■8-HAPPY■



「もう一度、言ってくれる?」
「…『君を嫌うなんて不可能』なんだよって、僕には…絶対」
「ありがとう。知ってたわ」

みちるの自信満々なセリフと顔つきに、はるかはおおげさに瞳を大きくしてみせた。
恥ずかしさから二度と言わないぞと心に決めるはるかの照れ顔とは対照的に、みちるの微笑む顔は大人びていて。

とても14歳には見えない。

「でも、クルーザーでのセリフ。許さないかも」

なかったことにして誤魔化そうと企んでた部分をつかれて焦ったが、すねて頬をふくらましたみちるは14歳のあどけない少女そのもので。
その顔を見て、冗談だと分かった。今度は肺が空になるかというくらい安堵の息を吐き出す。


いろんなみちるに出会ってる。
なんだか、とても。


可笑しくなって、ふたり同時に吹き出してしまう。
腹の底から、心を満たすように自然と沸き起こる感情のまま笑うなんて。
破滅のビジョンを見るようになってから、いや、それ以前にもなかったことだ。

誰かと心から笑うこと。

それ自体が自分たち自身、むず痒い感覚だったけど。しばらくの間、声も出ないほど笑い続ける。

「あ〜、おっかしい。さすがに腹が痛いよ」

腹の辺りをさすりながらウインクしてみせたはるかは、ノイスヴァンシュタイン城か、はたまたヴェルサイユ宮殿か。
豪華なベッドを飾るカーテンをくぐり、みちるの横に腰をおろした。  
互いの隣だけが指定席とでもいうような、自然な動作。

この、美しくも人を拒むカーテンのように、幾重にも折り重なってふたりを隔てていたものなど、もはや微塵も存在しなかった。


ホント、不思議。
この美少女が意外にも笑い上戸だというのも、新鮮な発見だし。
何より、誰よりも愛らしいと感じる心。それは確かに自分のもの。


「んっ…痛い」

いくら痛み止めを飲んでいても、腹を抱えるほど笑ったあとだ。
背中の傷が自粛しろといわんばかりに、みちるの感覚を刺し始めてしまう。

「おいおい。だいじょうぶ?」
 
やさしく背中をさすってくる、はるかの手はとても温かくて。

「気持ちいい。そうされると………」

髪が、頬に触れるほどの至近距離であらためてみちるの顔を確認する。
賛美の言葉がどれだけあっても足りなくて、もどかしいほどきれいな顔。

パーツのどれもが最高傑作だと、はるかは思った。
 
吸い込まれそうに神秘的な色彩と力強い光をたたえた深海の瞳。
眉は女性らしい柔らかなラインで見るものの心を穏やかにさせるし、長い睫毛は恥じらうように瞳を縁取っている。
西洋人形のように控えめな鼻、珊瑚色の口唇。

いまは色のない小さな口唇が、うっすら開いてるのに気付く、と。

突然、心臓が高鳴った。



To be continued[9-BABY DOLL].


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