「…傷跡が残らないよう最善をつくしました。
今後も細心の注意を払って経過を診察させていただきますが、あの怪我ですし、一度お父様に御報告されたほうが」
薄く開かれたドアから漏れる光と声で、みちるは覚醒した。頭が鈍く、重い。
それでも戦士の本能だろうか。
自分の置かれた状況と居場所を確かめるべく身体を起こしかけたが、すぐに必要はないと判断して動きを止めた。
豪華すぎる天蓋付きクィーンサイズベッドは自分のもの。
幾重にも張りめぐらされた優美なレースカーテンに映された光で確認できる、室内の家具調度品も慣れ親しんだもの。
大きな鏡付きのドレッサーの上に整然と並べられた、色とりどりの化粧品を認めて微笑む。
ここが自分の部屋であるのは確かすぎるほど確かだった。
ならば警戒する必要はないと安心して、柔らかに重ねられた枕に突っ伏す。
この枕のおかげで、うつ伏せに寝ていても快適だった。
自分の部屋にいるという気の緩みか、身体が休息を欲しているのか。
まどろみかけたとき、みちるは自分の腕に包帯と点滴のチューブが巻かれていることにようやく気付いた。
ぼんやりと霧がかった意識から抜け出して、今度こそ身体を起こそうとする。
「まだ、動かない方がいいよ、お嬢様」
悪戯な少年の声が投げかけられても、まだ夢の途中にあるのだと瞳を閉じる。
不意に声の主に思い当たり、みちるは眠りの呪縛をほどいて顔をあげた。
「それとも、一人で眠るのは退屈なのかな?」
天王はるか!
驚いたみちるが起きようとするのを右手で制したはるかは、蝶タイこそ着けていないが、タキシード姿で。
ソファからクッションを持ってきて背もたれを作り、かいがいしくも優しい手つきでみちるの身体を起こしてくれた。
記憶が混乱してる。
みちるは、はるかの動きにされるがまま、そう考えていた。