2003.summer

ジェラシー

ある日、ダーリンの実家に帰ったら、本棚の中に一枚の年賀状が置いてあった。
差出人はS子。
S子とは、ダーリンの高校時代のカノジョである。
S子はダーリンよりふたつ年下。どうやら先に熱をあげたのはS子の方であるらしい。

あけましておめでとうございます
先輩、おからだに気をつけて、受験がんばってくださいねっ

などと書いてある。

「なんでこんなもん、いつまでも大事にとってあるんや」
と、私はダーリンにくってかかったが、
「べつに大事にしてるわけちゃう。たまたまここに置きっ放しになってただけや」
ダーリンはすっかり呆れた様子で私に説明した。
なるほど、高校卒業後、すぐに大阪に出てきて、大学を卒業してすぐに私に捕まったので、仕方あるまい・・・。
「ほな今日、捨てとき。たまたま置きっ放しになってただけなんやからさ」
と、私はS子の年賀状をゴミ箱にポイした。
数日後、ダーリンの実家から発つ直前、何気に本棚を見ると・・・
捨てたはずの年賀状が元の場所に置かれてあった。

そして去年、再びダーリンの実家へ帰った。
本棚に年賀状はなかった。誰も見ていないスキに辺りを探してみたが、
見つからなかった。
そのかわり・・・メタルでできた小箱が置いてあった。
ダイヤル式の南京錠がかけられている・・・。
幸い、部屋には誰もいない。
私は思いつく限りの番号を念じつつ、ダイヤルと格闘した。
しかし、当然、開くわけもない。


そのうちにダーリンが部屋に現れた。
「なにしとんねん、おまえは・・・」
戸惑うダーリンに私は逆ギレ。
「頑丈にカギなんかかけて!!何入ってるんやっ」
「大したもん入ってないて」
「ウソやっ!S子の年賀状、ここになおしてあるんとちゃうか?」
「アホかぁ、そんなもん、もうとっくにないわ」
「ウソやっ!こないだゴミ箱に捨てたのに、アンタ、拾って元通りにしてたやろ!」
ダーリンは困り顔をしているが、実はまんざらでもない様子。
「おまえの期待してるようなもんは入ってへんから。もう寝なさい」
と、たしなめられたが、(ダーリンは私に父親のような口をきくのが大変好きである)
最終的には箱を開けてくれた。
中に入っていたのは高校時代の模試の成績表ばかり。
「つまらーん・・・」
「だから言ったやろ、大したもん入ってないて」


あの年賀状、どこへ行ったのだろう・・・


次は逆パターンを、と言いたいところだが、
ダーリンは全然やきもちなど妬きはしない。いつでも「余裕」なのだ。
ちょっと甘やかしすぎた、と反省しきり・・・。
まぁ、事実、私には根拠となる材料がないので仕方がない。
強いて言うなら近藤さんくらいか・・・情けない。
近藤さん、とは、皆様よおくご存知の「ピアニスト」の近藤さんだ。
世の中は全く不公平。
S子とダーリンは高校時代の部活仲間なので連絡を取ろうと思えばいつだって取れる距離にあるが、
近藤さんと私の場合はそうはいかない。
全く不公平な話だが、これは「合理的不公平」なので、いたしかたあるまい。
自分のヨメと友達にすらなれるはずもない近藤さんは
ダーリンから見れば、痛くもかゆくもない、安全パイなのだ。

「あんたさぁ、これはあかんで。一枚くらいケンちゃんの写真貼ってあげなさい」
私の家に遊びに来た母が、トイレから出てくるなりそう言った。
うちのトイレは私の作った近藤ワールドだ。
雑誌の切り抜き、コンサートのチラシ、
ファンクラブから送られてきた生写真、ファン友達に撮影してもらったツーショット写真、等々
狭いトイレの壁に所狭しと近藤さんが貼りついている。
今後のコンサートの予定表まで貼りつけてあるので便利だ。
今度いついつどこへ行く、などいちいち言わなくともダーリンの方で把握してくれている。
「おい、今度のコンサートは「140席の贅沢な空間」が売りのとこやな」
とホールの特徴まで理解しているところがすばらしい。
関西だけでは飽きたらず、最近は関東の方まで遠征している私を
ダーリンは文句ひとつ言わず送り出してくれる。
まったく、すばらしい。

しかしこのあいだの大学のゼミ同窓会のとき。
「自由がなくなる」と結婚をためらう後輩にダーリンはひとこと

「結婚したら自由がなくなる?うちの嫁ハンを見てみろ。
近藤とかいう、わけのわからんピアノ弾きの追っかけで、泊まりで家空けるんやぞ。
自由も自由、まさに『放し飼い状態』や」
と、たいそう憎々しげに言っていた。
「だからな、結婚したら自由がなくなるなんて言わんと、オマエもそろそろ身を固めろ」
後輩が首を縦に振らなかったことは言うまでもない。

