです」
 一般的に言えば、翡翠はいつだって“変”に分類さ
れる人種なのだが・・・どうやらそこは突っ込まない方
が良いようだ。
「わかった。琥珀さんをこんなにしたのは翡翠なんだ
な? ・・・で・・・結局のところなんで琥珀を俺に見せ
たんだ?」
「兄さんに、自分の罪をよぉ〜〜〜くわからせるため
ですわ」
「罪って・・・俺はなにもしてないぞ?」
「まだいいますかっ!」
「ホントになにもしてないってば〜!」
「志貴・・・」
「ほら、翡翠も弁護してくれよぉ〜」
「・・・ひ、翡翠・・・」
「・・・志貴・・・」
「あ・・・」
 秋葉のひくついた顔に・・・いつのまにか、翡翠が居
間に姿をあらわしていたことに気がついた。
「翡翠・・・」
 秋葉の戸惑いようから嫌な予感を感じ、彼女の様子
をよ〜く眺めて見る。
 服装はいつもと同じやや野暮ったいメイド服。その
分かり難い表情にやや厳しい目つき。そこに不自然さ
はまったくない。
 つまり、どこからどう見ても普段の翡翠そのものな
のだ。
「・・・おい、秋葉。あれのどこがどう変なんだ?」
 むしろお前の方が・・・という言葉はギリギリの所で
飲み込む。
「見た目にごまかされてはダメです! あれの恐怖は
まだこれからですわ・・・」
「恐怖って・・・」
「・・・志貴・・・」
「え?」
 呼び捨て〜〜〜!?と、そのことに驚くよりも早く
翡翠が動いた。
 翡翠は俺の身体に抱きつくと、子猫のように俺の胸
に顔を摩り付け頬を赤らめながら呟いた。
「げっちゅ♪(はぁと)
「げ・・・激萌え〜〜〜!」
 いや、まじで激萌えっすよ! すりすりと柔らかい
ほっぺたが俺の胸にその温もりを伝え、恥ずかしげな
・・・しかしそれに負けないくらい嬉しげな表情が脳天
を貫く・・・まさに、萌え!!
「翡翠〜〜〜!」
「妹ひざかっくん!」
「みぎゃぁぁぁっ!」
「兄さん! あなたはいったいなにをしているんです
か、はしたない!」
「・・・妹ヨ・・・一つお兄ちゃんからの忠告だ。ひざか
っくんは膝の関節に対して平行方向に行うものであっ
て、けして垂直方向へやっちゃいけないぞ・・・」
「大丈夫です。膝はそんなにやわじゃありません」
 なんの根拠も無く、そう言い放つ秋葉。
 自信たっぷりな秋葉は実に秋葉らしくていいのだが
・・・今回ばかりはちょっと勘弁して欲しかった。
「秋葉・・・私の志貴に手を出さないで」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「私の・・・ですってぇ?」
「私のよ」
「へぇぇぇ・・・」
「や、やめろよ!秋葉!」
「兄さんは・・・」
「志貴は・・・」
『黙ってて!』

「・・・うぃ」
 二人の形相に、俺は彼女達を制止することをあっさ
り諦めた。
 かっこう悪いなんていうなかれ、力を全開にして真
っ赤に染まった秋葉と無言の重圧を持つ翡翠の視線。
それらがお互いの相乗効果を得て空間をゆがませてし
まうのではないだろうかと思うほど強力な邪眼とな
っている。はっきりいって、その破壊力は慣れない者
が見たら精神を吹き飛ばされてキ○○イになっちゃっ
てもおかしくないほどなのだ。
「・・・この小姑が・・・うぜぇんだよてめぇは」
 う〜ん、なかなかワンダホーな言葉遣いですね、翡
翠。でも、無表情のままで言うのはどうかと思うよ・・・。
「翡翠・・・姉妹そろって私に刃向かうのね、あなた達
は・・・」
 とことん部下に恵まれないね、秋葉・・・。スタッフ
サービスに電話する?
「・・・まな板のくせにでしゃばってんじゃね〜よ・・・」
「うふふふ・・・お馬鹿なメイドにはちょっと教育が必
要なようですね♪」
 うぅ〜ん、良い感じに雰囲気がやばくなってきた・・・
♪
 本気で、そろそろとめないと血をみそうだな・・・。
 こういうときは・・・。
「・・・助けて、マミ〜!」

「呼ばれて飛び出てじゃジャジャジャ〜ン!」

がちゃ〜〜〜ん!
「ラブリーキューティーなメガネっ子(選択肢有
り)! 心清く、お顔も清く。賢く美しいお姉様!天
然ボケもご愛嬌! カレーと遠野君のためなら・・・命
懸けます!!」
「シエル先輩!」
 ナイスなタイミングで登場してくれたシエル先輩に
俺は思わず歓声を上げた。

