動かざるべき北極星が、不安におののき震えた夜。
急ぎ呼び出され、教皇の間へと馳せ参じると。教皇であり、師である、唯一の人が待っていた。
矢継ぎ早に、いくつかの命令といくらかの訓を伝えられ、"まるで遺言のようだ"と---。
いぶかしく思いながらも遵守を誓うわたしに、あなたは言った。
「ムウよ、いつまでも語り尽くせぬが、これが今生の別れとなろう...」
あなたの教えは、わたしのすべてだった。
「運命に殉じる時が来たのだ」
あなたの言葉に、間違いなどなかった。
「わたしは、今宵、」
あなたは---、
「、星と散る---」
あなたは-------?
強さと優しさ、厳しさと慈しみを備えるはずの、師の声は。吹きすさぶ風のように、ひどく乾き。
突然すぎる宣告に、幾万の星を浮かべたアリエスの黄金聖衣が、その輝きを増したように思えた。
まるで、涙を流すように。
キラキラと、キラキラと。
参宿-ORION-/第2章
わたしを支配するのは、天翔ける星、気高きアリエス。たとえば冬の空を行くオリオンならば、なにかが変わったのだろうか...?
わたしは牡羊座、アリエスの黄金聖闘士。
"使命"に殉じる"宿命"。
あの鮮血の夜。
弾けた小宇宙は、氷の針のように冷たく我が身に降り注ぎ。心に深く突き刺さっては、抜けない釘になった。
忘れられない痛みを伴って。時間が満ちる、その日まで。13年という長きを、ただ、聖戦に赴くために待つ。
わたしを倒す者が現れなくても、わたしは内から滅び行く者。
わたしを生かすのは過去の亡霊、過去の言葉。
『女神が降臨される。やがて起きる聖戦を、かならず最後の闘いにするのだ。ムウ、おまえの力をもってして...出来るな?』
『はい、シオン様。お言葉のままに---』
そう、そのために生きて。そのために死ぬのだ。
死ぬのはこわくない。死に方、死に場所について考えなくて済むから。
指折り数えていた暦のその先が、不意に必要でなくなる。それと同じ。
なにを恐れる? ひどく簡単なことだろう。
夜空をあたたかに彩る星の終焉でさえ、気づく者などいない。
輝きを放ちながら死んでいくのに、気づく者などいはしない。
師は去り、わたしは進み、使命を託され、宿命に挑み、運命の名の元に、終わる。
禁じられた星を読んだ、麗らかな春の夜に。わたしは、最期を知ったけど---
生きることをあきらめたりはしない。強さに溺れない強さは、身を律する。
強さ。奢らない強さ。自分を見失わない強さ、揺るぎないほどの、つよさ。
師のように、老師のように。
心に巣くう闇に支配されることのない、雄々しい無限の強さは、あこがれだった。
冷静なる頭脳に追いつかない、まだ幼い心が。ぐずつき、くじけそうになっても。
彼らの内なる強さは、暗闇に光る一点の星のように、わたしを確かに導いてくれた。
迷わず高みへ、高みへと。
心から感謝しています。だから。
生きとし生けるものへ、この世界にあるすべてのものへ、平和という希望を捧げよう。
神の名のもとに行われる聖戦になど奪われてはならないのだ、何者も、何物も。
人は間違う、人は弱い。それでも、自ら選び、また、学び取る強さを信じているから。
夜空をあたたかに彩る星の終焉でさえ、気づく者などいない。
輝きを放ちながら死んでいくのに、気づく者などいやしない。
だから、わたしもまた、そのように死んでいくのだと思ってた。それが当然だと信じていた、---あなたに、出会うまでは。
わたしに悔いが許されるなら。たったひとつだけ。紫龍、あなたを残して、逝くこと。
あなたに出会えて幸せだったと言えば、あなたはどう思うだろうか。ちゃんと信じてくれるだろうか。
あなたの小宇宙が、まぶしすぎて切なかったといえば、どんな顔をするの?
あなたは本当に無茶で、ひどく無謀な戦い方をするから。
それを真摯だといえば、美徳になるのか?
