3.クッションから跳ね返るときの挙動 (前ページへ) (to english mainpage)
3−1.クッションと跳ね返りについて
ビリヤード台のクッションはラシャで覆われたゴムがエッジ状に突き出している。その先端の台面からの高さが微妙に決められている。その高さが玉の直径の70%であるとした力学的話が散見されたが、実際はスリークッションで60%、ポケットで63%である。但しメーカーによって少し差はあるとされる。
直径の70%というのはそこに打撃を与えた玉が滑らずに転がり状態で飛び出す高さである。本稿でも撞点について離芯率 1としている位置でもある。しかし玉台メーカーではこの70%の高さでは玉の跳ね返りが実用上不安定であることを経験上知っていて、強くクッションに当たることの多いスリークッション台ではより安定な跳ね返りを考慮して60%にしている。ポケットの場合はクッションへの速度がそれほどでもないことから跳ね返りやすさ考慮して63%に決めたと思われる。
まず玉がクッションに垂直に単純転がりで当たった場合を調べる。試合開始のバンキングに見られる玉の動きの基本でもある。
Fig.3-1-1 クッションに垂直に当たった手玉の速度変化 (11-3-18差し替え)
Fig.3-1-1 について
・手玉を図の位置から右方向に 0.85m/s の初速で上端近く(離芯率 0.9)を撞いている
・図は手玉が跳ね返って止まるまでの速度の時間経過を示している。撞き始めと跳ね返り直後はラシャに引きずられ減速している。
・クッションへの出入り速度のV1とV2の比はクッション特性によって決まる。従ってメーカーや個々の台によって±0.1程度異なってくる。
・跳ね返り直後のすべり始めの速度とすべり終わり速度のV3とV2の比はラシャの状態にかかわらず常に5/7の値をとる。
・実際上はクッションに当たるときの速度V1と跳ね返って転がり始める速度V3が重要で、V3/V1はスリークッションではほぼ0.6である。つまりクッションからの跳ね返りで速度は60%になる。但しメーカーや台ごとに差があり10%ぐらいのばらつきがある。
玉がクッションに当って跳ね返るとき、直前の入射角、速度、回転軸角度、軸まわり角速度、などの要因とクッションとの相互作用によって跳ね返り直後の状態が決まる。従ってクッションの特性をどう見極めるかが解析上重要となる。
以降では回転軸傾き角度の変化が常に出てくるので補足しておく。
転がる玉の回転軸角度はその玉の併進エネルギーと回転エネルギーの比から決まる。両者が等しくなる角度は50.8°である。玉の後ろから見て左に傾きそれが水平となす角度である。50.8°で転がっている場合は上から見て左回転である。従って右回転で転がっていて両者が等しくなるのは129.2°である。
玉が台上をクッションに跳ね返りながら大きく右回りをしているとき、玉は上から見て当然左回転であり後ろから見て回転軸は右下に傾いている。クッションに当たる毎にこのエネルギー比が変わり、それに従い軸の傾き角度が変わる。おおむねクッションに垂直に入るほど大きく変わる。
次に跳ね返りの一般的な状況として大回しで玉が台上を回る場合の詳細を見てみる。
Fig.3-1-2 標準的大回しに見る玉の回転軸角度の変化 (11-3-18差し替え)
Fig.3-1-2 について
・左下隅から初速 2.7m/s、撞点 40°で 31°の方向(長辺10ポイント)へ撞いている。緑色部はすべり状態、黒色部は転がり状態である。
・特徴的なことはクッションから撥ね返り直後にすべりながらカーブしていることである。経験的に知っていることであり解析の初期時期の結果としてこれが得られたときは以後の作業の大きなモチベーションとなった。
・撞点 40°で撞いた玉はすべり終わって軸角度は 32.4°になり、そのまま上クッション当たった玉は 41.8°になって跳ね返っている。同様に他のクッションにおいても跳ね返り直後は軸角度は大きくなるがいずれも
30°〜40°の軸角度で転がっていることがわかる。
・但し左下の2つの跳ね返りは状況が異なる。下クッションと右クッションにおいては逆回転でクッションに当たっている。下クッションにおいては 39.7°→17.5°と大幅に回転軸角度が小さくなっており回転エネルギーが大幅に減少したことを示している。