ダーリン、やっぱり妬いてるんかなぁ。
もっとわかりやすく妬いてくれればいいんだけど、私みたいに。
うふふ。



人間の分類

人というものは、おおよそ以下の3つのタイプに分けられる。
@結果しか見ない人
A過程で右往左往する人
B結果を見て、そこに無理やり原因をこじつける人

これは、学生の頃バイトしていた肉屋の店長が言っていたこと。
彼は独自の洞察力で、店で働いている従業員を上の3つに分類し、
私に報告してくれた。

まず私。私は分類@に該当するそうだ。
結果最重視というか、結果でしか物事を判断しないタイプ。
人がそこにたどり着くまでの過程、
つまり、努力とか葛藤とかそういうものを考慮に入れず、
「アナタがどんな苦労をしてきたか知らないけれど、結局、こうなったじゃないの?」
という感じだそうだ。
私は度肝を抜かれた。あたっているかも・・・。
でもなぜ、週に数日数時間のバイトだけで、しかも店長はたまにしか店に来ないのに
私の何を見てそこまで分析したのだろう。
ちょっとコワかった・・・。
このことを頭において、今では物事の過程にも目を向け、心を配るようにしている、つもり。
でもさ・・・受験でも試合でも社会でも、結局は「結果」を出さなくちゃ、じゃない?
別に私が冷たい人間というわけでなく、
私が世間から「結果を出さなきゃ意味なし!」と切られ続けてきたからよ。
とりあえず言い訳させてよね、ねぇ??

分類AはバイトのK君。
彼はとにかく理屈っぽく、あーだこーだと意見を言うわりには
その意見には特に際立った根拠もなく、
「で、結局何が言いたいの?」
と言いたくなるような、ちょっとオバカな印象の男の子だった。
彼はのちに肉屋の社員になり、一生懸命頑張っていたのだが、

向かいの和菓子屋の娘にうつつを抜かしたり、
家賃を滞納して社長に迷惑をかけたり、
金髪のツンツンヘアでお客様たちを怖がらせたりしていた。
「ヤツは結構努力してるんだけどねー、なにせ結果が出ない。
あーだこーだと過程の段階で右往左往して結局そこまでで終わってるんやなぁ」
店長はため息をつきつつ、そう語った。
K君は結局、和菓子屋の娘との恋も実らず、
家賃のことは知らないけれど、
客に新製品を勧めるも誰も買ってくれず、いつまでたっても怖がられ続けるだけだった。

そしてパートのTさん。
彼女は優しい亭主と子供に恵まれた、しあわせな奥様だった。
彼女の持ち前の明るさは店を随分明るい雰囲気にしたが、
社長と彼女はしょっちゅう対立していた。
それもそのはず。
Tさんという人は、遅刻&突然のシフト変更が多い。
理由もめちゃくちゃ。
「朝、ふとんを干していて遅くなった」
「年末はおせち料理を作らなきゃなんないから休む」
などど平気で言うのだ。社長がカンカンになると、
「店は代わりの人間がいるけれど、T家の主婦は私しかいない」
「おせち料理は家族がとても楽しみにしているから手を抜くわけにはいかない」
と反逆していた。
結局のところ、社長が折れていたが、二人の雰囲気は険悪。
やがて彼女は社長のいないスキに私に愚痴るようになった。
「社長がね、このあいだ、『わしはTさんのことを他の店の人たちに愚痴ったりしてないで』って言うのよ」
どうしていきなりそんなことを社長が言うのかと思っていたら、
ある日、向かいの和菓子屋のパートのおばちゃんに言われたそうだ。
『Tさんの振る舞いにはほとほと困り果てている』
と、ウチの店長にアンタとこの社長が耳打ちしていた、と。
Tさんはおおいに憤慨し、
「私ね、若い頃にちょっとだけ心理学やってたんだけど」
と言い、社長のTさんに対する言動を、ことこまかに私に解説してくれた。
人間、何かやましいことを隠しているときには、
そのことをわざわざ口にして、大げさに否定するものだ、と。
だからこの間も「わしはTさんのことを他の店の人たちに愚痴ったりしてないで、
などとわざわざ私に言ってきたのだ」、と。
それ以来、Tさんはことあるごとに
「あの時社長があんなことをした(言った)のは、そーゆーことだったのよね!」
と、昔のことをいちいち掘りおこしては悔しがっていた。
典型的な分類Bタイプである。

さて、あなたはいかに??

とにかく、日頃の振る舞いには気をつけよう。


ゆく河の流れ

先月、今月といろいろな別れがあった。
今年の秋は『別れの秋』?
子供の頃は、クラス変えや進学などでたくさんの出会いがあったけれど
大人になって就職してしまうと、『出会い』がめっきり減る。
最近は景気がよくないから会社もなかなか新規採用をしない。

先月、会社の男の子が退職した。
私とひとつしか歳が違わない彼の、「退職」という決断にショックを受けた。
どうして辞めるのか、と聞くと、
「前々からやりたいことがあって、その夢を叶えるための準備をしたい」
と言っていた。
彼は飲食店の経営を夢みているらしい。
どこかに修行に行くとか、学校に行くとかでもなく、何もかもが未定だけれど
夢に向けての第一歩を今から「考える」と言うのだ。
「やりたいことがあるから」と言って会社を辞めてもいいんかぁ・・・
いつだって希望に満ちている人は輝いて見える。
「私も連れてって。雇って」
と彼に言ったら、
「みーんなおんなじこと言うんやから。雇ってもいいけど競争率高いで」
彼の笑顔のあまりの眩しさに、誰もが羨望のまなざしを送った。

