361.箱/page3
初期設定に必要なマニュアル本片手に。
目つきの悪さがオレに似てるとひとしきり笑ったくせに、「欲しい」やなんて調子エエことをぬかして店先でケンカした黒犬のぬいぐるみ---やったらなんで和葉のデスクの上におるかなんて、誰も突っ込んでくれんな---と、目が合うた。
手を伸ばして、ぬいぐるみ独特の、もへもへの頭を小突く。
---おまえ、オレがおらんとき。ちゃんと和葉を見たってるか...?
和葉の一番の関心物体、iMacと向かい合って、1時間ほど。
OSの違いに戸惑いはしたが、最新リンゴ特有の操作のコツをつかんでからは、楽しくて勢いが止まらず、設定のほとんどを終えてしまった。
達成感に大きく伸びをしながら、ふと疑問に思う。
「アタシのやん、アタシに触らせて」
サラッピンのiMacに手を伸ばそうと、猫のようにまとわりついていた和葉の気配がまったくしない。
と、なると...。
ほとんど確信に近い気持ちで、ベッドに視線を送ると、そこには---
「.........やっぱり寝とんのかいな。よぉ寝るオンナやのぉ、まったく」
健康的な眠り姫。残されたのは、発育順調、健全男子高校生。
あきれた言葉とは裏腹に、微笑む平次だが。
「...んな無防備に寝よってからに。もういっぺん、その口から『どこ突っ込んでんの!?』言わすで、ほんま」
穏やかとは判断しがたいセリフを、眉ひとつ動かさず言う表情は真剣そのものだった。
自然に起き出すまで、たとえわずかな時間でも、その幸せそうな寝顔を眺めていたい。
穏やかに願う気持ちとはウラハラに、かつて知らない疼きが、痛みをともなって広がっていく。
---これは、なんや?
湧き上がる感情に戸惑い。
振り払うように、頭を軽く左右に振って、少しだけ深呼吸して気持ちを整えてから、眠る和葉に手を伸ばした。
設定にかかりにきりなっているのを邪魔するわけにもいかず、自分は自分で学習と。
読本に目を通すうちに寝入ってしまったのは、一目瞭然。
健康的なリズムで規則的に上下する胸の上に散らかったパソコン資料をどけてやり、かわりに毛布をかぶせてやる。
手元に集まった設定資料をまとめ片づける脳裏に、小一時間前の会話がよみがえった。
「で、なんやねん?俺呼んだんは、コイツ運んで欲しかっただけとちゃうやろ?」
「...うっ...」
「前のん買うたときも、呼ばれたなぁ確か。普段やったら部屋入るなてスゴイ剣幕なくせにオカしい思てん」
「...えぇっとぉ...」
「まさかパソ使いたいヤツが、初期設定もロクにでけへんなんてこと、あらへんわなぁ?よお見たらマニュアル本まで買うて、用意周到やんけ。
いくらOSが最新なってるいうても、ず〜っとMac使ってる人間が分からんなんてこと、ないわなフツウ。な、和葉ちゃん?」
わざとらしくニヤリと笑う俺からは、徐々にうつむいていく和葉の表情はうかがえない。
けど、この展開。軽いデジャブ。
「.........なんでそんなこと、言うのん?」
やばいっ、声が湿ってる。泣かしたか?アカン、顔上げられたら終わりや。
「ちゃんと頼も思て、呼んだのに...なんも言わへんかったから、怒ってんの...?」
うるんだ瞳が揺らめいていて、心の中で懺悔。
オカンとおっちゃんにコンクリ詰めのバイクとぐるぐる簀巻きにされて、南港に落とされる想像だけしてみる。
怖っ!寒っ!やりかねん!
... だ〜、スマン、マジで。けど素直になれへん選手権関西代表の俺やから。表だっては毒づいてみせなあかん。
「...誰も、んなこと言うてへんわ。オマエ、アホか。なにマジなっとんねん。ほら、全部こっち貸してみぃ。オマエが済ますの待ってたら、一日終わってまうわ。とっとと済ませてメシ食いに行くで」
「...うん!」
照れ隠しに、背中を向けていた平次は知らない。
恋心を認めたくなくても、最愛には違いない存在の、幼馴染みの彼女が。
潤んだ瞳に頬を染め、今日一番の、とびっきりの笑顔で応えたこと。
目を細めながらも姿を見ずにはいられない真夏の太陽のように、明るくまぶしい笑顔だったこと。
そう、その大きな箱が届いたときとは、比べものにならないくらいに。
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(2003July〜2004May/rewrite2007April)
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