キミの帰還 10



「結構歩きにくいんだな、ここ」
 検問所の兵士を避けたら魔物だらけ、急な坂と頻繁に出くわす池。
 土地勘がないため森に入ってからあてずっぽうでルークは先へと突き進んだ。
 記憶にあるかぎり魔物とは1、2体ずつとしか戦ったことがない。しかしここではそれ以上の数が襲ってくる。その相手を一人ですることに体力を奪われた。
 泥濘に足を滑らせて、ルークは大きな木の洞に滑り込んでしまった。
 奥の闇でいくつもの小さな光が開く。
「…やっべ…」
 狼型の魔物が多数、体を横たえていた。
 普通、今ルークが取っているほどの間合いがあれば襲っては来ないはずなのだが、魔物は次々ルークに飛び掛る姿勢をとった。
 外に顔を出したものは真昼なのに遠吠えまでしている。
 仲間を呼ぶんだ…。
 何故とつぶやきかけて理解した。
 これは復讐なのだ。ルークはずっと彼らの仲間をガイの庭から追い出した。ほとんどは殺した。だから今、飛び込んできた天敵を見逃さない。
 復讐者。
 無言の恨みを孕んだその瞳をなぜかルークは甘く懐かしく感じた。
 歯向かう気と力がルークから失せて。剣の切っ先は地面へと下がってしまう。
 動かなければ殺される、死にたくない。
 手に力を込めて剣を振ったが、気をそがれた時に魔物たちの連携の準備を与えてしまった。上や後ろに回りこまれていて、斬っても斬っても降りかかってくる。
 俺、死ぬのか?
 生きたいと、生きていたいと思ってせっかく生き延びられたのに。
 湧いた思いに気を取られている暇はなかった。一人きりで大勢を相手にするなんて知らない。
 いつも、誰かがいたから。
 必死の剣で切り裂いて、木の空洞から抜け出す活路を作った。
 暗い巣穴から飛び出して、ほんの一息つく。
 必死のなかで閃いた思いは瞬く間に消えてしまった。
 互いに後ろを向いていたものが背中合わせで向き合わない、もどかしい感じだ。
 ルークは奥からあふれる考えを掴もうと息を詰めて胸を抱え込んでみる。無駄だった。
 心の波はこれより上がらない。
 時間を食ってしまったことに気がついて思考はここで中断した。
 進まなければ追いつかれる。
 青々とした草を踏みしめたルークだったがその足はすぐに止まった。
 視界を埋める紫の体毛。狼型の魔物がルークの行く手八方を塞いで飛び掛る機会をうかがっていた。
 木の洞からはルークが殺さず逃げてきた魔物がうなって隙を窺っている。
 一鳴きとともに彼らは一斉に飛び掛り、かわしきれなかったルークの右腕と右足からは血が滴った。
 噛み切ったルークの血まみれな服の切れ端を銜えて魔物達はルークへと輪を狭めてくる。
 確実に狩る気なんだ。
 追い詰められても剣を離さず戦うルークの耳に、離れた位置からの魔物の断末魔が届いた。
 風に薙がれるように数が減っていく魔物たちの間から、金のすじが見えた。
 ルークが何より深い縁を結んだ黄金の髪。
 ガイの姿を見る前に顔を背けた。見てしまったら、離れられない。
 離れられないのに互いを傷つける関係に堕ちてしまう。
 ルークが避けた方向の敵はガイがあしらったため、ルークは背後の心配がなくなった。
 前方に見える魔物にだけ注意できれば怖くない。
「ルーク」
「……」
 もう危険なほどの数の魔物はいない。少々の会話なら支障にならないだろう。しかしルークはガイに答えなかった。ガイの方も見ない。
「ルーク、答えなくていいから。聞いていてくれ」
「………」
 静かにルークは魔物を斬り続けた。ただし、ガイの声の聞こえる範囲内でしか動かずに。
「俺は、おまえが昔を思い出せないのは思い出したくないとおまえが願ってるからと思ってた。…辛いこともあったから」
 背中合わせの背が時折かする。そんなに近くても、ぶつかって行動の邪魔になる心配が二人ともなかった。呼吸を知り尽くした足取り。