4日前にもひとり退職した。
40手前の男性だ。
さきほどの彼とは対照的に「体力、精神力の限界」が退職の理由だった。
彼がそこまでまいっていたとは気がつかなかっただけに、これもまた衝撃だった。

そして今日もひとり。
入社以来お世話になっていた上司。ただし、退職ではなく転勤だ。
無口な人だったけれど、信じられないほど頭の回転が早くて、
うちの部署全員が彼にぶらさがりながら引っ張られていた、と言っていいほどの実力者だった。
「いなくなって寂しい」と言うよりも「これから我々はどうなるのだ?」
という感じだったけど、引き止めることもできない。
ただ呆然と背中を見送るしかなかった。

そして来週はアルバイトの女の子が辞める。


まさに今年は別れの秋・・・

そしてつい先日も大きな別れがあった。
いとこが亡くなった。
まだ38歳の若さだった。
生まれた時から私を実の妹のようにかわいがってくれた人で、
私の子供の頃の写真には彼女が頻繁に登場している。
まだ赤ん坊の私に寄り添いながら、抱きしめながら、いつも明るく笑っている人だった。
彼女の突然の死はすぐさま身内に知らされたのに、
私のところに知らせがきたのは翌日の昼。
「知らせたらきっと夜眠れなくなるだろうから」と私の母親が気をきかせたらしい。
連絡を受けた日、仕事が休みでよかったのか悪かったのか。
一日ぼうっとしてしまって、なんにも手につかなかった。
哀しいとか寂しいとかそういった具体的な感情は湧かず、
ただただおそろしいほどの虚無感に襲われた。
体半分が崩れてなくなり、心が半分欠落してしまったようだった。
もうこの世のどこを探しても見つからない、もうすぐ骨になってしまう彼女のことを
文章に書きとめておこうと思い立ったけれど、
抜け殻のようになってしまった私はしばらくの間、パソコンの電源すら入れることができなかった。
次の日、私は二日間の有給休暇を取り、両親とともにいとこの住んでいた東京へ向かった。

「ゆく河の流れは絶えずして・・・」
いとこの葬儀で坊さんが唱えているのが聞こえた。
高校の時に授業で暗記させられた、あの超有名な一節。
当時は試験のためにただ丸暗記したたけだったけど、
いろいろな出会いや別れを繰り返しているうちに、あの一節の「味」がわかるようになってきた。

自分という人間は世界にひとりしかいない。
それは事実だけれど、自分がいなくても世界にはなんの影響もない。
河は今までと変わりなく流れていくだけ。

会社を辞めれば別の人がひきついでくれる。
どんなに重要なポストについていようが、「辞めます」と言えば代わりの人間がやってくる。
誰が去っていこうが会社は決してつぶれないのである。

いとこの通夜の後、親族一同、寺で雑魚寝をした。
そして翌日、火葬場で、いとこが骨になるのを待っているあいだ、
私は饅頭を食べながらお茶を飲んでいた。
哀しいときでも人は眠り、食べ、生きていく。
心は抜け殻になっていても、腹は減る、夜になると眠くなる。
そして朝が来て、いつもと変わらない雑踏の中へと歩き出す。

ゆく河の流れに身をまかせ。


同 窓 会

先日大学のゼミの同窓会に行った。
年に一度、9月の連休のうちの一日を使って、行われる。
ダ−リンは楽しみにしているが、
私は「めんどくさいよー」とぶつぶつ言いながら出かける。
私たち夫婦はこのゼミの出身者であり、
ゼミ教授には結婚式のときに仲人役をやってもらったという大変な恩義があるので、
行かないわけにはいかない。

母校に到着。校舎はすっかり新しくなり、私が通っていたころの面影は全然ない。
これはかなりさみしい。
時代の流れ、そして老いていく自分を痛感する。
そして会場へ到着。
この会は現役生が主催することになっているので、入口には若い大学生たちが
我々卒業生の来るのを待ち構えている。
こちらはラフな格好で行くのに、彼らは黒づくめのスーツを着ている。
私が学生の頃はスーツは紺色と決まっていたのに、
最近はどうやら黒が主流らしい。
これも時代の流れ、老いていく自分。

入口で名札を渡される。その名札には自分のフルネームと何期生かが書かれている。
私はこのゼミの一期生だ。
今日の集まりの中でいちばん歳をくっているのがこれでバレる。
慣れない化粧を施し、毎回家を出る前に
「なぁなぁ、オバチャンみたいに見えへん?化粧濃くない?現役の女子らに
『やっぱり一期生は歳だよねー』なんて思われへんやろか?なぁなぁ」
と、ダ−リンにすがりつくようにして尋ねて困らせているのは、この名札が原因だ。
「そんな心配せんでも大丈夫やから」
と、ダ−リンは仕方なしに言ってくれる。でも
「大丈夫」ではなく「かわいいよ」と言ってほしいのだけど。