 しかし、その他二人は・・・
「・・・カレーのために命を懸けるなんて・・・安っぽい
女・・・」
「どうでも良いですけど、今割ったガラス代・・・ちゃ
んと払ってもらいますからね?」

 いい感じに冷たい反応でしたとさ・・・。
「・・・ひ、ひどい・・・」
「まぁまぁ、シエル先輩。とにかく、良いタイミング
で来てくれましたよ!」
「あら、いいんですよ〜。遠野君のためならえんやこ
らです!」
「・・・ちっ、年増まででしゃばってきやがった・・・」
「・・・なにか言いましたか? 翡翠さん?」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「ちっ! 年増まででしゃばってきやがった!って言
ったの」
「えぇ! 言い直すの!?」
 普通は、なんでもない・・・とかなんとかいってごま
かすだろ・・・。
「・・・年増って・・・どういう事ですか?」
「読んで字の如し。基本的に変態吸血鬼どもがメイン
のこの世界であんまり目立たないけど、志貴の高校の
先輩とほざきながらも実際二十歳超えてるし」
ビシッ

空気が・・・凍った・・・。

あぁ、神様仏様! だれでもいいですから、おねが
いします!どうか翡翠の口をふさいでください!
 我が家が戦場になる前に・・・。
「翡翠さん・・・あなたは言ってはならない事を言って
しまいましたね・・・」
「サバ読んで歳をごまかしてファンを集めているような
メガネ“おばさん”のくせに」
「コロス・・・」
「シエル先輩まで壊れちゃってどうするんですか
〜!」
「はっ! そうでしたね・・・今は翡翠さんの症状につ
いての説明を・・・」
「説明好きはおばさんの証拠・・・」

「翡翠・・・ちょっと黙ってなさい」

ごすっ

「・・・謀ったな・・・シャア!」
「シャアじゃないし、謀ってもいません。とりあえず
お眠りなさい」
「ぐぅ・・・」
「秋葉、おみごと♪」
「なんとなく、最初からこうしていればよかったよう
な気がしますわ・・・」
 それは言わないお約束だ。
「で? 翡翠があんな風になったのは、どうしてなん
ですか?」
「はい。おそらくはあれも一つの反転衝動ではないの
でしょうか?」
「反転衝動って・・・四季のあれですか?」
「ええ。おそらくは」
「でも! 翡翠は遠野の血は引いていませんよ!」
「反転衝動はなにも遠野の専売特許じゃありません
よ。ある程度異端の血を受け継いでいれば誰にでも起
こりうる事です。ただ単に、遠野家がそれに陥りやす
い血を引いていただけの事です」
「たしかに、翡翠の家も異端の血を引いていますわね
・・・」
「そんな・・・じゃあ、翡翠も血を吸いたくなったりす
るのかな?」
「あれは他人様の体液を飲まなきゃやってられないよ
うな汚らわしい変態生命体の特徴です。翡翠さんの家
はそういう血は流れていないんですよね?」
「・・・なにかすっごく気になる発言があったような気が
しますが・・・まぁ、とりあえずその質問にはYESで
す」
「では、翡翠さんが血を吸ったりする事はないはずで
す。普通の人間には他人の血を吸いたいなんて言う外
道な欲望はないはずですから。・・・普通の人間には」
「・・・何故私を見るんですか? 教会の犬(シエル)
さん」
「あぅあぅ・・・」
「私は教会という組織に属していますが、べつにこび
へつらっているわけじゃありません。犬畜生に劣る
蚊の親戚である秋葉さんにそんなこと言われるなんて
心外ですね」
「自分の力もわきまえずにキャンキャン吠えるあなたを
犬と呼んで、何がおかしいというんですか?」
「・・・一度・・・ゆっくり話し合う必要がありそうです
ね、妹さん」
「ええ。でも、話し合う機会は一度で結構です。すぐ
に二度と妹だなんて呼べないようにしてあげますから
・・・」
 二人の間にバチバチと火花が飛ぶ。その光景はまる
でメガネ狸と赤い狐・・・じゃなくてコブラとマングー
スの対決のようだ。
 しかし、翡翠の事ばかり考えていたのでいままで気
づかなかったけど・・・そういえば、よく考えたらこの
二人って結構相性悪いんだった。なにせ片や異端の中
でもエリート中のエリートである遠野家の当主。片や
教会の中でも異端を狩る存在である埋葬機関のハン
ター。この状況はまさに辞書に載せたいほど美しい“
一触即発“な状況だった。
「ま、まって! とにかく今は翡翠の事を先になんと
かしようよ!」
「遠野君がそういうのなら・・・」
「兄さんがそういうなら・・・」
「ありがとう。で? どうすれば翡翠を元の状態に戻
せるんですか?」
「そうですね。とりあえず何故急に・・・っと、いまま
でこんな事なかったんですよね?」
 頷く。
 こんなことが初めてでなかったら、とっくに俺の命
は燃え尽きていることだろう。
「では、やはり何故急に反転したのか、その原因を突
き止めるべきでしょう」
「原因・・・ですか?」
「はい。反転衝動を収めるだけならば簡単なんですけ
ど、その原因を突き止めて根本から“治療”しないと
何度も繰り返す結果になりますから。どっかの変態吸
血種が延々と自分の付き人の血を吸いつづけたのと同
様に」
「なっ! 仕方なかったのよ!あれは琥珀の罠で・・・」
「誰も秋葉さんの事だとはいってませんよ?」
「うぐ・・・」
 なんか、今日のシエル先輩はやけに絡むなぁ。
 もしかして、翡翠におばさんって言われた事結構引
きずってるのかも?
「・・・遠野君。今なにか変な事考えてませんでした
か?」
「欠片ほどにも!」
「良かった。もしかしたら遠野君、自殺願望でもある
んじゃないかと思って心配しました♪」
 この緊張感が永遠に続くなら、自殺も望むかもしれ
ないですけどね。
「さて、話を戻しましょう。翡翠さんの反転の原因で
すけど・・・心当たりは?」
「心当たりも何も、原因はすでにわかっています!」
「と、いうと?」
「兄さんです! 兄さんが翡翠にひどい仕打ちをした
に違いありません!」
「秋葉・・・お前は自分の兄をどんな風に見てるんだ・・・」
「みたままをいったまでです!」
「あら? 遠野君ってけっこう私生活では外道ちゃん
なんですか?」
「ちがいます! 秋葉の誤解です!」
「でも、翡翠はほとんど兄さんにつきっきりなんです
よ?翡翠になにかあったとすれば、それは兄さんに関
係がある事に違いありません!」
「なるほど。たしかに正論ですね」
「シエル先輩まで・・・そんな生ゴミを見るような目で
みないでください!」
 まずい、このままじゃ自分付のメイドをぶっ壊しち
ゃった『メイドマーダー志貴』として変態の仲間入り
をしてしまう!
 なんとか弁明しようにも、秋葉はすでに俺の事を完
璧に疑ってかかっているし、シエル先輩は「志貴君の
意外な一面を見ちゃいましたね」なんて一人で納得し
てるし・・・どうしたらいいんだ?

