マッセ
ビリヤードの解析が軌道に乗り始めた頃、マッセの解析まで行けるだろうかと思った。マッセは手がかりが見え難くかった。09年頃には通常の解析と並行して少しマッセも進めていたが、大きなカーブの連続性や的玉との衝突後の処理に解決できないものがあった。
14年にすべり状態の扱いに解法が見つかりマッセに関しても一気に見通しが立った。何でもそうであるが解ってみればたいしたことではない。すべりを2軸に分けて扱っていたがそれらが同時に転がりに至るようにしただけである。
水平撞きの従来のプログラムも見直した。長年かかって細かなことを積み上げてきたプログラムなのでその中心部を改編するのは大変だった。喜寿を迎えた人間にはかなりの時間が必要となった。しかしテーマの一応の区切りとなったので安堵感はある。
マッセはスリークッションだけでなくポケットでも使われる。通常の撞き方では手玉を意図するコースに出せないとき、又はその大きなスピンを生かせて特殊な軌跡を描きたいときに使う。キューを鉛直近くまで立てて撞き、玉は直後からカーブを描いて進む。多くの場合そのまま的玉に当り、方向を変え更にカーブを描いて進む。マッセはかなりの技量が必要であり、ゲーム場ではラシャ損傷防止のため禁じられている。ここに、それらしい体験ができるマッセのシュミレーターの存在意義を見出すことができる。
マッセの解析ははなから3次元で捕えなければならず、解析に不可欠な具体的イメージが浮かびにくい。打点位置、キューの傾き、キュー先方向、打撃大きさ、進行方向などの関係を一般式でひねり出さなければならない。とくにトルクの腕の長さの関係式が面倒であった。
1. マッセの5要素
マッセは次の4つの要素で手玉の初期状態が決まる。
・ 離芯率
球上面において中央から半径の4割の円周上位置を1とする。マッセではキューが鉛直方向から数 度程度振られることが多いので離芯率は1.2程度まで撞けることがある。
・ 撞点位置
玉は撞点位置側に転がる方向で回転するのでカーブさせる内側に撞点位置をとる。角度はX軸上を 0°とし左回りにとる。
・ 打撃力
キューの自然落下±力で制御する
・ 振れ角度
打撃力との積で玉が飛び出す速度を決める
・ 振れ方向
玉が飛び出す方向を決める
2. 打撃の鉛直方向と水平方向成分
マッセにおける打撃はキューをを立てて玉の上面に与えられる。その打点位置は球中心を含む水平面での中心からの距離(離芯率)とZ軸周りの方向角度で表わせる。マッセの場合は必ずキューを斜めにするので離心率が1以上でも撞くことが出来る場合がある。
キュー先は必ず振られるので玉に与えられる打撃力は鉛直方向と水平方向に分けることが出来る。
・ 鉛直方向打撃成分
鉛直方向打撃は玉に並進速度を伴わない強い回転を与えるのみとなる。大きな無駄な分がありそれが大きな音をさせる。この成分の生むトルクの腕の長さは離芯率で表わされる距離でありわかりやすい。
・ 水平方向打撃成分
この打撃成分はキュー先の振れの方向を向いており、その方向への併進速度を与える。同時に玉に回転を与える。回転を生む腕の長さは打撃成分方向延長線から垂直に伸び、玉の中心に向かう線分である。この線分の長さを一般的に表すことができるかがマッセ解析のカギになる。
3. 初速度
打撃の水平成分が玉の併進初速度を決める。打撃力を(力積)、
が鉛直線となす角度(キュー先振れ角度)をを
とすると打撃の水平成分
は
となり、これにより初速度が生じる。
=
この初速度をX軸、Y軸の成分
、
に分ける。但しのキュー先の振れ方向をXY平面上で
としてておく
4. 初期回転角速度
打撃力の鉛直成分と水平成分はそれぞれ玉に回転角速度を与える。
・ 鉛直成分による回転
打撃力の鉛直成分は初速度には寄与しないが下向きに回転力を与える。そのトルクを与える腕は玉を上から見たときの離芯率と半径の積である。
: 打撃力の鉛直成分
:
