Happy Together!〜羊師弟の恋愛指南あるいは至難〜vol.1

ここは聖域、白羊宮。
ギリシャ特有のどこまでも高く青く澄み切った空の下。
休息日だけがもつことを許された、緩やかな時間が流れる午後のひととき。

テーブルには、酒瓶を傍らに盛んな食欲を見せるシオンと、適度に酌を交わしながら優美な動作で食事を進めるムウが。
少し離れた木陰にはケータリング班さながら、料理に腕をふるい、給仕に精を出す、健気な紫龍の姿があった。


「まるで、女のそれだな」
「は?」


口を開けば「童虎、童虎」と連発し、他の者がその名を発せば、いつしか側にシオンがいるとまで噂されるほどの執着ぶり。
常から、瞳には彼しか映さず、その弟子である紫龍の存在なぞ完全に無視しているのに---


「ドラゴンだ、あれでいくつになる?」
「先日の誕生日で15歳になりましたが、それが...?」


賢しいムウは、突飛な言動・行動の合わせ技を繰り出す師匠が、いまさら紫龍に興味をもったことに驚き、少し警戒した。
話題の紫龍は、童虎と貴鬼の帰りに合わせて、新しい料理を作り始めたようだ---新婚のような初々しさで。
何を言い出すか分からないシオンの声も聞こえないだろうと、かなり安心する。


「15!15であの幼さか、あの腰の細さはどうだ!」


適度にとがった美しい骨の傘を、瑞々しく透き通った皮膚が覆っている。
軽々と持ち上げることができる腰まわりは、ムウにはよく馴染んだ場所。

目を細めて、愛しい姿を見やる。
視線に気づいた紫龍の動きがぎこちなくなるのが分かった。口元が緩む。


「肩幅もせまい。手足も、まるで枝のようではないか!」
「心配せずとも、彼は成長期に差しかかったところですから」
「いいや、ワシや童虎なんぞは、15にはもう立派な大人の身体をしておったわ。あやつは遅すぎる!」


そりゃあ、骨太の身体をみなぎる血が沸騰して駆けめぐってそうなシオン、太陽の絵筆で描いた健康体のような童虎とくらべては、紫龍は三日月のように細く儚いだろう。

実のところ、ムウも紫龍の華奢さを案じたりもした。
聖闘士も、ふつうの人間。肉体の屈強さは要なのだ。
背丈はわずかに伸びるかもしれないが、成長期を終えても、外見をかたどる骨格・筋力などの枠組みは、あまり変わらない気がしている。

すでに、その身体を拓いた者の直感であるが。

---さきほどから、危険信号が点滅しているように思うのは、わたしの勘ぐりなのだろうか?

聡明なムウが、自分の考えに入りかけた一瞬にも満たない、その瞬間。


「おい、ドラゴン!」
「はい、シオン様。おかわりをお持ちしましょうか?」


尊大な口調で呼ばれたことなどまったく気にする様子もなく、パタパタと柔和な笑顔で駆け寄る紫龍を、


「ぁぁぁっっっわぁぁぁぁぁっっっ......!!!」


シオンは力任せに引き寄せ、腕の中に抱き締めた!
ありえない人物から、ありえない行動をされたことで、紫龍の叫び声が、途中で音程を変えながら響き渡る。


「シオン!!なんですか、あなたはいきなりっ?」


椅子に座ったまま、シオンはちょうど紫龍のあごの下に頭を、胸に頬をうずめ、腰を左腕で固定し、右手は脇腹から膝頭にかけて降りていく。
あまりにもあまりの突飛な行いに、反応が遅れた...数秒ほどだが、ムウと紫龍には長すぎる衝撃だ。
なんというか重厚感のある身体から、紫龍を引きはがす。


「紫龍、だいじょうぶ?」


コクンとうなずいた紫龍の顔色が冴えない。
まなじりに、潤みを認めて、ムウは小さく溜め息をついた。
傲岸不遜な本来の性格に加え、生き返ってからこのかた奇想天外な師匠だが、まさか紫龍を抱き締めるとは予想だにしなかった。
ありえない展開に、本人の動揺はいかほどだろう。


「シオン、ちょっと話し合いましょうね。紫龍は...」


可愛いコぶって椅子の上で体育座りをしても小山のようにでかいシオンに、氷のようなセリフを投げつける。
紫龍はといえば、ムウの腕の中で小さく細く震えていて、不憫で仕方がない。
認めたくはなかったが、シオンの早業は、確実に紫龍自身にも愛撫の動きで触れていた。

---この、オポンチ師匠!

席をはずさせた方がいいと思ったが、横抱きにされたまま、首にキュッとしがみついてくる紫龍には、自分がいてやるのが一番だと思い直す。


「このままがいい?」


うなずきに合わせて黒髪がサラリと流れたのを合図に、ムウは紫龍を軽く抱き直し、シオンの位置からはその表情が見えないように隠してやる。
うなじに差し込んだ指で、耳の付け根を円を描くようにゆるく揉んでやると、恥じらう息づかいが返ってきた。


愛しい、だから許せない。
師だからこそ、一歩も退けない。


この瞬間、不幸な恋愛指南あるいは至難に巻き込まれたことを、ムウはまだ知らずにいたのだった。


→Happy Together!/vol.2
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