「呼ばれてないのにジャジャジャジャ〜〜〜ン!」

がちゃ〜〜〜ん!

「へ?」
「なんですか!?」
「・・・げっ」

「天下無敵の吸血種! 金髪美白の超絶美人! 人気
があっても胸が無いお馬鹿連中なんて敵じゃない!
 悩殺笑顔で志貴のハートを・・・狙い撃ち♪♪」
 とつぜん窓を割って登場した謎の女性・・・ずきゅ〜
〜〜ん!という効果音が聞こえてきそうなほどみごと
なポージングだった。
 しかしながら・・・。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・なんで黙るの・・・?」
 不思議そうに首をかしげる女性に対し・・・
『・・・ってか、あんた誰?』

 ものの見事に、俺と秋葉の声がかぶった。
「し・・・しまったぁぁぁぁぁっ! 遠野家ルートだと
あたしの出番ないんじゃん!!!」
「何を訳のわからない事を! あなた! 不法侵入で
すよ!」
「そういう意味では、シエル先輩も不法侵入ですよ
ね?」
「きっと気のせいです♪それに私は知り合いですが、
“あれ”はまったく赤の他人ですよ」
「シエル! 赤の他人だなんて酷いよ! あたしとあ
なたの仲じゃないの〜!」
「・・・シエル先輩、あの人しってるんですか?」
「いえ、しりません!」
「こらァ〜うそつくな〜!」
「でも、向こうは知ってるみたいですよ?」
「え、えっと・・・あれは・・・その・・・そうです! き
っと昔飼ってた猫のタマです!」

タマ・・・

猫・・・

白い・・・

『・・・なるほど!』

「こら〜! 納得するにゃ〜!!」
「猫のタマなら不法侵入もしかたないですね」
「まったく、可愛げのない猫ですこと」
「猫って言うにゃ〜〜〜!
 それと、妹が可愛げないって言うな〜〜〜!」
「おだまりなさい! とにかくシエルさん。飼い主の
責任として今すぐあの無礼な猫を放り出してくださ
い」
「わかりました。ほら、タマ・・・早く成仏しなさい」
「勝手にコロスにゃ〜〜〜っ!」
「シカっ!!」
「うにゃぁぁぁぁぁっ!」

