トーキョーデート・3





見上げた空は狭いようでいて高く、見慣れた空とつながっているはずなのに、どこか違う。

洋服に着替えて戻ったわたしたちを満足げに見つめた女神は、予定もあるが、それよりも。
「恥をかきたくないから」同行しないということらしい。
その言葉の意味するところに引っかかりを覚えたのはわたしだけで。
紫龍はといえば、まったく意に介さず、気が変わらぬうちにという素晴らしい勢いで挨拶だけ残して、わたしを引っ張って城戸邸を飛び出したのだった。


そしていまは、延々と途切れそうにない塀に沿って、ふたり、ゆっくり歩く。
最寄り駅へ向かう途中で本屋に寄って、ガイドブックとやらを購入することを決めて。
行き先も予定もない。気分で一日を決める。この街にはそんな気軽さも似合いだと、素直に思えた。


紫龍は、嬉しさを隠しきれない様子で、

「本当に本当に、デートですよね?」
「デートって何するのか俺、よく分からないけど、楽しそうです。ムウとデートできるなんて、嬉しい」
「どこ行くとか、なに食べるとか、その場で決めていいものなんですか?」
「あ、でも俺より、ムウはどこ行きたい?見たいとこありますか?せっかくのデートなんだし、なに食べたい?」
「んー、俺がもっと詳しかったら良かったのに」

ぎこちなく響く単語を確かめるように、口にしなければ消えてしまうのを恐れるかのように。
大事そうに何度も何度も繰り返される、デートという言葉。


ジャミールでも、聖域でもない、トーキョーという街で、洋服なんか着て。


足元を見る。洒落た靴も、こうして見ると馴染みのようで。
履かないジーンズ。聖闘士でなければ、当たり前のように着けていたのだろうか。


空を見る。同じようで違う。
あなたを見る。同じだけど違う。
わたしもきっと、違うのだろう。


だんだん自分がどういう立場の人間か分からなくなってきて、なんだかとても良い感じ。

---大切なのは、隣に、あなたがいることだけ。

繋ごうと伸ばした手より早く、さりげなく肩にもたれ、腕にしがみついてきたあなたを、いつもよりも華奢に、どこまでも愛おしく感じた。


「この塀...こどものころは、空と同じくらい高く感じたのに、意外と低かったんだ」

紫龍の目線を追って、重厚な造りの屋敷に比べれば、幾らか無機質な塀を見上げる。

「あのころは...、逃げられないように鉄条網が張りめぐらしてあって、ご丁寧に電気ボルトまで流れてたんだけど...」

聖闘士になるためだけに、こどもらしさを、こどもであることを、囲い込んだそれは。
ほかの道や可能性を、不条理に奪い、閉じこめるための檻。

「ムウと出会えたのは、聖闘士になったおかげだと思えば...」

真っ直ぐとわたしを貫き、甘い痛みを与えられるのは、この世界にあなたの瞳と言葉だけだと、何度も知る感動。

「ぜんぶ許せる」

---そんな殺し文句でわたしの心を射止めながら、はにかんだ顔を向けるのは、反則だろう?

芽生えた衝動を実行しようにも、必ず邪魔が入るのが王道でお決まり、まして、城戸邸に面した道で。
なによりもあなたの平常の倫理観からしたら、場所柄、許されざる不道徳だと知りながら。


どうしようもないほど、くちづけたい。堪えられない。


くだらない世間の常識からあなたを隠し奪って。
くちびるを合わせたい、重ねたい、味わいたい。


---さて、紫龍、どうしよう?





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