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     高校生にもなったというのに、泣いている自分に気づいて、目を覚ます朝がある。
     夢の中で、いつも先を行く広い背中、学ランの。
     わずかに見える首筋は、鍛えられて、精悍な色。
     「こっちを向いて」
     「アタシに気づいて」
     伸ばした指の間から、掻き消えていくアナタの、そのリアルさに。
     それが夢だとは、ごまかせず。
     アナタに逢えない夜明けには。決まって、哀しい涙を流すのだ。



「...ずはっ...かずは...」



     お願い、呼ばんとって、アタシの名前を。
     行ってしまうなら、気にかけんとってほしい。
     やって、期待してしまうやん。
     もう、イヤや。苦しいねん。
     お互いの名前を呼び捨てにすんのも、"幼馴染み"やからでしょ?





「か〜ずはっ、カズハッ、和葉ァ! オマエ、いつまで寝とんねん。エエ加減にせえよ、そんなヤツにはこうじゃ!」
「.........いっひゃ〜〜〜いっ!!にゃー、痛いっ、何すんのっ!?」


口の端を思いっきり引っ張られた痛さよりも、夢で消えた大好きな顔が、鼻が触れるほど間近にあったことに心臓が跳ね上がった。
一気に目が覚める。ただ、この状況下で分かるのは、頭上に「!」と「?」マークが飛んでいることだけで。


---平次の優しい瞳を、すぐ近くで見てしまった。あんな夢、見たとこやから........胸が、キュンって音立てた。
 アタシ、リンゴみたいに赤うなってるんちゃう、ほっぺ熱いよぉ。


和葉の気持ちなど知るよしもなく、小さな顔の甘い頬のラインをたどる手を振り払わないことをいいことに、ふにふにと引っ張っては遊んでみる男ひとり。
コイツ、目覚めは素直やな。なんて思いながら、イタズラな気持ちで言葉を継いだ。

「どや、起きたか? ホンマ良う寝るやっちゃな感心すんで。ほんでオマエ、もうとっくにリンゴの設定終わってもうたぞ」


---平次の指、ごつごつしてるけど気持ちイイ......って、リンゴの設定???


「あ〜〜〜〜〜っ! なに、全部終わってもーたん!? ひどっ、アタシのんやのに!」
「オマエのんちゃうやろ、遠山家のモンやろ。誰が出資してん」
「うっ、それはそうやけど...」

至近距離かつ上目遣いで見つめられると、さすがにツラくて。
ようやく顔から手を離し、不自然にならないようベッドから立ち上がって、彼女の新しい彼氏(?)と対面する。

「とりあえずネットとメールはもちろんな。いますぐ使えるから安心せえ。
 あと、こんなじゃじゃ馬でもプライバシーある思たから、おっちゃんとユーザ別々で使えるようにしたやろ。切り替え方は分かるな?
 ほんで、周辺機器もUSBに繋げられる分だけはやっといた。けど今までのソフト、ほとんど使えへんで。新しゅうせなアカンわ。マウスとか細かいカスタマイズは自分でせえよ。
 思い出せる範囲で単語登録も済ませたで。オマエの名前とか一発変換出来るよう、いろいろな。せや、デジカメはサイトからDLしてきたから、取り込み出来るし。
 ただ、これもOSのバージョン違いすぎるから、新しいソフト買わな画像編集と加工は難しいな。オマエどうせ年賀状作るやろ?
 で...」

ここまで話して、一呼吸。

「なんか文句があるなら、キレイにリセットしてみよか?」
「う〜〜〜......ないです☆」


ひとりでは頭を抱えるだけで解決できそうにないところを、文字通り、痒いところに手が届くほど完璧に把握して設定してくれた平次に、文句など浮かぶはずもなかった。


素直に礼を言い、元からそのつもりであったが、感謝の意を込めて晩ゴハンへ誘う。
当然と言わんばかりの平次が腹が減ったとばかりに、成長期の体育会系男子高校生の、旺盛な食欲を語る。

「とりあえず、ラーメンに、チャーハンとギョーザな」
「阿保感のやろ?あっこの中華、ほんま好きやなぁ。でも良かった、もっと頼まれるか思たわ」
「出んの10秒遅なったら1品追加ルールやで」
「なによ、ソレ?」


笑って、iMacの電源を落とそうと、机の上で静かに存在をアピールするソイツこと愛しの白い彼氏(?)と、対面したのだが。


「な、なんなん、コレ〜〜〜〜〜っ!?」

モニターにフルで開いていたネットブラウザを閉じたとき、デスクトップに映し出されたもの、それは。

「ピッピッ、和葉ちゃん10秒経過、マーボー決定!」

カバンを担いで部屋を出て行く平次は、素知らぬ風で。

「ちょ、へーじ!待ちーぃな、コレ、ちょっと!」

あわてふためく和葉の耳に届くのは、リズミカルに階段を下りていく平次の足音と、

「トリカラ入りまーす。この分やとエビチリも食えるな。八宝菜もエエなぁ、ン〜、北京ダックもいっとくか!」

お小遣いが食いつぶされてしまいそうな色黒食欲魔神の口笛付きの明るい声。

「もう、ありえへんし!!どこで変えるんやったっけ、コレ?あ〜、どないしよ」

プチパニックゆえ作業することをあきらめて、ひとまず電源を落とす。
急いで出て行くネコのような動きを反射していた画面を、ついぞ占領していたのは。



さきほどまでの、和葉の寝顔。ご丁寧に、少し開いた口元に、水色で描かれた液体マーク。マウスらしき線で「←ヨダレ」と書いたのは、間違いなく。



「平次ッ!もぉ、なんであんなアホなことすんの、アンタは!今日、やっぱ割り勘!」
「なんでやねん!ヒトこきつかっといて、ヨダレ垂れそうな顔で寝とる、オマエがアカンのちゃうんか!」



愛に恋に、遠いふたり。

愛は、恋は、まだ遠い。


この日届いた、魔法の箱が見たものは。幼馴染み以上、恋人未満の、ふたりの姿、ふたりの距離。


それでも。少年の携帯フォルダの中で、少女があどけなく眠ってることを、その箱だけが知っていた。




361.箱/the end of "I"
(2003July〜2004May/rewrite2007May)
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