「任務完了です♪」
「シエル先輩・・・今どこからともなく野生動物が・・・」
「・・・語り得ぬ事には、沈黙せねばなりません」
 それっぽい事言ってるけど、ようするに自分でも何
なのかわかってないってことじゃないのだろうか?
「とにかく! ・・・翡翠さんが反転した原因である遠
野君。あなたは何をしたんですか?」
「原因じゃないんですってば・・・。それに、もしそう
だったとしても俺にはまったく心当たりが・・・」
「・・・それってるまり、どれが原因か判断できないほ
どいっぱいいろんな事をしたって言う事ですね?」
「違うってば!」
「兄さん・・・怪しいですね・・・」
 もしかして、秋葉に嫌われているんだろうか・・・?
 本気で心配になってきた。
「う〜ん、でも、遠野君がここまで嘘をつくってこと
はないような気がします・・・」
「おぉっ! さすがは先輩!」
「・・・良い子ぶりやがりましたね・・・」
「志貴さんでも無いとすると・・・秋葉さん?あなたに
心当たりは?」
「私が翡翠になにかするわけないでしょう」
「でも、女の嫉妬は怖いですからねぇ・・・」
「・・・何が言いたいんですか?」
「愛しのお兄ちゃんを取られた妹が嫁をいびる・・・」
「三流小説ですわね」
「登場人物が三流ですもんね♪」
「・・・コロシます」
「やってみれ♪」
 またも、一触即発・・・。
 なんか、ぜんぜん話が進まないぞ。
「とにかく! 秋葉でもないんだとしたら・・・残るは
一人!」
「・・・琥珀ですか?」
「昼間、俺や秋葉が学校に行っている間は翡翠といつ
も二人っきりでいるんだから、なんらかの事情を知っ
ていてもおかしくないじゃないか!」
「・・・なるほど」
「遠野君、するどいですね!」
 俺が鋭いんじゃなくって、あんたらがはなっから俺
の事だけを疑ってたから気付かなかっただけだと思う
のだが?
「でも・・・どうやって琥珀を起すんですか?」
「・・・たしかに困ったな。イイ感じにボロボロになっ
ててそう簡単には起きてくれそうにないぞ・・・」
「・・・私が気付けを試して見ましょうか?」
「シエル先輩、気付け出来るんですか?」
「はい。昔とある人物から教わったやり方があるんで
す」
「よし! じゃあ、それを試してください!」
「はい♪」
 シエル先輩って結構なんでも出来るんだなぁ・・・。
 年の功ってやつ?
「・・・えっと・・・ここらへんかな?」
 えっと・・・何気に疑問形?
 倒れている琥珀さんのお腹のあたりを探っているシ
エル先輩の表情はいたって真剣な顔なのだが・・・それ
だけによけいに疑問形が不安を呼ぶ。
「いきますよ〜」
 ポイントを探り当てたのか、シエル先輩は琥珀さん
の身体を床に横たえると・・・

「ふんっ!」

どすっ!!

『なにぃぃぃぃぃっ!』
 琥珀さんのみぞおちに突き刺さるシエル先輩の拳。
「な、な、な、なにしてるんですかぁぁぁっ!」
「なにって・・・私が教わった気付けですけど?」
「ちがう!それは絶対に間違ってます〜!!」
「で、でも。ほら!琥珀さんだって気がついたみたい
だし・・・」
「・・・ぴくぴく痙攣しているだけのように見えますけ
ど?」
「あはははは〜」
 ごまかさないでください。

