Happy Together!〜羊師弟の恋愛指南あるいは至難〜vol.2

本題に戻ろうと意識を切り替えたムウの視線の先では---
瞳孔が開かんばかりに目をかっぴらいたまま涙を流すシオンが、テーブルの中程まで身を乗り出していた。


「..................じゃ..................」
「え?」
「それじゃ、それじゃ、それじゃ〜〜〜〜〜!!!!!」


火山が噴火するようだ、瞳の中で溶岩と土石流が暴走している---

冷静に描写している場合ではなかったが、あまりの剣幕と声の大きさに、引かざるを得ない。
紫龍はといえば、背中越しに感じるシオンの鬼気迫る小宇宙に、出来るだけムウに擦り寄り、やり過ごすのが精一杯だった。


「それじゃ、それなんじゃ〜〜〜、ジャストフィットというやつじゃ!!!」
「落ち着いてください、ふつうの声で聞こえる距離です」
「それなんじゃ〜、そういうのがいいんじゃ〜、どうして"そう"ならんのだ???」


---どうして"そう"ならんのだ?..."そう"なる...?

そのひとことで、ピンと来た!


「"そう"とは、あなたと老師のことですか?」


冥界から生還してからも、ムウと紫龍は、18の外見に若返った童虎を、敬愛の意を込めて"老師"と呼んでいる。
その敬称を聞いた途端、先ほどまでの勢いはどこへいったのか。シオンが止まった。
分かりやすいくらいあからさまな反応に、ムウの唇が美しく弧を描く。


「ほほ〜ぅ、シオン。押しの強さがウリのあなたが、老師にはいまだ手も足も出ないとは。
 いやはや、存じませんでした。そうですか、てっきり243年の空白を埋めておられると思ってましたのに」


息をついで、にっこり笑う。


「申し訳ないですねぇ、弟子同士は、このとおり...」


紫龍のあごに指をかけ、少し上を向かせ。まなじりに溜まる泉を、舌で舐め取ってやった。
ほうっと息が漏れ、薄く開いたくちびるの内側を、走らせた舌で濡らす。


「......進んだ関係になってますけど!」


さきほどシオンが抱き締めたときには鉄の棒のように固かった身体が、ムウの腕に柳の枝のように柔らかにしだれ。
いかに与えられる行為に慣らされてるかを窺わせた。


「おおお、おのれ〜、ムウよ!なんと破廉恥な!!」
「あなたにだけは言われたくありません。それに、わたしと紫龍は自由恋愛です」


言外に、アリエスとライブラの結びつきを否定する。
シオン本人の性格は自由奔放だが、長きにわたり聖域の秩序を守る最高権力者の立場にいたためか。
意外なとこで古いというか、哀しいかな体制的なのだ。
恋愛はさておき、仲間として付き合うにしろ、黄金には黄金、青銅には青銅がふさわしいと思っている節がある。


「じ、じゆうれんあい!不埒な!!」
「事実を言ったまでです。それに...」


わざと無表情な仮面を被るのは、特技のひとつ。


「生還されてから約半年、わたしたちのことはご承知のはず。なにをいまさら突っかかるのやら」


シオンに突き立てるセリフとは裏腹に、紫龍の耳元には甘い吐息を絡ませて、桃色に染まった耳を噛んだ。
とても楽しい。


「ああ、ひょっとして!わたしたちが"羨ましい"とか......?」


ムウの微笑みは、ときにメフィストフェレスのそれである、と。
まさか師である自分に対して向けられるとは思わなかった。しかも、その表情の研ぎ澄まされた美しさときたら...!!
挑発するように紫龍の耳に舌を差し込みながら、見つめてくる、その瞳の中に獣が住んでいた。
紫龍はといえば、カクンと後ろに反らせた頭を包まれてどうにか意識を保っているようだが、すでに妖しげである。

完全に、気が削がれた。


---羨ましい?ああ、羨ましいともっっっ!!!


そう、羨ましかったのだ。
自分と童虎では出来ないことを、自然に体現している弟子たちが!!!
見つめれば恥じらい、囁けばときめき、自身さえ知らなかった性感帯が、相手によって発見され、好みに合わせて開拓されるような、その様が!!!


「.........何年待ったと思う...?」


至難の恋愛模様が、いま語られようとしていた。


→Happy Together!/vol.3
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