でも、行ったらそれなりに楽しいものなのだ。
久しぶりに会う旧友たち。今ではみんな30もとっくに過ぎて、
話す話題も会社の愚痴と子供の自慢と家のローンの話がほとんど。
まず、目についたのは某スーパーで働くU君。
携帯の待ち受け画面には赤ん坊の写真が・・・
「ちょっと!子供なんかいらん、って言ってたやん!!」
彼は結婚してしばらくになるけど、ずうっと『子供はいらんわ』
って言っていたのに、去年ひそかに作っていたらしい。
「この、裏切りものーーー!」
と、叫ぶも、
「正直に言うと、『できちゃった』んやけどな。でもな、子供はええで。はよ作り」
などとデレデレしている。
人は変わるものだ。

そしてアパレル会社を興したT君。
彼は去年めでたく結婚した。でも名札の名前が見知らぬ名前になっていた。
「ムコ養子にいったん?」
私は興味津々で彼に聞いた。
「ううん、籍は親と別やけど、名前だけ変えたんや」
?????
「実はヨメの親が姓名判断に凝っていて、話によるとオレの苗字はかなり悪いらしい」
「そんな理由でよくOKしたなあ」
「だってこの先、もしなんかあった時に『お前の苗字が原因や!』って
責められたらめんどくさいやん」
まぁ、それもそうやな・・・
人の人生さまざま、ものの考え方もさまざま。

今回の出席者は私と彼らふたり。出席予定のN君は直前に海外出張になり来られなくなった。
1期生は21人いたけれど、みんな仕事と育児に忙しく、関西から離れたりしている人も
多いので、だいたい毎年3、4人てとこ。さみしいなあ。

ところでウチのダーリンは。
彼は5期生なので、席は別。現役生が主催だっていうのに彼はマイクを手放さない。
そういうヤツなのだ。
とにかく大勢の人が集まるところが大好きで、
頼まれもしないのに前日からチマチマと小ネタを考えては嬉しそうにしている。
「なぁなぁ、このネタいけてる?」
と、毎回しつこいのだ。めんどくさいので、
「下ネタ以外は全部OK」ということにしている。
と、いうわけで、私はダーリンのはしゃぐ大声を聞き流しながら同期の彼らと酒を飲む。

「あっこ先輩、Kさん(ダーリン)が女の子にからんでますよ、いいんですか?」
そんなことでいちいち声をかけてくる後輩がいる。
見ると、現役女子大生に囲まれながらデレデレしているダーリンの姿が。
ほっといても問題なさげだが、その後輩がニヤニヤと何かを期待するような目で私を見るので
仕方なく立ち上がり、そばへ寄る。
「ワタシが妻でございます。結婚6年目!!!」
と、和やかな歓談ムードを前に仁王立ち。
「この人が『結婚してくれ』ってうるさいから結婚したのよ」
なぜか皆、げらげら笑う。
どういう意味の笑いかは深く追求しないでおこう。

法学部法律学科、憲法ゼミ。私は一期生。
実はゼミ募集の時、先生は法学の本場、ドイツにいた。
だから私たちは先生の授業はもちろんのこと、顔さえ知らずにこのゼミを選んだことになる。
だけど最近は先生の人柄に惹かれて、このゼミは超人気ゼミになり、
優秀な学生が集まるようになった。
もし先生がドイツに行ってなくて大学で授業をやっていたら、
私はこのゼミには入れなかっただろう。
大学院生、公務員、司法書士、家裁調査官などなど。
ここ最近は司法試験の最終合格を果たす輩もちらほら出てきた。
ダーリンも目指していたのになぁぁぁ。
帰り道、後ろを振り返ると、最終合格し、司法修習中のM君がいた。
「ちきしょう、お前なんかだいっきらいじゃあ」
ダーリンが言われもないクレームをM君に浴びせる。
「うちの敷居、またがせへんからな!」
と、私も言われのないクレームを浴びせる。

そしてダーリンはまた勉強を始めている。
通勤電車、昼休み中、そして残業で疲れて帰ってきても勉強しているらしい。
私はその頃すでに寝ているので知らないけれど。
そんなに弁護士になりたいのなら仕事辞めてロースクールに行けばいいのに
と、何度も言うのだけど、なかなか決心してくれない。
「子育て資金がなくなる・・・」
私は子供を持つよりも、彼自身の人生を充実させてほしい。
仕事は一日の大半を費やす行為、すなわち人生の大半の時間を占めるものだから。

ゼミ会で次々に聞く「司法試験合格」の朗報。
もちろん嬉しいことだけど、
ああ、せめてもう少し若ければ・・・
と、老いていく自分を責めるひとときでもあるんです。


職 業 病?