「・・・うぅん・・・」

「あ! 目を醒ましたみたいですよ! やった! 初
めて成功しました!!」
「なにやら聞き捨てならない発言があったようですが
・・・」
「きのせいです!」
 力いっぱい否定するシエル先輩には悪いが、欠片ほ
どにも説得力が無かった。
「・・・うぅ・・・」
「琥珀さん!大丈夫ですか?」
「うぅ・・・志貴・・・さん?」
 よかった・・・あまりに良い音だったから、心配して
いたのだが・・・どうやら至って無事のようだ。
「琥珀・・・大丈夫?」
「私・・・」
「一体何があったんですか?」
「私・・・翡翠ちゃんに・・・」
「やはり翡翠か・・・」
「ええ。朝起きて居間で会ったんですけど・・・いきな
りバレットを連打しながら襲いかかってきて、ハート
ブレイクショットで動きを止められてどうしようもな
い私に、幻のデンプシーロール・・・そして、最後にチ
ョッピングライト! ・・・ミラクルでした・・・」
 見た目どおりだった・・・。
「で、琥珀・・・あなた、翡翠がそうなった原因を知ら
ない?」
「原因?」
「ええ。翡翠はおそらく、普段抑制されてたまりにた
まったストレスが爆発した・・・反転衝動という状態な
の」
「・・・そうですか・・・翡翠ちゃんは暴走しちゃったん
ですね・・・」
「ええ。普段が普段だけに、その暴走っぷりも・・・」
「たしかに。普段何を考えてるのかわからない人ほ
ど、いざという時に怖いって言いますからねぇ」
「・・・気のせいかしら・・・琥珀が言うとやけに重たく
聞こえるわ・・・」
 秋葉の引きつった声に、思わず頷く俺とシエル先
輩。
 だが、当の本人は不思議そうに首を傾げるのみ。
「どういう意味ですか?」
「いえ・・・こちらの話よ・・・」
「とにかく、翡翠がこうなった原因を探っているんで
すが・・・なにか心当たりはないですか?」
「心当たりと言われても・・・」
「彼女がなにかに悩んでたとか、苦しんでいたとか
・・・そんな感じありませんでした?」
「翡翠ちゃんが何かに悩んでいた? ええ。そんな感
じはありましたね。どうしたの?って聞いたらなんで
もないって言ってましたけど」
「それはいつごろ!?」
「えっとぉ・・・昨日の晩、私の部屋に来たときには普
段どおりだったんですけど・・・帰る時にはなにか思い
つめた感じでした・・・」
 どうやら、犯人は琥珀さんだったようですね・・・。
 これで俺の無実は証明されたわけだ。
「ち、ちがいますよ〜!」
「部屋にいるあいだ、翡翠は何をしてたの?」
「えっと・・・たしか漫画を読んでました」
「へぇ、翡翠が・・・」
「マンガですってぇぇぇっ!?」
 これまでの翡翠ならマンガなんか読むような事は無
かっただろうに・・・ちょっと驚いた俺だったが、その
俺よりももっと驚いていた人物がいた。
「ど、どうしたんだ? 秋葉・・・」
「マンガ・・・漫画・・・Manga・・・。退廃的で残虐
で、倫理の欠片もない無知で鬼畜で異常な変態的趣向
者を量産し、今日の少年犯罪の一端を担った悪の情報
源。マンガなどというものは子供をダメにするための
●●どもの謀略です!」
 秋葉のあまりにもすばらしい偏見に、俺はむしろ純
粋に感心すらしてしまった。
 どうやら、俺がいなくなってからの遠野の家での生
活は彼女の心に大きな傷を残してしまったようだ・・・
が・・・。
「秋葉・・・とりあえず、●●はダメ」
 洒落にならないからさぁ・・・。
 ってか、どうしてそんな大昔に廃れた隠語を知って
いる?
「とにかく! マンガなんて汚らわしいものを読むか
ら、翡翠がキレちゃうんです! キレる17歳です!
 薬とかキメて親父狩りとかしちゃうんです!」
「はいはい。何か悪いものに憑かれちゃってる秋葉さ
んは放っておいて。確かに私もそのマンガが原因だと
思うんです。いったいどういう内容だったんです
か?」
「どんな内容って・・・べつに中学生同士が生き延びる
ためとか口実をつけてやりたい放題暴れまわるような
奴じゃないですよ?」
 琥珀さんは、けっこうシビアな解釈の持ち主のよう
だ。
「ごくごく普通の恋愛を題材にした少女マンガです」
「じゃあ、マンガは原因じゃないんですかね? そん
な普通のマンガで、ぶっ壊れたりしないだろうし・・・」
「・・・あっ! そういえば・・・」
「そういえば?」
「その漫画を読んだあと、翡翠ちゃん・・・寂しそうな
顔してました」
「寂しそう?」
「はい。なんだか、羨ましいっていう感じで・・・」
「羨ましい・・・」
少女マンガ・・・。
ごく普通の恋愛・・・。
寂しそうな顔?
羨ましい?
一体どういう事なんだろう?
「・・・分かりました♪」
「え? 何がですか? シエル先輩」
「ふっふっふっ、謎は全て解けたんですよ、ワトソン
君」
 自信たっぷりのちょっとムカツク微笑を浮かべ、メ
ガネをキラリと光らせるシエル先輩。
 何がわかったのかは知らないけど、とりあえず名前
を間違えるのは止めて欲しかった。
「翡翠さんが何に苦しんでいたのか、ようやく分かっ
たんですよ!」
「へぇ。ききたいわね」
「今ご説明しますよ。翡翠さんは志貴さんと付き合っ
てますね?」
「え、ええ・・・そりゃ・・・まぁ」
「しかし・・・あまり恋人同士らしい事はしてないんじ
ゃないですか?」
「恋人同士らしい事・・・?」
恋人同士らしい事・・・恋人同士らしい事・・・恋人同
士でする事・・・する事といえば・・・
「いえ、してますよ。それも結構頻繁に♪」
「はい下は結構です」

ザクッ!

