日本基督教団 相生教会


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〜 ちょっと、言わせて! 芳賀義也 〜


 
信徒伝道週間 詩篇23編より

 信徒伝道週間初日(2006年10月15日)に、奨励をさせていただきました。ホンとは、奨励なんてしたくはないけど、一回ぐらいやっとかないと・・・ と言うことで、以下に、その原稿を貼り付けておきます。暇な方は読んでください。

恵みといつくしみの神様

 8月の長老会で、信徒伝道週間の奨励を打診されたのですが、断る理由が見当たらず、させていただくこととなりました。私の思いが、どのくらい皆さんに伝わるかは不安ですが、神様が言葉を補ってくださると信じて話させていただきます。
 先月9月は、礼拝を3回も休んだのですが、そのうちの1回は、私の心のふるさととも言うべき、新潟の敬和学園高校へ行っていました。そこで今日は、敬和での思い出や、今回、敬和へ行ってみて感じた事と、今の相生教会に対する思いを、皆さんと分かち合えたらと思います。
 相生教会では、敬和の前校長の榎本先生や、前の新潟教会牧師の春名先生などに来ていただきお話をしていただいていますので、少しは身近に感じておられるかもしれませんが、私にとっては、本当に故郷のような所です。
 実は、結婚以来、はつみに、「いつかは、一緒に行ってみよう」と言いつつも、なかなか実現せずにいたのですが、この8月に、敬和学園時代の友達が結婚したと言うので、そのお祝いを兼て行って来ることができました。 私は敬和では、本当に多くの経験をさせてもらいました。その中で、最も大きな事は、物事の考え方の基本を学ばせていただいたと言うことです。それ以来、物事の判断が付かない時には、敬和に居た頃の自分ならどう考えただろうか、敬和ならどう判断をするだろうか、と思うことがあります。敬和へは、卒業以来おそらく6〜7回行っているのですが、いつも、自分の心や考え方の原点を再確認するような思いで行っています。それが、最近はなかなか行けず、今回は十年ぶりくらいで、念願かなって行ってくることができて、ホンとにうれしかったです。
 敬和学園では、毎朝、全校生徒職員が参加して礼拝が行われています。私の在学中は、体育館で行われてしましたが、数年前よりパイプオルガンのある立派なチャペルが出来ています。今回は、その敬和の教育のシンボルとでもいうべきチャペルも見てみたかったのと、はつみに、一番、敬和らしさを感じてもらうのにも、そのチャペルでの礼拝に主席するのが一番かと思い、二人で朝の礼拝に主席してきました。
 チャペルは、八角形くらいだ ったかの建物で、中はすり鉢状に、広い講壇に向かって階段状に座席があります。その講壇中央奥に立派なパイプオルガンが設置されています。そのチャペルに、全校生徒職員、おそらく約700名余りが集まって礼拝を持っています。今回、その礼拝に出てみて一番驚いたのは、礼拝中、生徒達みんなが静かにしていて、ほとんど私語が聞こえませんでした。全員が真剣に話を聞いているわけではないですし、寝ている生徒もいるのですが、少なくとも、周りに迷惑をかけずに静かにしているのです。それは、もう二十数年も前の私たちの時代と変わらない状態がそこにはありまた。今の、教育の危機が叫ばれ、落ち着つけない荒れていると言われる世代の生徒達が、静かにしている状態を見て、それを指導している教師達の努力の凄さを感じました。それと同時に、今も変わらず、生徒の一人ひとりの個性と、しっかりと向かい合う教育がされているんだと言うことを感じて来ました。
 敬和の礼拝は、前奏、賛美歌、聖書、メッセージ、お祈り、賛美歌、後奏、と言った順序で行われ、礼拝後には、その日の連絡事項が伝えられます。
 メッセージは、宗教主事の先生だけでなく、小西校長を始めとする信仰を持たれている先生方たちが交代で話されます。
 私たちが行った日は、小西校長のお話を聞くことができました。その日のお話の内容は、人の尊厳についてです。
 病気で寝たきりで、意識はあるものの、ご自分をうまく表現することがお出来にならない、お父様に向かって、奥様が、優しくも、子供に対するような口調で声をかけられている。その様子を見ていた息子さんが、「そんな、声のかけ方をするのは、おじいちゃんに対して失礼だ!」と言われるのを聞かれて、ハッとされたそうです。
 その言葉で、寝たきりの方や弱って居られる方などを見ると、その方をつい、立場の弱い、低い人として、向かい合おうとしている、自分が居ることに気が付いた。
 人は、どんな人でも、どんな状態であっても、尊厳を持って生きている。父親に向かって、子供に対するような態度で話すのは、父親の尊厳を傷つけたことになる。自分が向かっている人が、どんな人でも、どんな状態でも、その人の尊厳を傷つけないように注意しなければならない。人が生きていく上で、その尊厳は守られなければならない。
 君たちも、それぞれが尊厳を持って生きている、どんな状況になっても、それぞれが、尊厳を傷つけないように注意しなければならない。というような内容でした。
 敬和では、各クラスの担任と副担任とでチームを組んで、その学年全体を見て、そして一人一人と丁寧に関わり、それぞれの長所を引き出して、それぞれに応じた役割を与え、経験をさせ、その子に、自信をつけさせるように関わっておられたと思います。その教育の中で、私たちは、自分自身に出会い、それぞれの人格が作り上げられたのだと思います。先ほど読まれました聖書は、私たちの学年に与えられた、主題聖句です。在学中の三年間、折りあるごとにこの聖句が読まれ、神様の導きの中を私たちが歩んでいけるように祈られ、その祈りの中で多くの経験をさせていただきました。 神様、主は、私の全き牧者で、いこいの牧場に導いてくださる。主は、私の魂を生き返らせてくださる。主は、私が困難な時にも共にいて導いてくださる。敵の前で宴を設け、なお祝福してくださる。私が生きている限り、必ず、主からの恵みといつくしみがある。 そして、その神様の恵みといつくしみの中で、安心して、周りに合わせるのでなく、自分らしく生きる事を学び、実践させてもらった三年間だったと思います。事実、敬和の卒業生には、個性的で自由な人が、本当に多くいます。