靴を買うときはいろいろ気を遣う。洋服を買うのとはワケが違う。
服はサイズだけ気にすればいいけれど、靴はそうはいかない。
実際に履いてみて、何度も何度も売り場を歩いてみる。
足に合わない靴を履くことは本当に悲惨なことだから。

季節の変わり目ともなると、店頭にはさまざまな靴が並んで、
どれもこれも履いてみたくなるから困る。
手当たり次第に靴を手に取り、そして・・・・
私は無意識にそれを鼻にあて、我に返る。

私は、新しい靴を手にすると、どうしても匂いを嗅いでしまいそうになる。
これは一種の『職業病』なのだから仕方ない。
私は空港で働いていて、外国から送られてきた貨物を内国貨物にするための仕事をしている。
外国貨物を内国貨物にするためには輸入申告をしなければならない。
そして所定の関税を国に納めて、税関の輸入許可を得て、
それでその貨物はやっと客の手元に届けられる用意が整った、というわけ。
会社であろうと個人であろうと関税をお国に払わなければならない。
その『関税』とやらを客に代わって計算し、納税の手続をするのが私の仕事。
関税率は物によって事細かく決められていて、
たとえば洋服一枚にしても、ジャケットとかシャツとかスカートとかそういう分類の他に、
材質、ニットか織か、刺繍の有無、そういったことによっても税率が変わってくる。
だから貨物の中身が何なのかという確定は最重要事項。
だから貨物を開封することもある。

海外旅行のお土産や、留学先からの帰省にともなって
事前に身の周り品を日本に送ってくる場合もその例にもれない。
開封するとたびたび靴が入ってくる。
中古の履き古した靴はどんなものでも一律で税率が決まっているので問題はないけれど、
問題は新品の靴。
Newな革靴は関税がべらぼうに高い。
場合によっては靴そのものの値段よりも税金の方が高くついたりする。
でもこれは国が決めた法律なのだから払うしかない。
帰国の際に忘れずに『別送品申告』を自分でやってもらわない限り。
そして、靴は靴でも合成皮革の靴と革靴では関税が雲泥の差。
場合によって多少変わるけれど、通常、合皮の短靴の関税率は価格の8%。
でも革靴は30%または一足あたり4300円のどちらか高い方、と決まっている。
まさに雲泥。
だけど見かけだけで合皮か本革か見分けるのは困難。
だから新品の靴を見ると慎重に何度も匂いを嗅いで確かめる。
その熱意をデパートの靴売り場でもうっかり出してしまうのだ。
ああ、またやってしまった。
私は思わずひとりでニヤニヤしてしまうが、売り場のお姉さんたちは
こんなに真面目な私を理解してはくれないだろう。
悲しいことだ・・・・

会社で他人の靴の匂いを嗅ぎながら思う。
中古の靴の税率が一律であることに感謝。
いくら仕事とはいえ、履き古した靴の匂い、すなわち他人の足の匂いを嗅ぐのだけは遠慮したい。
世の中はなんとかうまくできている。


お 月 様

私にとって近藤さんとは・・・なんだろう、難しい。
強いて言えば、近藤さんは私にとって「月」である。そう、あの夜空に輝く月。
 昨年夏、近藤さんは私の前に降って現れた。なんとなくCD店にたたずんでいた私の前に突然に。
目の前には当時の新譜「ピアノハート」が一面に広がっていたので、なんとなく買って聴いた。
 大変なことになった。私はこの人を追っかけてたびたび上京しなくてはならなくなるだろう。
 ところが近藤さんは毎月のように関西に来てくださり、
そして毎回のようにベートーヴェンの「月光」をきらびやかに弾いてくれるのだった。
有名な曲なので聴いたことがあったし好きな曲だったけれど、
近藤さんの「月光」を聴いてますますこの曲が好きになった。
 毎月近藤さんが来てくれる。そして月光を弾いてくれる。
平凡な毎日に突然入り込んできたこの幸福に私はどんなに心躍らせたことだろう。
あまりに何度も胸をときめかせたせいで私は「月光」という曲ばかりでなく、
空に浮かぶ月を見るたび、近藤さんのことを思い浮かべるようになった。
会社帰りの電車の中。ぐったりと窓にもたれかかる。ふと視線をあげるとそこにはこうこうと照る月が。
ああ・・・。こんなにもきれいな月が夜空に浮かんでいる限り、私は大丈夫。生きていける。
静かな情熱をたたえた透明な音はまさに月光のように美しい。
夜は暗くておそろしいものではない。静かで明るくて、そして夜があるから夜明けがある。
近藤さんにはかなわない。どんなにこらえてもどんなに強がってみせてもかなわない。
近藤さんのピアノの音を聴いていると、無理をしている自分、決して強くはない自分に気づかせられる。
近藤さんは優しい。泣きたいときには泣けばいいと言ってくれる。奏でる音で。
コンサート会場で涙を流している人は決して少なくないと思う。私もたまに、泣く。
無駄な抵抗はやめよう。
強がったって無理したってすべて見られている。そして守られている。夜空に輝く月に。
安心して眠ろう・・・美しい月の下で。

近藤さんって私にとってそんな感じ、です。

(注) これは、私が心からお慕いもうしあげている、ピアニストの近藤嘉宏氏にあてたもの。
書いたのは去年の暮れなので、3行目の「昨年夏」というのは今でいうと「おととし」になります。



