「君には、いつも、驚かされる」 心が乱されながらも安らかなのは、甘いパフュームの香りか、それとも。 「僕の夢に出て来たときも。エルザに紹介されたときも。ヴァイオリンと絵がおそろしく上手いって惹かれたときも。 目の前で変身して、怪物を倒したときも。僕を庇って傷を負ったときも。 こんなお屋敷に住んでる、折り紙つきのお嬢様だと知ったいまでも……… 寝顔が、すごく僕を誘ってるって気付いたときにも」 冗談とも本気ともつかないそのセリフに、みちるはクスリと笑った。 それは、はるかが目にする初めての微笑であったかもしれない。 抑えられないくらい。もう。 胸の奥が、熱い。 「そうやって、僕をがんじがらめにするの?」 僕は、がんじがらめにされたいの? この、美しい少女に。 「…そうよ。離したくないわ。でも…いまならまだ、間に合うかも」 「背中の傷、痛まない?」 話の鉾先を変えられたことは気にせず、 「なんとか」 みちるはそう、答えた。 実際のところ、ホームドクターの治療は完璧といえた。 この屋敷で代々の付き合いがあるため信頼は厚く、余計なことを口外される心配もないし、傷が完治するまで細心の注意をはらって診療してくれるだろう。 それに。もしものときにと、いまは離れて海外に住む父親が作ってくれた名刺を携帯しておいて良かったとみちるは思った。 救急車で知らない病院に運ばれていたら、傷の説明も治療も満足に出来ないまま大変な騒ぎになっていたことだろう。 そこまで思い当たって、みちるは脇に立つはるかに向き直った。 「あなたが、わたしを運んでくれたの?」 「そりゃあ、自分のドライビングテクニックが一番だからね。 スピードも一番だから救急車より役に立つよ。あとで、面倒なお呼出しがかかるかもしれないけど」 真剣なみちるの視線をまっすぐ受けるのを背中で感じ、はるかは天蓋から幾重にもなるレースのカーテンをめくってベッドを離れた。 「…早く、君の傷を癒してあげたかったから」 照れくさいのだろう。 はるかは間をもたそうと、テラスに続く大きな窓を開け放した。 広大な庭を覆う樹木で見えないと思ったが、窓枠から月の光を反射しながらさざめく海を臨めることに驚く。 色めく水彩画のような光景に目を奪われていると、颯爽と吹く風が一陣。 その風は自ら意志を持つかのように、挨拶程度にはるかの身体を駆けたせつな、カーテンを揺らしてべッドを目指し。 初めてなのに懐かしい後ろ姿を慈しむように眺めていたみちるを祝福するように駆け上がり、その波打つ髪をそよがせ、そして消えていった。 風の香りに誘われたのか。 みちるに前世の記憶がフラッシュバックし始める。 |