友の為、義の為よりも、ただ自分の為に生きてほしいと願う。
だってね、わたしはあなたが生きる世界を救いたい。
だから死ぬのは許さない。あなたは、生きなくては。
わたしの身が永遠に失われる前に、あなたに生きた証を残したかった。
いつか忘れてしまっても構わない。忘却は残酷で、記憶は美しいから。
薄れるまでのわずかな時間でいい、わたしが生きた鼓動、燃えさかった体温を覚えていてほしい。
どんな速さで、どんな熱さだったのか。
わたしの顔も瞳も声も髪も、あなたに向けられるものはすべて、確かな色や形をしていたことを覚えていてくれたら。
それだけで、闘いのほかに生きた証になると思うから。
どうして、あなたを知ったのか。
どうして、あなたを愛するようになったのか。
どうして、どうして?
どうして?なんて、どうでもいい。
どうして?なんて、答えがあれば、それで満足できるのか?
例えば、どうして、師は殺されたのか、とか。どうして、わたしは聖戦に死ぬのか、とか。
どうして、愛にはじまりがあって終わりがあるのか、どうして、愛する人を残して逝けるのか、なんて。
誰も答えられはしない。まして答が欲しいわけじゃない。
---あの夜も。
『どうして---?』
月光は不吉に青ざめて、シーツに色濃い模様を描いていた。
星々は砕かれるまえにとばかり、こわいくらい輝きを増していた。
あなたはわたしを見ることが出来ない。光のない世界の中で、瞳を閉ざしていたから。
真っ直ぐでいて、汚れを知らない瞳を見つめながら交わったのは、出会って恋して抱いた、最初だけだ。思い出して、少し哀しくなった。
こんなにも愛していて、こんなにも突き刺し繋がっていて、
こんなにも愛されていて、こんなにも強く締め付けられて、
証を刻みたい男と、繋がりを離せない少年と。
『どうして---?』
喪失感に心を冷たくしながら、無償で愛されることに不慣れなあなたは、泣きそうな顔をして答を欲しがった。
それはね、それは。わたしかあなたか、あなたかわたしか。駄目だ、告げればあなたを支配する言葉になる。
言葉なんて、もどかしい。もう、時間が、時間がないんです。
『言葉で伝えたら...嘘になるから』
口づけに想いを込めて。愛しい愛しい愛しい。
流れ込む気持ちは。欲しい欲しい欲しい。
もっと愛したかった、とか。もっと貫きたかった、とか。もっと優しくしながら滅茶苦茶に壊して激しく癒したい、とか。矛盾する。バラバラになる。
熱くなる吐息や、ぬるく流れる唾液や、とろけだす身体の芯や、ほとばしる生の解放や。
ときに綺麗ごとばかり並べるくちびるよりも、わたし自身の固さのほうが正直だと思う。
あなたは生きて。そんな願いよりも、いまは確かに。おまえに、深く刻んで植え付けたい、わたしを深く...強く穿つ、生きた律動で......ああ、光が見える。わたしは幸せな人間だったんだなあ。
ごめんね、紫龍。
あなたに小宇宙のひとかけらも残さずに逝くこと。
無茶な戦い方はしてないだろうね?傷ついた身体を癒してあげられないことが、心残りでならないよ。
なにも残せないわたしだけど、約束しよう。生命果てる瞬間にまで、あなたを思う、と。
あなたは泣いてくれるだろうか?
そんなくだらない思いは、死に行く者のつまらないエゴでしかないけれど。
いっそ、狂えばいいなんて。
それほど愛されていたと知ったら、やるせなくて死にきれないから、それは勘弁しておこう。
そう、やはり。あなたには笑っていてほしい。
あの、名もない花のように。透きとおる白さで。
誰を魅せるわけもなく、ただ静かに慎ましく咲くあの花のように。
わたしたちは見つめたね。
細い茎は揺れ、小さく儚い蕾は、新しい姿に怯えるように、少しずつ少しずつ。
戸惑うように、だが確実に、花弁をほどき始めた。
四肢を伸ばすようにすべてを開放した姿は、月光の囁きのように美しかった。
『初めて抱いた夜の、あなたみたい』
告げたら、見事に赤くなったから、可笑しくて。
怒ってそっぽを向くなんて、大好きな顔が見えないでしょう。
からかわずに、睫毛にキスを。
くすぐったそうな照れ笑いのあとで、ほら、花が開くように微笑んだ。
愛しい、好きだ、心からの気持ちが、溢れて、苦しい。
どうぞ、あの日のように、笑っていてください。
ゆっくり告げる、いとまもなかったね。
紫龍、愛してる。
愛してた。
参宿-orion-20051110→under zero
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