私の心酔ぶりは上記のとおり。
この2年間のあいだに何回もコンサートに出かけましたが、
ファンサイトの掲示板に感想&報告を欠かしたことはない。
今までいろんな方が読んでくださって、一部の方たちは心待ちにしてくださっているようだ。
忙しくて、会場が遠くて、等々、
さまざまな理由でコンサートになかなか行けない方に
「あっこさんのレポートを読むと、まるで自分もそこに足を運んだような気持ちになる」とか
「あっこさんの文章で語られる近藤さんが好きなの」
と言っていただいたりなんかして、
そのあまりにもったいないお言葉に無上の喜びを感じております。
自分の書いたものを誰かが喜んでくれる。
その喜びが昂じて自分でホームページを開設したわけで。

しかし、毎回このようにのぼせあがってレポートを書いている私ですが、
ご本人に直接ファンレターなるものを渡したことはほとんどなく、
去年のクリスマスと今年のお誕生日に簡単なカードを渡しただけ。
近藤さんは郵便や手渡しの手紙は必ず読んでいるらしいので、
本当はネット上に書き込むよりも、
サイン会の時に手紙を持っていった方がお得な気もするけれど(名前や顔も覚えてもらえるだろうし)、
ネット上に書くといろんな人が見てくれて、共感してくれて(たまに批判されたりもしたけどね)
それが楽しみ。

さて、冒頭の件ですが、
これは近藤さんの私設後援会(残念ながら今はもうなくなってしまったけれど)が
発足したときに、会報に載せる文章を募集していたので大いにはりきって書いたもの。
後援会の方から与えられたお題は「近藤さんと私」。
コンサートの報告ならたびたび書いてきたけれど、
漠然と「近藤さん」をテーマに書くとなると結構むずかしい。
と、言いながら・・・実は「待ってました」とばかりに書いた。
でも、実際紙に印刷されたものを見ると、こっぱずかしてとても読めたものではなく、
一度目を通したきり封筒にしまいこみ、棚の奥底へ。
しかし、今夜は十五夜。
恥をしのんで、ここにふたたび公開させてもらったわけです。

このエッセイを書くにあたって、ファンサイトに保存してもらっている自分が書いたレポートを読み返してみた。
(去年までのレポは自分のパソコン上に保存していないので、読み返すにはネットに接続しなればならない)。
その中のひとつ。「祝・ファン一周年記念」。
おととしの6月から去年の6月までのコンサートレポート。
しかし、ファンサイトの管理人のめぐみさんはこの「一周年レポ」を
「コンサートレポート」ではなく「企画エッセイ」と名づけてくださっている。
そうなのだ、これはレポではなく超個人的エッセイになっていて、
近藤さんの演奏のことは実は少ししか書いていないのだ・・・
ファンになったおととしの6月から翌年の6月までの、家庭の状況、自分の状況。
それをおそろしいほどのスペースをお借りして書いている。
表現も荒削りで、人の反応も今ほど気にしていない。
激動の一年間の記録。
ダーリンの進路変更&就職活動、ニューヨークのテロ事件で自宅待機させられたこと、
十二指腸潰瘍と風疹のダブルパンチを受けて寝込んだこと、妹の結婚、
私の妊娠、流産体験etc・・・最後には昔のカレシの思い出などを書いている(全然カンケーないじゃん)。
楽しいことばかりじゃなかったけれど、今ではなつかしい思い出。
近藤さんが夜空に輝く月のごとく、優しく明るい光で私のいる場所を照らし続けていてくれたことは確かなのです。

今夜は十五夜。
今年、お月様の傍らには火星が寄りそっている。
6万年ぶりの奇跡を鑑賞しつつ、
近藤さんという人にめぐりあえた「奇跡」に感謝しよう。
そして。
月に寄りそう小さな火星のごとく、「お月様」に寄りそっていこう。
私の「心のお月様」に。これからもずっと。


キライなものは・・・

私は「料理」が死ぬほどキライだ。
そのことを自覚したのは結婚してからだ。
確かに独身の頃から料理にはさほど興味もなかったが、キライというわけでもなく、
たまにお菓子を焼いてみたり、
中学生の頃は母親が遠くまで働きに出ていたので、
夕食の支度は私の仕事だった。
受験もあったし、遊びたい盛りの時期に違いなかったのに
毎日の夕食の支度を特別苦痛に思った記憶もない。

仕事で遅くなって、さらに食事を作るなど、考えただけでヘコんでしまう。
作らなければならないくらいなら食べないほうがマシだと思ってしまう。
しかし、女に生まれた以上、どうしても料理からは逃れられないのは事実。
どうして、どうしてなのだ、世の中は不公平だ。
働くのがいやだから専業主婦になる!
という人生の選択は出来ても
料理がいやだから一生やらない!
とはどうやっても無理な話なのだ。
私がなかなか子供を作ろうとしないのも実はここに大きな原因があったりなんかするのだ。
周りの人々はすっかりバカにするが、私にとってはきわめて深刻な問題なのだ。
考えてみて。1番キライなことを毎日毎日、しかも休みなしに1日3度もするのだぞ。
難解な哲学書を毎日1冊読む、キライな音楽が1日中家に流れている、
毎日毎日数学のテストがある、等々、なんでもいい。
自分にとって何が1番イヤか考えてみてほしい。私にとって1番イヤなものは「料理」なのである。