を受ける腕
よって打撃鉛直成分による初期回転角速度は
∴
: 球の慣性モーメント
となる。
この角速度をX軸、Y軸に投影して各成分を出しておく
: X軸成分
: Y軸成分
・ 水平成分による回転
打撃力の水平成分は球面上の撞点から必ず球内に入り込む。そして球を通り抜けるまでの中央点が球中心に最も近く、トルクの作用点となり、この作用点と球中心までの距離を
とすると
となる。但し
: 撞点から球中心を含む水平面までの距離
:
を含む鉛直な平面と球中心との距離
従って打撃力の水平成分によって生じる回転角速度
は
となる。
この回転の軸はとZ軸を含む平面内にあり、
とZ軸がなす角度が回転軸と水平面がなす角度である。従って
をZ軸成分
とXY平面上成分
に分けると
=
となる。
この回転の水平成分をX軸
、Y軸成分
に分ける。
これで打撃力の水平成分による回転角速度のX軸成分、Y軸成分、Z軸成分が求められた。
・ 各3軸周りの初期回転角速度
以上求めた打撃力の鉛直成分による回転角速度のX軸成分、Y軸成分を合算すれば打撃力
による初期回転角速度の各軸成分が求まる。
: X軸
: Y軸
: Z軸
・ 回転軸傾き角度
回転軸傾き角度はZ軸成分とXY平面上成分から求められる。
5.すべりと各要素の変化
キューで上から撞かれた玉はすべりながらカーブを描く。すべる方向が変わるということはすべり摩擦によって減じられる回転の軸が刻々変わることを意味する。その変化を捕えるためには回転をX、Y軸周りの回転毎の減衰を求める。なおマッセにおける初期の回転は進行方向に対して逆の回転を与えているので初期値は負である。
X、Y軸周りの回転は
である。
Z軸周りは変化を受けなので
となる。
回転のXY平面上の成分は
X、Y軸方向の速度変化は
=
であり、回転軸傾き角度は定まる。
各軸方向の転がりに移るまでの時間(すべりの時間)は
となる。
一般にこの2つの時間には差があり片方が先にすべりが終わる。初期の解析本編のようにそのまま軌跡を描かせても現実との差は小さかった。しかしマッセにおいては水平撞きのときよりもはるかに回転数が大きくと
との差があるときは滑らかな軌跡にならない場合が出てきた。
これに対する対処として解析本編にある通り上記時間差をなくする工夫をして不連続性を無くした。現実のすべりはこの処置をした方が近いと判断される。
これにより2方向のすべりは同時に終わり、各要素が連続性を持って転がり状態に移ることができる。
以上でマッセで走り出した玉の各要素を記述することが出来た。これらをもとに作成したプログラムで玉の軌跡を描かせ、自らの経験のパターンとも比較したがほぼ合致していると思われた。
より確かな確認方法はマッセの競技で示されているコースが再現できるかどうかである。ネットで入手した11のコースについて設定してみると1例を除いてすべて満足すべき結果を得た。
はじめに述べたようにマッセは練習がなかなかできない。ましてや難しいコースであればかなりの繰り返し練習が必要である。それが可能なのはオーナープロでしかいない。
シミュレーターであれば無制限に練習と確認ができる。このシミュレーターはそれなりにお役に立てるはづである。
最後にこのシミュレーターが模擬しきれていないところと注意点を挙げておく。
・玉クッションはできない。 的玉の動きを同時に描けないため。
・クッションに連続的沿っての転がりは扱えない。 クッションには衝突のみとしている。
・極端に大きな回転数でのクッションとの衝突。 正常な跳ね返り角度が得られない。
・クッションに垂直近く往復するバタバタ。 微小誤差の重なりで跳ね返り角度に誤差が出る。
注意点。入力判別を行っていないので数値以外を入力してスタートするとフリーズする。
15-3-15 以上
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