 余談ですが、私たちの学年の担任をしてくださった先生の中で、校内で一番、マナーや規律について口うるさく指導して下さった女の先生で、当時の宣教師で副校長だった、ジョン・モス先生の奥様、その奥様は日本人でしたが、お名前が、ひらかなで、「はつみ」と言われます。その、はつみ先生には、ホンとに口やかましく指導をしていただきましたから、初めて家内と会った時には、エライ名前の人やなー かなわんなぁー と、もう、のけぞるような思いでした。片山さんのお母さんなど、漢字の初美さんには、それまでにお会いしたことはありましたが、ひらかなの「はつみ」さんは、はつみ先生しか知らず、それ以来始めて会った、「はつみ」さんですから、ホントに衝撃的な出会いでした。この、はつみ先生との出会いは私にとってだけでなく、このあいだ新潟で会った友達たちにも、衝撃的な名前だったので、「一度聞いたら、絶対忘れないわー」って言ってました。これも、神様の導なのかなあと思ったりしています。

 敬和卒業の時には、(1コリ・10-13)新しい世界へ出て行くと、まったく予想もしない事が起こり、苦労し絶望することもあるだろう、しかし、君達がどんな試練に会っても、もう絶望だと思える状況に出会っても、真実で、わたしたちの命の創造者である神様が、必ず、それに耐え抜く力と、切り抜ける道を用意しておいてくださる。そういう信仰を持って、たくましく生きろ。そして、絶望だと思った時、疲れたと時、敬和学園に戻って来い。と言って送り出してもらいました。そんな思いで関わってくださった先生方がいて下さるから、今でも敬和のことを懐かしく思い、ふるさとへ帰って行く様な思いで出かけて行って、安心感や勇気をもらって来れるんだと思います。卒業して行った、生徒達の将来をも本当に気遣う教育をしてくださったと思います。教師一人一人が、全人格を掛けて、生徒たちに関わって下さったからこそ、私たちの人格も育っていったんだとなぁ思います。
 今となっては、敬和での毎朝の礼拝で、何を聞いていたのかよくは覚えていないのですが、敬和での3年間に、思い、考え、体験した事が、今の自分の基礎になっていることは間違いありません。
 以前、相生教会で持たれた教育講演会で、前の敬和学園の校長だった、榎本先生がここへこられた時に、「うちの卒業生はどこへ行っても仕切りたがるんです」って言われていましたが、敬和では、生徒達に生きた経験をさせているからこそ、それらが身について、社会へ出て、役に立って行くのだろうと思います。
 こうして今回、敬和へ行ってみてその当時を思い返してみると、先ほど読まれた聖書の書かれている、恵みの神様が私たちに関わろうとして下さっているのと、同じスタンスで敬和の先生方は関わって下さっていたんだなぁ、そうやって、私たちと向き合ってくれていんだなぁ、そして、その思いに後押しされながら、社会での生活を歩んで来たんだなぁ、と改めて思います。 あぁー、自分はずーっと神様の導きの中を歩んできたんだなぁ、そして、一貫して今も導かれているんだなぁと思い、感謝しています。