しかしいつまでも愚痴を垂れているわけにはいかない。
地の果てまで逃げたって「料理」からは逃れられないのだ。
せめて「1番」キライではなく「2番目に」キライなくらいまで昇格させなければならない。

 まずはお買い物だ。夜遅くまでやっているスーパーは駅の反対側にあり、
しかも割高だ。まずここでストレス1。
重い荷物を両手に抱え、駅へ戻る。家に着く頃には心身ともにくたくただ

そしてキッチンに立つ。野菜を洗い、切る。魚のはらわたを取る。気持ち悪い。
ここでストレス2。
そして魚を焼く。熱い。この暑いさかりになんで火のそばに立ってなきゃならんのだ。
ストレス3。
 ニンジンをゆでる。根菜はどうしてこんなに固いのだ。
早く茹だりやがれ。ちんたらしてんじゃねーよ、こっちは忙しいんだよ!

魚がグリルで焼けてきた。覗いて見ると脂がしたたり落ちている。
あーあ、この魚の脂、後片付けが大変なんだよなぁ、しかも臭いし。

ストレス4。
大根おろしを作る。ごりごりごり。。。つまらん作業の割には体力を使う。
ニンジンが茹ってきたので白菜を入れる。そしてミンチを丸めて投入。
ミンチを手で触ると油がなかなかとれない。クリームクレンザーでゴシゴシ洗う。
こうやって、どんどん「オバハンの手」になっていくのだ。
ストレス5。
アクをすくい、キノコを投入。エノキ、マイタケ、シイタケ。
今日は秋の味覚、豪華キノコ汁だ。サンマもいい具合に焼けてきた。
キノコ汁はみそ味にしようと思っていたが、
なんだかこの暑さに疲れてしまい、あっさり味でいきたくなった。
「白だし」登場。
これ、使えるでぇ、ちょっと入れただけですごいいい味出るで。粉末ダシなんか比較にならんで。
きっとすごい添加物入ってるんやろなあ。
まともな味に仕上げるには調味料を大量に使う。カラダに悪そー。気持ち悪い。
ストレス6。
完成。まあまあの味に仕上がったと思うが、
できた喜びよりも、疲れたイライラした、というストレスが断然勝ってしまうのだ。
ここまでのあの苦労、苦しみ。その後に出来たのはこの程度の品なのだ。
どうしても割に合わない・・・
できあがった料理を口にしつつ、いつまでもイライラ感が続く。
どうしてこんなにイライラするのか自分でもわからないから解決のしようもない。
こうやって料理のことを書いているだけでも、あの「イライラ」が思い出される。
やっぱりキライ!どうやっても何度やってもキライなものはキライなのだっ!
ああ、どうすればよい・・・

ダ―リンが帰宅。
今日は秋の味覚勢ぞろいや!サンマに豚シャブサラダにキノコ汁やで。
ビールは「秋味」や!
「家に帰って、ご飯ができてるってええなぁ・・・」
ダンナがつぶやく。
「ホンマやなあ。玄関開けたらできたての手作り飯。夢のようやな・・・」
私もつぶやく。
夫婦のつぶやきは夜更けまで続く勢いなのだった。

 翌日、夫婦でお出かけ。サッカー観戦のあと、飲みに行く。
鍋に残ったキノコ汁。飲んで帰ったあとにはちょうどいいかも。
ちょっと嬉しくなったのもつかの間。
「帰り、ラーメン食べて帰ろうか」
と、ダーリンが。。。。
「キ、キノコ汁は??昨日いっぱい作ったの、アンタちっとも食べてくれへんやん!!」
「今朝2杯も食ったやろ。とにかく今はラーメンの気分なんや」
「まずかったんや、そうやろ。アタシのキノコ汁、間の抜けた薄味で気にいらんかったんやろ。
こんなまずい汁作りやがって、って心の中で思ってるんやろ!!
ひ、ひどい!肉だんごまで入れたのにぃ・・・!!」
被害妄想爆裂。やっぱり料理なんか大嫌い!!
誰かたすけてください・・・

予防接種の日

 9月1日、年に一度の家族揃ってのお出かけをした。
私とダーリンと寅次郎。
寅次郎とは私のかわいいかわいい息子。
世間一般の名称では「ネコ」ということになっているが、
私たち夫婦にとってはかけがえのない存在なのだ。
元気に長生きしてもらわないと困る。
なので毎年一度、「3種混合ワクチン」をうってもらいに、一家揃って獣医に赴くのだ。

まず、物置からケージを取り出す。
私はうっかりそのケージを寅次郎に見せてしまった。
ヤツは一瞬にして全てを理解。押入れの上の段の奥に隠れてしまった。
ダーリンが椅子に乗って無理やりに寅次郎を引っ張り出した。
押入れのふすまは外れ、
ダーリンのほっぺにはふたすじの爪あとがつき、血が流れた。
流血しながらもダーリンは寅次郎をケージに押し込んだ。
ヤレヤレ。