「なんか、どこかでみたことのある剣っぽいものが刺
さってるんですけど・・・それも割合<ズッポリ>と」
「・・・大丈夫です。遠野君仕様ですから、比較的死ぬ
確立は高くありません」
 遠まわしに言ってごまかしてるけど、それってへた
したら死ぬかもってことじゃ・・・。
「とにかく! 恋人らしい・・・デートとかそう言った
事をしてないんじゃないですか?」
「そ・・・そういえば・・・」
 翡翠がもともと外に出ない人なもんだから、こっち
もあんまり誘う気になれなくて・・・。
「やっぱり・・・。翡翠さんは、寂しかったんですよ。
恋人らしい付き合いをしてくれない志貴さんに。そし
て、たまたま見た少女マンガの登場人物達を羨ましい
と思った」
「で、でも!その程度で反転したりするのかな?」
「妹アイアンクロォウ〜〜〜!!!」
「ぐぁぁぁぁぁぁっ!」
「兄さん! あなたは翡翠の乙女心をまったく理解し
ていないんですね!」
「ぐぎぃぃぃぃぃぃっ!」
「翡翠は・・・ずっとずっと外界との情報を遮断して生
きてきたんですよ! 恋愛事に理想や幻想を持ってい
ても何もおかしく無いんです!」
「ぎひぃぃぃぃぃっ!」
「その気持ちをまったく理解せず、<その程度>だな
んて・・・反省しなさいっ!」
「ぎぃぃぃぃあぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
 言ってる事はもっともだ!
 もっともだけど・・・とりあえず・・・。
 割れる! 割れる! 頭が割れてしまう! 頭が割
れて、仲から<なにか>が飛び出してしまうっ!
 説教は腕を離してからにしてくれぇ!
「秋葉さん。その辺で許してあげてください。たしか
に遠野君は無神経で鈍感で、割合腐れ外道で、可愛い
顔して一番悪い子ちゃんなんですけど、それ以上やる
と死んじゃいますよ」
「兄さんは一度ぐらい死んだほうが良いんです!」
 なかなか無茶を言ってくれる・・・。
 というか、実際に一度死にかけてる身なんだけど、
その辺は考慮に入れてくれないんだろうか?
「とにかく、これで原因がわかりました。後は翡翠さ
んを元に戻すだけですね」
「どうしたらいいのかしら?」
 俺の頭を握り(潰し)ながら、秋葉がたずねる。
 どうやら、俺はしばらくこのままのようだ。
「簡単です。翡翠さんの願望を叶えてあげればいいん
です」
「翡翠の?」
「ええ。翡翠さん自身に何がしたいのかを聞いて、そ
れを叶えてあげれば良いんですよ」
「なるほど・・・」
「でも、翡翠ちゃん・・・寝てますけど?」
 そうだ・・・翡翠は今、秋葉の強烈で無慈悲な一撃に
よって、昏倒しているのだった。
「起しましょう」
 そう言って拳を固めるシエル先輩。
「ちょっとまてぇぇぇっ!」
「なんですか?」
「シエル先輩の手を煩わせる事はありません。俺が何
とかしますよ。・・・だから秋葉・・・とりあえずそろそ
ろ手を放して?」
「あら、気づきませんでした」
 あまりにもジャストヒィットしているので・・・と言
い訳しつつやっと手を離してくれた秋葉。
 ただ、ジャストヒィットしている原因が骨格が変形
してしまった所為だとは気づいてくれていないよう
だ。
「でも、どうやって起すんですか?」
「えっと・・・」
 とにかくシエル先輩の魔の手から翡翠を守るのに必
死で、実際にどうやって起すのかは考えていなかった
・・・。
「あの・・・私のつくった気付け薬使いますか?」
 そういって、どうやったらそこまで怪しく出来るの
ですか?と聞きたくなるほど危険な香りのする茶色い
小瓶をポケットから取り出す琥珀さん。
 とりあえず、悪意は無いのだろうが、それだけに恐
ろしい。
「いえ、結構です」
 俺はきっぱりと断り・・・倒れている翡翠の前に跪い
た。
 そして、ペチペチと頬を軽く叩く。
「お〜い、翡翠〜。朝だぞ〜」
「そんなので起きるわけが無いでしょう」
 たしかにそのととりだ・・・。
 しかし、だからと言ってシエル先輩や琥珀さんに任
せるわけにもいかんだろう・・・。
「お〜い・・・起きろ〜」
「・・・・・・」
「・・・しかたないな・・・」
 まったく起きる気配の無い翡翠に、俺は仕方なく裏
技を使うことにした。
「あ、琥珀さんが高そうな壷を拭こうとしてる・・・」

