トーキョーデート・4
「ムウと出会えたのは、聖闘士になったおかげだと思えば...ぜんぶ許せる」 考えるより先に音になった言葉が、やんわりと耳に届いた。 言ってすっきりしたのも正直な気持ちだし。 ムウに隠し事なんてないし、出来ないけど。 俺にはもう、なんの切り札もない。 なんて悩む間もなく、一瞬で、俺はムウの腕の中。そして、背中に固い塀の感触。 少しかがんで顔を覗きこんでくる、類を見ない美貌に、日だまりのような眼差し。 まぶしささえ感じる微笑が、なにを求めているのか分かってしまって、うろたえた。 「えっ、ムウ、ここで?」 だって、こういうときって必ず、邪魔が入ったりするのが王道というか、お決まりというか。 ------駄目駄目、駄目!俺には無理! だけどムウと同じく、ううん、ムウよりもくちびるの温度を欲していることは自分で分かってた。 「大丈夫。さっきから人はおろか、車の一台も通ってません」 「ぅぅ〜〜〜っ...」 キョロキョロと、左右、そしてなぜか上下まで見やるも、確かに、猫の一匹すら通る気配もない。 それでも、やっぱり、ここは公衆の面前(?)だし、城戸邸はすぐそこで、俺って間が悪いことが多いし、妙な逡巡の声。 「言ってる間に誰か来ちゃうかもしれないから、はい、」 はい、なんて顔を差し出されても、心拍数が上がるだけで、なんの解決にもならない。 「ムウ...」 服越しに接する身体が熱くて、陽光に透ける髪が綺麗で、閉じられた睫毛が愛おしくて、選択肢はひとつだけで。 こんなに近いのに、ためらいが勝って、世界で一番好きなひとを呼ぶのに、情けない声しか出せない俺が駄目だ。 居心地のいい腕に抱かれながら息を詰めて迷うしかない俺に、ムウの思考が優しく響く。 「あなたは何も思い煩う必要なんてない」 ---それは魔法のような効力で、 「過去なんて、とびっきりの思い出で、いま、上書きすればいい」 ---そっと、瞳を閉じた。 チュッ... 軽い、羽のようなくちづけ。 チュッ... という音に心が弾んで、離れたくない寂しがり屋のくちびるが、また重なり合って、綺麗に立てる音。 チュッ... チュッ... こつんとおでこを合わせられ、薄く目を開け見えたのは。 いたずらが成功したこどものように、楽しそうに笑うムウの顔。 たまらなく可愛く思えて、エヘヘと照れた俺を、さらに覗きこんでくる。 その瞳の中の自分もまた、いたずらにときめく共犯者。 いつも、大切なことを俺にくれる。 あなたを、俺にくれる。 俺も、あなたにあげる。 両手を伸ばして、ムウの頭を引き寄せて、もう少しだけ... プッ、プーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッッ!!! そのとき、閑静な住宅街に似合わないノイズが空間を引き裂いた。 派手なクラクションを鳴らしながら近づいてくる、見覚えのある黒塗りリムジン。 ゴゴゴゴゴッッッ!!! そうとしか形容できない小宇宙を乗せた無駄に長い車には、嫌な予感どおり、沙織さんが乗っていた。 電光石火の動きで飛び離れ、図ったかのように直立不動!右手をブンブン振って見送れ! なにも言うまい、言われまい。なにも見られなかったと信じよう。よし! リムジンが通り過ぎ、彼方で点になるまで、その調子で手を振り続けて。 角を曲がって、完全に見えなくなった途端に、動きを止めるタイミングや角度まで、ぴったり同じだったから。 顔を見合わせて、ふたりで笑った。 そっか。俺たちは、浮かれているんだ。 トーキョーに。デートに。浮かれてる。 お腹を抱えて、涙が出るくらい笑って、いつにない自分たちが、ひどく愛しい。 ふわふわとした気持ちが急かすから。 新しい思い出の場所になった塀を残し、手を繋いで、俺たちは駅までの道を駆け出した。 |