キミの帰還 9
ティアのケーキが切り分けられたその時、ガルディオス邸の庭に巨大な影が落ちてきた。
なんのことはない、よく見慣れた飛晃艇だ。性能の高い機体らしく木の生い茂った庭でも難なく着地する。
皆に見守られる中、搭乗口から降りてきたのはナタリアとアッシュだった。
「やっと時間がとれましたの、ルーク!無事でなによりですわ」
「………?」
首をかしげるルークの横へナタリアが足を早ませる。
その後でアッシュも堂々と歩み寄ってルークに声をかけた。
「ふん、元気そうじゃねえかレプリカ」
「「「「!!!!!!」」」」
アッシュの呼びかけを理解していないルークと驚く一同。
さらにナタリアがマリィを見て高らかに声をあげる。
「まあ!可愛らしい!!この子がルークとガイの子供なのですね?どことなく幼き日のガイにそっくりですわ!!」
「「「「!!!!!」」」」
「……」
「俺と、ガイの?」
呆けるルークにアッシュが怒鳴る。
「レプリカの劣化した脳は記憶も壊れやすいのか!あれだけ心配させといて何ボケてやがる!」
「劣化…」
不安げに彷徨った瞳がガイへと行き着いた。
「ルーク…」
ばれてしまったか、でもこれでルークとガイは正当な恋人として、マリィの親として会話することもできるようになる。
震える細い肩にガイは手を伸ばす。これで長きに渡る喪失を取り戻せると信じて。
この時ガイはルークの混乱を心配するよりも、事の露見が嬉しいという気持ちが先立っていた。
「……っ」
しかし、見つめ合ってガイの気持ちを敏感に感じたルークはガイの手を振り払い、庭の奥へと駆けていってしまった。
「なんだ、あいつは」
ろくに挨拶もなしかと怒るアッシュにジェイドが寄った。
「さすがキムラスカの王族のなされることは訳が違いますねぇ、ここ一月の私達の苦労もお二人の前では無意味でした」
「なんのことだ」
ティアが額に手を当ててナタリアとアッシュに聞く。
「ルークの記憶喪失と身の上を当分本人に伏せておこうってこと、伝わっていなかった?」
「ああ、何てことですの!うっかりしてましたわ!!」
「ふん、まだ治ってなかったのか。愚図な野郎だ」
最強。
いともあっさり禁を破ってみせたナタリアとアッシュに対し、ガルディオス邸滞在組の心中はこの言葉でいっぱいになった。
民に対する気配りは申し分ない、しかし二人とも時折どこか抜けている。
「…もう、いいわ。隠していたことはバレたのだし…」
「傷心のルークは今いずこ!!ショーゲキテキだもんね、でも驚いて落ち着いたら結構だいじょぶ!かもよ?」
騒ぐ皆に背を向けて、ガイはルークを追う事もなく立ち尽くしていた。
目の合ったあの一瞬。どんな事実よりも誰よりも、ガイがルークを追い詰めた。
ルークは、自分の身の上についてショックは受けていなかった。レプリカだということも劣化という言葉をかけられてもそれには頓着していなかった。
『事実を知ったルーク』へのガイの反応だけ気にしていた。
そして、ガイが寄せた期待はルークを傷つけた。
「ガイ、追わなくていいのですか?」
ジェイドが眼鏡を持ち上げて問う。
「だって、俺は…」
「今、ルークの傍に行けないなどと言うのですか?あれだけ想っていた割には諦めが早いですね。
記憶の戻らないルークではあなたにふさわしくなかったのですか?もうルークに会えなくて構わないとは」
「そんなことまで思ってない!!」
「同じですよ、早く追いかけねばあなたは二度とルークに会えないやもしれません」
真剣に語るジェイドにガイはそんな馬鹿な、と返した。
広いがここはガイの家の庭だ。ルークが手の届かないところまで行けるはずがない。
「自分のお屋敷なのに疎いんですねぇ。ここはグランコクマでも最もテオルの森に近い場所。
あなたのお庭の奥なら実際、森と続いているでしょうね。検問所がありますが、抜けることは可能です。
あなたもよく知っているでしょう?」
「なんで、それを早くに言わないんだ!!」
卓上旅行が趣味なら当然知っていると思いまして…というジェイドの返答をガイは聞きはしなかった。皆がガイへ振り向くのすら待たずにルークの後を追う。
見慣れた雑木林の間をくぐり、ルークは奥へと疾走した。
明かされた事実に驚いたから、ではない。
ガイラルディアを『ガイ』と呼んでいたと聞いた時、響いた鼓動と痛み。
はじめてガイに許可をもらってそう呼んだときの安堵。
生きていくに欠かせない元素、暖かさ、そういった雰囲気をガイから感じたこと。
金に輝く髪の色合いが、ずっとルークが守ってきて毎日触れている子供のものと酷似していること。
何よりあれだけの想いをぶつけてくること。
確信がないだけで、そうかもなと思っていた。
あれはマリィの父親かもしれない、と。
悪いと思いつつ、優しさに寄りかかり、感じた疑問に蓋をし、知らないふりをしてガイが全てを話すことを禁じ続けてきた。
ガイがルークに求めているのはもっと強い結びつきと思うから。特別で強い関係。
それがどんなものか、聞いたって真似や振りじゃ得られない。
自分ではガイを満たしてやれない。
でも真実が晒された。これからガイは過去のルークとの記憶を語るだろう。
実感がないルークにとって別人である自分との日々を、楽しそうに。
ルークにとっては寂しいその行為を、思い出してくれたらとの願いをかけて、ガイはやめないだろう。
そして失望していく。
届きそうで取り戻せない。もどかしい位置でずっとガイに帰ってこない『ルーク』を探させ続けなければならない。
ルークも、ガイに近づいて全力で想ってやりたいけれど、過去の自分と重ならない今の自分を蔑む気持ちが邪魔をしてガイに近づくことに躊躇う。
ガイに従っていればそのうち思い出せる。そう期待していたけれど一ヶ月が過ぎた。言葉を交わしても肌を重ねても記憶は戻らない。もう思い出せないのかもしれない。
なら会わないように遠くへ消えたほうがマシだろう。心地よい関係を不毛なものに染め上げてしまわないうちに、ガイの手の及ばないところへ。
ルークが庭番業で追い払ってきた魔物は庭の奥から繋がる森より来ていた。うまく抜けられれば人目につかずに移動できる。
マリィも、と戻りかけたルークだが、庭番小屋ではなく森の奥に向かう道のほうを選んだ。
身一つで隠れるルークと行くより、伯爵の子供として育てられた方がいい。
ガイが自分との子を粗末に扱うわけがない。だから、このまま行こう。
追いつかれないように早く、見つからないよう木々に隠れて慎重に。ルークは別の土地を目指し始めた。
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アシュナタって最凶天然カプだと妄信してます。
論文と同時進行で書き出して
この話のが枚数多いってどうかなあ
2006/2/3
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