P.ポケットビリヤードにおけるスローを発生させない撞き方
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スローはポケットビリヤードにおいて的玉に手玉を当て的玉をある方向に行かせようとしたときその方向よりも前方にずれることを言う。そのずれの大きさを確認するのは容易である。右サイド手前から遠くの左コーナーポケットを斜めに狙い2つの玉を接してまっすぐ並べる。手前の玉に別の玉を当てれば先の玉は必ず左コーナーポケットに入る。
しかし別の玉を長クッションに沿った方向でこの手前の玉の真芯に当てると先の玉は衝突点が同じであるのに左コーナーポケットから外れたところに行く。およそ2個分くらい右にずれる。つまり多くの場合、幾何学的に正しい接点に当ててもポケットに入らないことを意味している。従って、熟練者が次々と玉を正確にポケットに入れていくときは何等かの対策や修正が工夫、実行されているはずである。
スローが起こる原因は言うまでもなく衝突時の摩擦である。玉表面の摩擦が無ければ衝突点において働く力は的玉の中心に向かう力だけでありスローは発生しない。表面に摩擦力が発生すれば中心に向かう力との合成で的玉の進行方向にずれが生まれる。
玉の表面の摩擦係数はその表面の付着物の有無によって変わる。ビリヤード場では水分や油脂の付着が十分考えられ、空調の度合や人の手の触れる頻度に左右される。従ってスローの値はいつも同じではない。
このことは、静止した的玉の衝突点に対する手玉の衝突点の速度を解析的に求め、摩擦と考え合わせてスローの値を割り出すという正攻法が徒労に帰す恐れが大きいことを示している。
この視点から衝突点における手玉の面速度を0にする条件を求め、スローを無くすという方向で考えた方が有効な結果が得られ、価値があると判断される。ここで言う面速度は的玉の方向をずらす原因となる水平速度成分である。


 P−1.転がり衝突で衝突点の手玉の水平速度が0になる厚みと回転軸角度

  Fig P-1-1

 手玉が転がり状態で的玉に衝突角度αで衝突するとき、手玉の回転軸の傾き角度θを選ぶと衝突点における水平速度成分を0にできる。その解を求めた。
ただし以下では的玉の右側を狙う場合について述べる。左側の場合は全て対称的になる。

       α : 的玉の進行方向角度      
       θ : 衝突時の手玉の回転軸角度   (撞点角度に等しい)


とすると

       θ=arctan(sinα)

という関係が得られた。
次の図Fig P-1-2を訂正するに当たり、この式が正しいかどうか2015-7上旬に再計算した。図解による別方法によっても同じθとαの数値関係が得られ正しいことが判った。 

この関係をプロットすると下図になる。この図からα=90°でθ=45°であり、その中間では比例値よりもかなり大きい値となることが判る。

  Fig P-1-2  (2015-7-6 改)

         

α=90°のときは下図Fig P-1-3のように手玉が的玉に接して通り過ぎる状態であり、このとき上記式からθ=45°が得られる。このとき下図からわかるように手玉の接地点と的玉との接触点は同じ周速となる位置であり、ともに対地速度は0であって水平方向の力は発生しない。
 
  Fig P-1-3

一方、α=0の場合は手玉が的玉に真正面衝突するときである。手玉の衝突点はその最前部の点である。この点の水平速度成分は回転軸が真横(θ=0)であれば0である。鉛直方向の速度成分が大きく存在するが的玉を横方向にずらせる力にはならない。
このように手玉を的玉の右側に当てるとき(0°=<α<90°)、衝突点における手玉の水平速度成分を0にする、つまりスローを発生させない回転軸角度は 0=<θ<45°の範囲にあることがわかる。

上記の解は手玉が転がって衝突するときのものであって、これに基づいてキューで手玉を撞く瞬間の条件を求めなければならない。
手玉がすべりながら的玉に衝突する場合については後述する。



 P−2.キューで撞いた玉が滑ったあと転がり始めるときの軸角度

キューで撞かれた直後の手玉は一つの例外を除いて必ず滑る。滑る間に回転軸角度は順次変わり、滑り終わって転がり始めると軸角度は一定のままとなる。

ここに初期軸角度と撞点角度との関係を再度述べておくと下図の通りとなる。

  Fig P-2-1
        

図のように撞いた瞬間の回転軸角度と撞点角度は同じ値θになる。回転軸角度は水平から、撞点角度は鉛直から右回りに角度をとっている。従って撞点角度±180°は玉の真下を撞く角度である。