 石原(前)牧師が、相生教会へ来られて以来、毎週、神様の私たちに対する恵み、いつくしみ、思いに、重点を置いてしっかり語ってくださっていますが、この神様の姿勢と、敬和の先生方の姿勢が、本当にダブって感じられます。僕が経験し、今居る子供達もが経験いている、多くの敬和での出来事は、高校としてみれば、特別なことだと思いますが、神様を柱としているからこそ、信仰の上に立っているからこそ、実現できているのだろうと思いますし、神様につながっている群れならどこでも起こりうる事なのだと思います。
 神様を柱とし神様とつながり、信仰の上に立っていると言う点では、相生教会も同じで、敬和学園で受けていた、神様の恵みやいつくしみが、相生教会にも石原(前)牧師を通して、豊かに注がれているんだと感じます。相生教会でも同じように、この礼拝に出ておられる方お一人ひとりに起こっているんだと思います。
 今、私たちは毎週、石原(前)牧師を通して神様の恵みを共に聞いています。今ここに居られる皆さんお一人お一人も同じように、神様の恵みが注がれて、その恵みを感じておられるから、恵みを受けたいと思っておられるからこそ、こうやって礼拝に出てこられおられるんだろうと思います。そんな皆さんと毎週の礼拝を守れることを、本当にうれしく思います。
 また、毎週の礼拝もそうですが、水曜夜の祈祷会では、本当に良い学びをさせていただいています。聖書通読祈祷会に出ておられる方はよくご存知でしょうが、私にとって聖書はこれまで、自分を律する書物と言う部分が多くありました。 〜しなさい。 〜すべきである。 〜せねばならない。このような厳しい言葉に出会うたび、心を引き締めようとしますが、なかなかそうは出来ません、そして出来ない自分を、「だめだなぁ〜」って責めてしまいます。今日読まれました、詩篇のように、恵みの箇所は、気持ちよく読めますが、そうでない箇所は、ホンとにしんどく感じていました。でも、石原(前)牧師が語られる聖書の話は、自分を律するようにと言われた、厳しい聖書の中から、イエス様の恵みいつくしみを読み取とって話してくださるので、それらの厳しいと感じていたの御言葉は、イエス様の恵みから出た言葉だと言うことが良く判かり、わたしたちを徹底的に愛して、導こうとされている言葉だと言うことが良く判るようになって来ました。聖書理解が、随分広くなったように思います。
 今回、敬和へ行ってみて、私の心の中で、敬和の教育に対する姿勢と、祈祷会を通して感じた神様の姿勢とがダブって来ます。敬和の先生達は、本当に私たちのことを愛してくださっていんだなぁ、そうさせてくださった神様は、今も全力で私たちに関わり愛してくださっているんだと、私たちは、今、神様に愛されているんだと、敬和での経験や、祈祷会の学びで思わされています。

 毎週、相生教会で生きた神様に出会う事で、家庭や社会へ帰って行った時に、生かされ支えられるんたと思います。神様が、全人格を掛けて、私たちに関わり、恵みいつくしんでくださるからこそ、私たちは、神様に出会い平安を覚え生かされて行けるのだと思います。
 これからも、恵みといつくしみの神様に、相生教会で石原(前)牧師を通して生きた神様に出会い、心を自由にされ、皆さんと共に歩んでいければ幸いです。とりわけ祈祷会や聖書通読祈祷会は、恵まれますので、ぜひ参加してみてください。
 最後に、今日の聖句の最後の部分を引用して終わりたいと思います。
   わたしたちの生きている限りは、必ず、主の恵みといつくしみが伴うでしょう。 わたしたちは、とこしえに主の宮に住むでしょう。 完

やっと、真人間になれました。?

こんなプレートで固定してありました。
こんなプレートとスクリューで固定してありました。

 一昨年末に骨折をして以来、手首に入っていたプレートをとってもらいました。これでや〜っと、真人間に戻れました! これまでの間、多くの方にご心配いただき、祈っていただき支え守られてきたことを感謝しています。
 弱さの中にある時に、神様を近くに感じられたこと、弱さを持っておられる方のことを少し身近に感じられたこと、神様は弱いところにこそ働いてくださるということを実感することができ感謝しています。そして何より、弱さを担って下さっている方たちがあるからこそ、暗い話題が多い時代だからこそそこに神様が働かれ、この世の中が豊かに変えられていくんだということを感じ学ばせていただいた一年でした。
 この一年の学びの時を感謝します。 2006年2月14日