「姉さんはそれに触るなぁぁぁぁぁっ!!!」

 俺の裏技に、翡翠はガバチョと跳ね起きてくれた。
「志貴さん・・・翡翠ちゃん・・・酷いです・・・」
 泣きそうな声の琥珀さんだが・・・事実だけに誰もフ
ォローをいれようとはしなかった。
「ぅん・・・ここは・・・?」
「おはよう、翡翠・・・」
 状況がわからないのか、キョロキョロとあたりを見
まわす翡翠。
 そしてしばらくした後、秋葉を視界に捉えた。
「・・・秋葉ぁぁぁっ!」
 ぐぁっ! そういえばぶっ壊れてたんだった。
「コロス!」
「翡翠ちゃん、女の子がそんなこといっちゃダメです
よ」
 ともすれば血の雨が降りそうなこの状況で、あっさ
りとピンとのずれたツッコミをいれる琥珀さん。
「秋葉ぁぁぁ」
「翡翠、ちょっとおちつきなさい」
「そうだよ、翡翠。俺に聞きたいことがあるんだ・・・」
「・・・聞きたいこと?」
 なんとか暴れるのを止めてこちらの声に反応してく
れた翡翠。
 なんだか、野生の獣を調教しているようだった・・・。
「ああ。翡翠、君はなにかしたい事があるんじゃない
のか?」
「・・・したい事?」
「そう。いままでやりたくてもなかなか言い出せず
に、心の奥にとどめていた事・・・」
「・・・ある。・・・私は・・・志貴に私の手料理を食べて
ほしい! それと、デートもしたい!」
「・・・ほっ」
 今の翡翠の状態から、もっとひどい事になるんじゃ
ないかと思ってたが・・・。
 たしかに翡翠の料理はあまり誉められたものではな
いが、だからといって『食べたら死ぬ』というほどの
ものでもないはずだ。
 それに、デートにいたっては俺のほうから頼みたい
くらいだ。
「・・・うふ・・・うふふふふ」
「え?ちょっと・・・翡翠ちゃん?」
 なぜ、外でやったら職質されても文句言えないよう
な怪しげな笑いを?
「・・・台所で華麗に料理を作るあたし・・・そしてその
足元にひざまずく志貴・・・」
「なんですと?」
 怪しげな笑みを浮かべる翡翠。その目にはすでに四
季もビックリなほど狂気が浮かんでいる。
 そして、彼女の妄想が始まる。

「ほら、志貴。もうちょっと待ってなさいね?もうす
ぐ出来あがるから」
「あぁ、翡翠様!こんな汚らわしいあたくしめのため
にそのお美しい御手をお汚しになられるなんて・・・」
「フフフ、いいのよ。志貴。あなたはあたしの可愛い
犬なんだから。ペットのエサを用意するのは飼い主の
仕事よ」
「あぁぁぁっ!そうです、私は犬です!あんた様の忠
実なペットですぅぅぅっ!」
「うふふ、可愛いあたしの子犬ちゃん♪ ほら、でき
たわよ。お食べ」
「はいぃぃぃ。ありがたく頂かせて頂きますぅ!」
「あら!ダメよ!!」
「え?」
「犬はご飯を食べるのに手を使ったりしないわ」
「あ・・・」
「さぁ、どうすればいいか・・・分かるわね?」
「は、はいぃぃぃ・・・はぐはぐ・・・」
「ぁあ! 志貴・・・あなたはなんて可愛いペットな
の!!」