・その後右クッションに入った玉は鋭角に跳ね返っている。このように逆回転で小さい角度でクッションに当たったときはより鋭角に跳ね返る。このような跳ね返りを「立つ」という。初歩の段階で覚え好んで使われる。
玉の回転がクッションに対して逆スピンになる場合を含めて詳しく調べる
Fig.3-1-3 クッションへの入射角の変化に伴う跳ね返り軸角度と速度の変化
Fig.3-1-3 について
・手玉を真右90°を撞いて中央手前位置から110°90°70°の3方向に 1m/s の速度で撞いている。
・撞かれた直後の回転軸角度は90°でまっすぐに立っているがわずかなすべり距離の中で51.5°まで減少し転がり時の軸角度となっている。
・ 1m/s で撞かれた玉は直後に 0.714 m/s まで下がり、クッション直前では 0.661 または0.664m/s の速度になっている。
・跳ね返ったあと転がり始める速度は 0.372 0.452 0.530 m/s と大幅な変化がみられ、その後の走り距離に大きな差が出ている。この差はクッションに当たった際に失うエネルギーの大きさそのものである。110°では逆スピンで損失が大きく、順スピンの70°では損失は小さい。
・入射角が110°や90°で跳ね返った玉は回転エネルギーを大きく失うので軸角度はほとんど水平になっている。このことは実際の台上で容易に目視で確かめられる。
上図の中央にある真上90°方向に玉の右端を撞いた場合について詳しく述べる。
クッションから跳ね返り直後、回転軸傾き角度は75.4°から12.8°に短時間の内に変わっている。その時間変化を次図に示す。
Fig3-1-4 クッションから跳ね返り直後の回転軸傾き角度の変化
Fig.3-1-4 について
・表示角度について再度補足。 0°は回転軸が水平。 90°は回転軸が鉛直で上から見て左回り。 右回りは角度が負になる。
・初めにピークがあるが双曲線状に12.8°に収束している。時間は 7/100 以内。
・初めのピークは次図と一緒に述べる。
・入射方向を更に左上方向にすると曲線は全体に下がりピークも小さくなり変化時間も短くなる。
次に跳ね返り直後の回転進行方向の変化を調べる。
Fig3-1-5 クッションから跳ね返り直後の回転進行方向の変化
FIG.3-1-5 について
・この図では台上の方向角度を用いている。左方向を0°とし、左回りを正、右回りを負としている。
・跳ね返り直後の90°は玉が真上に向かって転がるような角速度を持っていることを示す。その方向は1/100秒以内に上から右方向へそしてほぼ真反対のマイナス数十度まで変えている。この部分は前図の初めのピーク位置に対応している。
・跳ね返り直後に上向き方向の回転があるのはクッションの高さ条件から出てくる。
・この初期の上向き方向の回転は、玉の進行方向とほぼ逆であるため摩擦により急速に減少させられ前図のように回転軸角度は垂直に近づき初期のピークを作る(前図)。
上2つの図に速度変化を加えれば玉がクッションから跳ね返るときの全貌が明らかになる。とくに回転の向きの変化は早く、上図では1/10000毎にプロットしたが変化が急峻なところでは点が離れている。跳ね返り直後に転がりの向きがまず本来の進む方向に瞬時に変わり軸角度が追いかけるように水平になるよう変化していくことがわかる。現実の玉を高速度分解で見たとすると、向きや軸角度の変化が急速すぎて表面模様が回転状を示さずねじれるような移動となるはづである。
玉の右を撞いて、進行角度が70°のように順回転でクッションに当たるときは回転進行方向も軸角度の変化も小さく滑らかな跳ね返りとなる。図にはないが進行角度が110°のように逆回転になる場合はピークは滑らかで跳ね返り速度も小さくなる。その分すべり時間も少ない。
この項のまとめ
・クッションに当たって跳ね返る玉の微小時間内の挙動が力学的解析によってのみその特異な詳細が明らかになる。その変化は急速で高速度カメラで分析しても表面が回転移動に至っていないため詳細を知ることはできないと言える。
11-4-18 文言改 15-4-10 一部改 以上
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