このページの更新もサボっていましたが、
もう少し、まじめに更新したいと、
いまは、思っています。 m(__)m

点字のプログラムを作らせてもらいました。

 3月27日(日)に行われた、AIOIすみれ少年少女合唱団の第16回チャリティコンサートの点字プログラムを作らせてもらいました。
  このチャリティコンサートは、毎年盲導犬育成などのために行われているコンサートで、今年も、大阪のライトハウス「盲導犬を育てる会」と日本ユニセフ教会「スマトラ沖地震・津波緊急募金」へ集められた募金を送られました。このコンサートへは、毎回、盲導犬のユーザーの方や視力障がいをお持ちの方たちが来られますが、今年も6名の方がこられたそうです。

 

 これからも機会があれば、このようなイベントやコンサートなどのお手伝いができればと思っています。 2005年4月3日

盲導犬のリジェクト犬

2月14日 それは、バレンタインの大きなうれしいプレゼント!
 大阪の日本ライトハウス盲導犬訓練部から、一才五ヶ月のメス犬がいるので、会いに来ませんかという待ちに待った電話が掛かってきました。

これまでの経緯
 
キーワード
 ぼくの回りには、"視" というひとつのキーワードがあります。
1. 子供の頃から、教会員にいわずと知れた視力障害者の足立さんが居られた。僕にとって最も身近な障害者の一人です。
2. どういう訳だか、メガネ店に勤務すね事になった。
3. 我が家に迷い込んできた犬が、瞳孔がうまく閉まらず、視力障害がある。獣医さんに見てもらったけど原因が良く分からない。
4. 出会って7年になる家内自信が、視力障害者である。
5. 教会で点字プリンターを購入し、その担当にさせてもらっている。
 特に意識はしないにしても、なんたか考えさせられてしまいます。
何よりの犬好き
 教会には、他にも犬好きの先輩がいらっしゃいますが、僕も実は、かなりの犬好きです。しかも、ラプラドールレトリバーにはずっと興味がありました。
 それは、高校生の時、学校から訪問に行ったある施設で初めて盲導犬を実際に出会い、その犬の持つ魅力を知り、あんな賢くてかわいい犬が買えたらいいなぁと漠然と思い始めました。
 しかし、大学4年の冬にスキー場の駐車場に捨てられていた子犬たちをかわいそうだからと拾ってきた、これまた犬好きの友達にそのうちの1匹を押し付けられ飼う事に。そのメス犬は、柴犬と何か大型犬との雑種らし、子犬のときからムクムクととてもかわいかったのでムクと名づけ、なんと18キロまでに成長しました。
 大学卒業後、実家へムクと一緒に帰ってしばらくしたころ、ムクが魅力的?だったのか一匹の迷い犬のビーグル犬(年齢不詳)が住み着くようになり、これもまた飼う事に、名前が分からないのでいろんな名前で呼んでみたけどどれも反応なし、仕方がないので、耳をパタパタ揺らしながら歩く姿から、ダンボと命名。
 そのダンボが三年ほどで亡くなってしはらくしたころ、よほど、ムクが魅力的なのか?ムクが呼んでいるのか?また、迷い犬が・・・ この子も名前が分からないのでいろんな名前で呼んでみたけどどれも反応なし、仕方がないので最も犬らしい名前?ポチと命名。
 その後ムクがなくなりすでに六年近くなり、ポチもだいぶ年を取ってきました。

いよいよ申し込み
 この申し込みの最大のきっかけは、教会で毎週練習をしている、相生混声合唱団のメンバーを通して、盲導犬を実際に使用しておられる赤穂の女性を紹介していただいたことで、ライトハウスや盲導犬のことや点訳に関する事を、教えていただくなかで、自分の夢である「レトリバー」を飼うことと、とても小さいけれど、盲導犬の育成に関わる手助けができるという一石二鳥の事だと思い、これまでの間ずっと犬がいて、なかなか思いが実現しなかったけど、このことが盲導犬の育成に関わる手助なるんだと、家族の同意も何とか得られた?ので、昨年(2004)7月に、ライトハウスに、リジェクト犬(不適格犬)の引取りを申し込みをしていました。
 申し込みをしてからは、盲導犬を取り巻くボランテァのことが書かれた本や、レトリバーのしつけの本を読んだりと、夢は膨らむ一方です。そして、申し込みから約半年、待ちに待った待望の電話が掛かってきました。
 あまりにうれしかったので、翌日に予定をしていたある会議を忘れてしまいご迷惑をおかけしました。盛さん浜田さん本当にすみませんでした。<m(__)m>
 ちなみに、犬の名誉のためにお話しますが、「不適格犬=駄目な犬」ということではありません。犬にもそれぞれ性格があって、「盲導犬には適さない」ということで、盲導犬になれる犬は約6割程度だそうです。たとえば、はしゃぎすぎる性格で興奮すると人の命令を聞けなくなるとか、音に敏感すぎて物音がすると反応してしまう・雷が鳴ると怖がってしまうとか、犬や猫に出会うと反応してしまうとか、目の見えない利用者が犬のそんな反応によって歩くことに集中できなくなる可能性のある犬が、「リジェクト犬=不適格犬」として、一般家庭に引き取られていく事になります。詳しくは、日本ライトハウス盲導犬訓練部のホームページをごらんください。