「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「あぁぁぁぁ〜♪」
 トリップしつづける翡翠・・・。
 俺は失神しそうになるのを堪えるので必死だった。
「翡翠・・・それ・・・やるのか?」
「必然!」
 当然・・・すら通り越して、必然ときましたか・・・。
「秋葉ぁ〜」
 半泣きになりながらも、秋葉に助けを求める。厳し
い倫理観を持つ彼女なら、こんな妄想を実現する事は
けして許さないだろう。
「・・・翡翠・・・」
「・・・なに?」
「・・・ビデオ撮影は有りかしら?」
「なにぃぃぃっ!?」
 秋葉ってそういうキャラだったか!?
「琥珀さん!たすけてっ!」
「・・・ジュルリ☆」
 こっちもかぁぁぁっ!?
「遠野君・・・」
「あぁ! シエル先輩!」
「遠野君が犬・・・犬といえばペット・・・ペットと言え
ば首輪・・・首輪と言えば・・・キャっ♪(はぁと)
「うわぁぁぁっ! 先輩までェっ!」
「あたしも見たい〜!」
「タマまでェェェっ!」
「だからタマじゃないにゃ〜〜〜〜!」
 絶対絶命ってのはこのことだろう。
 四人(+一匹)の女たちが俺を囲みながら怪しい笑
みを浮かべている。
 逃げ場は・・・ない。
「ぐふふふ・・・志貴・・・」
「た、たすけて・・・」
「志貴、あなたが悪いのよ・・・」
「兄さん・・・兄さんが翡翠に構ってあげないから・・・」
「遠野君・・・自業自得ですね」
「志貴さん・・・翡翠ちゃんの苦しみ、味わってくださ
いね♪」
「志貴〜・・・なんか良くわかんないけど、とりあえず
楽しませてね♪」
「・・・あっ!あんなところに未確認飛行物体が!」
「・・・そんなのに引っかかるヤツはいないですよ・・・」
「・・・兄さん。覚悟してください」
「う・・・うわぁぁぁぁぁっ!」
「うふふ♪ 食事の後は、お散歩(でぇと)ですから
ねェ♪ 私の可愛いペットちゃん♪」
「たすけてぇぇぇぇぇぇぇぇ」

「ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
「あ・・・」
 眼が醒めると・・・そこは見なれた俺の部屋だった。
「あれ?」
 もしかして・・・さっきまでのは夢?
「志貴様・・・お目覚めになられたんですか・・・」
「あ・・・翡翠・・・?」
「はい・・・おはようございます」
 翡翠だ。いつもどおり、無表情・・・いまはちょっと
不機嫌そうな顔をしているが・・・翡翠だ。
「・・・夢オチってか・・・」
 かなりサブイな・・・。
「何がですか?」
「あ、いや。こっちの話・・・」
 まぁ・・・なにはともあれ、助かった。
 あのままだったら、新しい世界に旅立ってしまうと
ころだった・・・。
「・・・そうですか・・・。秋葉様が居間でお待ちになら
れていますよ」
「そうか・・・」
 時計を見ると七時半・・・こりゃ、小言を言われるの
は覚悟しなきゃな・・・。
「わかった。すぐ行くよ」
「はい。では・・・」
「ああ・・・って、ん? 翡翠・・・後ろになにもってる
んだ?」
 今まで気づかなかったが、翡翠は手を後ろに回して
いる。
 なにやら隠している・・・そんな風に。
「・・・気のせいです」
「いや、気のせいじゃないだろ・・・。何かかくしてる
のか?」
「気のせいです」
「・・・・・・」
「気のせいです」
「・・・そうか・・・」
「そうです」
 怪しい・・・ひたすら怪しい・・・。
 なんたって、こちらに背中を見せないように後ずさ
りしながらドアの方へ向かっているのだから。
「・・・それでは、失礼します」
「・・・ああ・・・」
 翡翠がドアを開けて外へ出ようとする・・・そのタイ
ミングを狙って俺は、ドアの向こう側を差し出した。
「あっ! 琥珀さんがこの家で一番高い花瓶を掃除し
ようとしてる!」

「姉さん、ダメェっ!」

 夢の中同様、見事に引っかかってくれた・・・そんな
に心配なのだろうか? ・・・翡翠が、ドアの向こう側
へ身体を向ける。当然、背中がこちらを向く。
 そして、ついに翡翠が隠していたものが見えた。
『ミミズでも解る睡眠洗脳入門』

「・・・うぐぅ・・・」
「・・・志貴様・・・嘘つきましたね? 姉さん、どこに
もいないじゃないですか」
「・・・あ、ああ。悪い」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・志貴様。・・・見ました?」
「・・・ミミズはさすがに無理だと思う・・・」
「・・・そう、ですか・・・フフフ」
 みられたのならしかたありませんね、と言うように
怪しげに笑う翡翠。
 何故だろう・・・今時分が蜘蛛の巣に捕らわれた哀れ
なチョウチョのように思えた。
 どうして俺はこんな生活をしているんだろう?あの
有間の家にいた頃の平穏は夢だったのだろうか?
 わからない。でも・・・
「・・・えっと・・・今度のお休み未でも、どこか遊びに
行こうか・・・」
「・・・いいんですか?」
「ああ・・・お弁当、作ってくれヨ・・・」
「・・・はい♪」
 そう言って笑った翡翠の顔は本当に綺麗だった。
 これが見られるなら・・・囚われのチョウチョも悪く
ない・・・かな?
「・・・フフフッ、途中で起きられたから失敗したかと
思いましたけど・・・上手くいってよかったです♪」
「・・・・・・」

夢・・・それは都合の良いもの。
ただし。
誰にとって都合が良いかは・・・知らない。


さらにさらに奥へ!!