私もダーリンも断然ネコ派!!
犬は人間に媚を売るし、大声で吠えるし、何から何まで世話をやかないとだめだし、
何よりも人間にあまりにも忠実なところがどうも退屈だ。
冗談を言ってからかってみても、犬は「わーい、もっと面白いこと言って!」としか返ってきそうにないけど、
ネコだったら「おまえはアホか、つきあいきれんわ」などと面倒くさそうに
答えてくれそうだ。そういう方が私には心地よい。
犬はちょっと重たい。こちらが主人となってリーダーシップをとらなければならないから・・・。
会社から帰ってきて、「遅いやないかい、コラ。はよメシ入れんかい」
と言わんばかりに、のんべんだらりと寝ころんでいる寅次郎を見た途端、
ふううっと肩の力が抜ける。

獣医はいつも大盛況だ。
診察を待っている間にも電話が何度も鳴り、急患が入る。
次々にいろんな犬や猫が現れる。ちょっと楽しい。

「ほらほら、やっと着きました〜」
おばあさんが洗濯ネットをかついで入ってきた。びびびとネットのチャックを下ろすと中にネコが入っていた。
私は席をつめておばあさんに勧めた。おばあさんの肩に首を乗せながら、私の顔をじいっと見つめるネコ。
「あらーかわいい」
ネコを見ると話しかけずにはいられない。
しかもそのネコの模様は、私が中学生の頃、初めて飼ったネコにそっくりだった。
撫でてやると目を細めていた。ますますかわいい。
「この子、きれいなおねえさん、好きですねんわ」
おばあさんにおだてれれた私はますます調子に乗る。
「男の子ですか?」
「そうですねん。でもな、去勢したんでな、おちんちんありませんねん」
すると、おとなしかったネコ君はいきなり姿勢を変え、おばあさんの顔にネコパンチを浴びせた。
「あぁあぁ、『余計なこと言うな』いうて怒ってますわ」
「ハハハハハ」
もう、何をされてもただただ可愛い、それだけ。どこの家もおんなじ。

おばあさんの家にはなんとネコが10匹いるという。
ご主人がネコ好きで、次々拾ってくるらしかった。
「ちーっとも世話せんと拾ってくるばっかり。しかも今はあの世にいますねん。ネコいっぱい残していきましたんや」
獣医に来ていたネコ君は今ではおばあさんの腕となり足となり、
来客があると知らせ、電話がなると知らせてくれるらしい。
「ネコはアホや、てみんな言いますけど、そんなことあらしまへん。ネコはすごく賢いんです、ホンマに」
それには私も全く同感。「そうそう!ネコは賢いですよね!!」
おばあさんのご主人は病院で息を引き取ったらしい。家に帰るとネコ君は全てを察したようににゃあにゃあと鳴き叫び、遺骨が家に帰ってくると、そのそばを片時も離れず、三日間、何も食べずにいたそうだ。
「あぁ、かわいそうに・・・つらかったねえ」
そう言って頭を撫でてやると、ネコ君はまた目を細めた。

ネコは本当に賢い生き物だと思う。一緒に暮らしているとわかる。
とにかく勘が鋭い。霊感が働いているのだろうか。
いつもは話しかけても知らん顔しているのに、ここぞという時には本当に助けになってくれる。
いやなことがあって暗く落ち込んでいるとき、ヤツは必ず現れる。
前足でドアをノックして、そろりそろりと上目づかいで入ってくる。
「にゃあ、にゃあ、どうしたんだよー?暗い顔しちゃってさあ」
なんて言いながら。そして傍らにやってきて神妙な面持ちで見つめる。
何かなぐさめの言葉でもかけてくれるのかと思いきや、
ふわああと大きな口をあけ、よっこらしょ、と丸くなって眠るのだ。
でも。
その静かな寝息とふわふわの丸い身体に触れるだけで心が軽くなったことが今まで何回あっただろう。


待合室にまたネコが現れた。今度は大きなケージに入っている。
ウチの寅次郎にもあれくらいの大きさのケージを買ってやったほうがいいかもな、思っていると、
飼い主のご婦人がケージのふたを開けた。
中にはまっしろなネコが2匹入っていた。さらに布のバッグからも白いネコが出てきた。合計3匹。
「うちも10匹飼ってます」
おやおや、うらやましい。たくさんのネコに囲まれて暮らす毎日。
「大変でしょう、10匹も」
と言ってみたが
「2匹でも10匹でも一緒ですよ、ネコは」
と、ご婦人は笑っていた。
その柔らかな笑み。
ネコ好きに悪人はいないのだ。

問題のウチの寅次郎。
とうとう医師の宣告を受けた。
「どーすればいいんですか・・・?」
途方にくれる私に医師は勧めてくれた。
「肥満治療用のキャットフードがあります。サンプルを今日お渡ししますので、試してみてください」
そう、寅次郎は『肥満宣告』されてしまったのだった。
去年体重を量ったときは6.75キロ。今年は7.1キロになってしまった。
今までは「ちょっと太りぎみですねえ」
で、すんでいたのだが・・・今年はズバリ『デブ』と言われた。

帰り道、
「ちきしょう、あの医者だってデブやんか、なぁ」
ダーリンは黙ってうなずいていた。
医師に罪はなく、感謝すべきだとは充分にわかっているけれど・・・
やはりウチの息子を『デブ』呼ばわりされたのは気が悪い。

さあ、明日からダイエットしよ。寅次郎!!!