ソラの写真2005年2月22日、ライトハウスから「ソラ」がやってきました。
ソラは、2003年9月25日生まれで、1歳5ヶ月になるメスのラプラドールレトリバーです。
ライトハウスで、3ヵ月半ほど訓練を受けましたが、犬や猫などの動物にとても興味が強く、出会うと嬉しくて人の命令が聞けなくなったり、人と出会っても嬉しくて飛びついたりする行動が、盲導犬には適さないと言うことで、1月17日、家庭犬(ペット)へキャリアチェンジが決定されたそうです。

2月22日、ソラとお見合いをするために家族3人でライトハウスへ行き、部屋に案内されてしばらく待っていると、指導員さんに連れられてソラが入ってきました。
ソラは、入ってくるなり喜んで飛びつき3人の顔を交互になめまわし、その後もしばらくの間、部屋の中をうろうろし匂いを嗅いで回ったりなめに来てくれたりと、大歓迎をしてくれました。
ソラに気にいってもらえたようなので(もちろん私たちも気にいりました)、ソラをお預かりするお約束をした後、表へ出て指導員さんが、ソラのトレーニングの成果と仕方を見せてくれました。
ソラの写真 シッツ(お座り)、ダウン(伏せ)、ウエイト(待て)、ヒール(人の左側に着いて一緒に歩く)、ワン・ツー(排泄の合図)
それぞれの合図に、時々注意を反らしながらも従っていくソラはちょっとかっこ良かったです。
そして帰りの車の中でも、ライトハウスを出るまでは少し不安げでしたが、助手席の足元でおとなしく座って、途中はシッカリ寝ながら帰ってきました。ソラは、とっても賢い犬です。

我が家へ来た夜は、少し不安そうな素振りを見せていましたが、2日目からは環境に少し慣れてきたようで、不安そうな素振りも見せず楽しそうに過しています。
今は毎日、うちの家族がソラの良いリーダーになれるように、良いリレーション作りのために、お互いにトレーニングを重ねているところです。

骨折しちゃいました。^_^;
 
ジッとしていられない性格のせいか、2004年も、仕事に、教会に、プライベートにばたばたと忙しい一年でした。
  ところが、12月始めに、クリスマスの装飾中にはしごが滑って落下、両手首他数カ所を、骨折・打撲するケガをして、2ヶ月ほどの長期休暇をもらっちゃいました。

 ケガをして、痛みや不安の時、多くの方々に声を掛けていただき、また祈っていただく中で、痛みや不安など弱い時にこそ、神様が近くにおられ、深い愛を持って共にいて下さるということを体験でき感謝でした。

 戦争・異常気象・地震・津波・不況など、痛み苦しみ不安の多いこのごろですがそんな時代だからこそ、「弱く貧しいもののために、神様が、深い愛をもって、わたしたちの近くに共にいて下さるんだ」という確信と希望を持って過ごして行きたいと思います。

骨折しちゃいました
退院時(2006年1月8日)の写真です
ホームページに対する思い

 このホームページは、相生教会へ集まってこられた方たち(教会員だけでなく)みなさんの楽しんでいる顔、温かな笑顔、教会の楽しい雰囲気が(これこそ、本当はキリストが伝えたかった神の国の雰囲気)、このサイトに来られた方に、できるだけ伝わるものにできればと思っています。

 まだまだ、試行錯誤の段階です。「こんなコンテンツがあればもっと良くなるよ」というのがあれば、どんどん教えて下さい。

 教会員の皆さんへ
 普段の生活で感じた思いを、芳賀までお送りいただけませんか? このページような形でホームページに載せさせていただきたいのです。
 みなさんの、いろんな思いを載せることで、バーチャルな相生教会を表現できないかと思っています。 どうぞよろしくお願いします。

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