なお離芯率Spは撞点が中心からどれくらい離れているかを表しており、中心から半径の40%の位置のときSp=1とし中心を撞くときSp=0としている。中心から真上でこの位置Sp=1のところを撞くと玉はすべることなく初めから転がるため方向が最も安定する。

キューで撞かれた玉がすべりから転がりに移る間の回転軸の変化を別項の Fig 1-1でも提示したが再度示す。ここでは撞点を同じにしたまま初速度のみ変えて結果を重ねて表示している。

 
   Fig P-2-2
   

手玉は撞かれた直後から軸角度を減少させながらすべり進み、転がり始めると軸角度は一定になる。このように撞点位置が同じであれば、初期速度に関係なく転がり時の軸角度が同じ値になることがわかる。つまり手玉を撞くときに転がり軸角度を想定できることを示している。

そこで転がり始めるときの軸角度θを撞くときの撞点角度θstで表わす関係式を求め次式を得た。


      θ=arctan((7・Sp・sin(θst)/(5+2・Sp・cos(θst))

          Sp  : ショット時の離心率 
          θst : ショット時の軸角度(撞点角度)
          θ  :  転がり始め時の軸角度

この解析解を見ると手玉の初速度やラシャの滑り摩擦係数が含まれていない。撞く強さや台のコンディションに関係なく離芯率Spと撞点角度θstだけで転がり時の軸角度が決まる。従ってそれが的玉に衝突するときの軸角度になる。

なお、関係式で表わされるθとθstについては別項で数値計算でグラフ化はしている。一部加筆して再掲する。ただしSp=1とした。


   Fig P-2-3
   

前述の通りスローを0にする転がりの軸角度は45°以内であった。この図からそれに対応するショット時の撞点角度(軸角度)は59.34°以内である。その範囲においてはこのグラフも上に膨らんだ値をとっている。大まかに言えば転がりて当てる場合は撞点は60°以下で撞き、その角度の約3割減が転がり初めの軸角度、つまり衝突時の軸角度になると言える。

一方で、ポケットゲームで手玉の下を撞く人を見かけるが、この図から160°などの撞点の場合でも転がり時の軸角度が45°以内に入る範囲がある。しかしカーブが急峻であって結果が定まりにくいことがわかる。ショット時の方向ブレを少なくするために玉の下を撞くことがあるとしても的玉に当るときの軸角度が定まらず不安定なスローが出ると言うことができる。

上記は的玉の右側に当てるときは手玉の右側を撞くという前提の議論である。あと玉の関係で逆の側を撞くときは不安定なスローを見越さなければならない。


 P−3.すべり状態で手玉が的玉に衝突する場合

 一般に手玉を強く撞くと滑り距離は大きくなりすべり状態で的玉に衝突する率が高い。すべりで衝突するときの軸角度をコントロールすることは非常に難しい。主に初速度が精度よく決まらないからである。
しかし、すべり状態での衝突というのは転がり始める前に衝突することであって、その衝突時の軸角度は撞点角度と転がり時軸角度の中間にある。従ってすべりで的玉に当ると想定されるすべり距離を勘案して転がりで当てるときよりも撞点角度を小さめに撞けばおよそ大きく外れることはないと言うことができる。


 P−4. まとめ

以上のようにポケットビリヤードにおいてこれまで定量的に扱われたことのないスローについて解析結果を得ると同時に実戦条件をも述べることができた。
2つの理論式を経由しているため撞く条件を目的条件で単純に表し得ていないが実用的には有効なその撞点位置を把握することはできた。

要点は、撞点が半径40%の位置のとき、的玉の右側を狙うときは手玉の右上60°以内の範囲、左側を狙うときは左上-60°以内の範囲を撞けばよく、その範囲内で厚みとの反比例で撞点角度の大きさをとる。
これらの範囲以外の撞点角度で撞くことは止むを得ないとき以外はさけるべきである。なお、撞点が半径の40%よりも小さく(Sp<1)なるときはやや撞点角度を大きくとる必要がある。


                 15-7-5 改2       以上

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