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『...なんも言わへんかったから、怒ってんの...?』


眠る和葉の、薄く開いた、小ぶりの艶やかな唇が、もう一度そうつぶやいたように思えたのは。
対、和葉アベレージの中でも、かなりのパーセンテージを占める身勝手な独占欲からか。
幼馴染みを卒表できない焦りと、自信のなさからくる猜疑心だったか。


---違うねん。ええ加減分かれや。オレが怒ってんのは。



 なんの相談もなかったこと。ひとりで決めたこと。
 ついでに。
 俺の部屋にオマエがいる時間が減りそうなこと。



事件やいうたら鉄砲玉のように飛び出して、前後の見境なくなんのもアホやと思う。
連絡せえへん、待たせてまう、キツイ言葉かけても、放ったらかしにしても、なんのフォローもしてへんかもしれへん。
気ぃ効かせるべきベクトルの向きがオカシイて、エライ突っ込まれまくってます。
突っ込む人数は、両手じゃすでに足りません。ウナギ登りに上昇中です。
けど、外野のヤジはこの際、無視して。


事件解決しても尚、気分悪い。醜悪な人の心を忘れられるわけはなく。
誰にも見せへんけど、正直クタクタなって、自分ン部屋に帰ったとき。



 オマエがいてくれるのが。
 オマエがおった跡でもエエねん。
「オマエ」ちゅう存在が、なによりもオレを癒すんや。



手ぇかかるオンナのくせに、いっつも一声かけてくんのに。
それやのに、勝手にひとりで決めんなや。
ひとり先に、オンナらしゅうならんとってほしい。ましてや、大人にならんとってくれ。


「 オレの目の届かんとこにいくなや、なあ......いつまでも、オレの側におれ、ボケが...」


---こんな想いを抱いてるオレに、オマエはいつ気づくんやろか......?





「...ぅ、ん...」

小さく息を吸う甘えた声に、ふと我に返る。
思いの外、近づきすぎていた距離。唇の誘惑まで、残すところ数センチ。
感傷に浸っていた自分自身への気恥ずかしさも手伝って、慌てて和葉から離れて飛びのいた。

「うわわっ...!!、オレに何を言わせとんねんっ!しかもオレ、何キャラっ!?」

言い訳がましいセリフは上ずり、耳にした自分が一番恥ずかしい。
赤くなっているだろう、熱い顔を冷ますようにバタバタ扇いでいると、ドレッサーに映る自分と目が合った。
目を疑うほどマヌケな表情、まるで恋煩いに頬が緩んだような...自分じゃないようで、それは確かに自分で。

「..................」

ボボボッッッ!

火が点いたように、色黒の肌が火照り出し、色えんぴつには決してない色に仕上がる。


---な、な、なな、なんで、オレだけ、こないなってんねん!! こ、こっ恥ずかしいやんけっ!!
 和葉も和葉やっ、人をこきつかっておきながら、なんでオトコん横で熟睡できんねんっ!?デリカシーっちゅうもんはないんかっ!
 もとはといえば、ぜ〜んぶiMacのせいちゃうか。オマエが和葉をたぶらかすから...


ロマンティックにはほど遠い、服部平次。
どこまでたっても素直になれない自己中心的発想と、長くたくましい手足を動かし続けていた忙しない動きが、無機質物体に焦点を合わすなり、ピタリと止まり。

瞳にキラキラとした輝きを、唇の端にはイタズラな笑みを浮かべ、囓られたリンゴマークに、口笛を吹きながら向かう姿を。
鏡だけが正確に映していた。





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