「だからおまえが傍に来てくれるようになってからは過去のおまえの影をチラつかせて、思い出しやすくなるように仕向けた」
「…」
「逆効果だったよな、ずっと俺のこと思い出そうと頑張ってくれてたってのに。俺も混乱しちまってルークに記憶がないルークは別物だって勘違いさせた」
「…勘違いじゃない…別物だよ。俺、ガイの横にいる資格ないんだ」
 やっと口を開いたルークの声は小さかったけれど、ガイは聞き漏さなかった。
「一緒だよ、…卑屈なこと言いだすとこも全部」
「…でも…俺…」
 二人を囲っていた魔物の最後の一匹が片付いた。背中合わせのまま上がった息を整える二人を、音素を散らした清廉な風が冷ます。
「ルーク、結婚しよう。ホドを立て直して一緒に暮らそう」
「おい、ガイ」
 それは言う相手が違う、今の自分に言っては駄目だ。振り向いて言いかけたルークだが思わず言葉を呑んだ。
 背中合わせのままだと思っていたのに、ルークが後ろを向くとガイはすでにルークの方を向いていた。
 戦闘後ずっと、ルークの背中を見つめていたのだ。
 抱いた時のように過去のルークを見ているのではない。ガイが目に映すのは今ここにいるルーク。
「俺で、いいのか…?」
「他に誰がいる?」
「……ちゃんと記憶のあったころの俺」
 うつむいて頭を下げているルークの頭にガイの手が伸びた、わしゃわしゃと髪をかき乱される。
「だーかーら、一緒だって!ちょっとド忘れしただけさ、この先また記憶喪失になったって同じ、俺の好きなルーク・フォン・ファブレだよ」
「……ガイっ」
 ルークはガイの胸に飛び込んだ。多くの迷いを経て、ついにその場所に収まる資格を自身に認めさせることができたのだった。

 森は歩くのに向いていないので検問を通り平野に出た。
 検問所の兵は不審そうな顔をしていたがガイが身分を示すとあっさり通してくれた。
 森を迂回して戻るから首都まで戻るのに時間がかかるけれど、検問所の兵が渡してくれた食料はたっぷりとあったのでルークはガイとの二人、旅気分を満喫していた。
「なあ、ガイ。俺っておまえとどこで知り合ったんだ?」
 マルクトの貴族とキムラスカの王族なのに。晩餐会か?
 赤毛を揺らして歩くルークの後ろでガイは答えに窮した。
 せっかく結婚に「うん」と言ってくれたのに、復讐すべく乗り込んでめちゃめちゃにしてやろうとした先で出会った、と言わねばならないのか。
 しかし今更隠し立てして後ほど誤解に繋がっても…。
 ガイが歩みを緩めて頭を抱えているとルークが笑ってガイを茶化す。
「なんだよ、言うの恥ずかしいようなとこで会ったのか?教えてくれよ。ガイ〜」
 苦笑を浮かべて、ガイは成り行き全てを話すことにした。けれど前を向いて戦慄する。せかすルークのすぐ背後にオーガーが現れ、巨大な腕で一撃をルークに浴びせる。
「ルーク!!」
「っ!!!」
 ルークが殴られる音と、飛ばされた体が地に落ちる音。
 ガイは素早くオーガーの横に回りこんで、ルークを背に庇った。
「ルーク!無事か?」
 返事がなくても敵から目は離せない。
 打ち所が悪かったのではとガイが心配しだしてやっとルークが返事をした。
「俺は…大丈夫。ちょっと体、打っちまったけど」
 加勢に背後から飛び出したルークの顔は血の気が引いていた。
 体力が目減りしているのに無理をして戦闘に加わっているのがわかる。
 すぐにでもカタをつけてやる!
 ガイは本気で剣を薙ぎ、暴走する気持ちと同調した音素でオーガーを弾き飛ばす。
「気高き紅蓮の炎よ!燃え尽せ!!」
 ガイが秘奥義に入ることを察知してルークは邪魔にならないようオーガーから距離をとった。
「鳳凰天翔駆!!!」
 ガイの放つ炎が、天へ昇る様をルークは緑の瞳に映す。
 足りなかったのは、これだ。とルークの心にじんわり灯がともった。
 風の中を駆けて足りなかったもの、ガイだ。暖めて、焦がれさせる。
 かつてルークは聖なる焔の光と呼ばれたことがあった。そして思ったものだ、自分が光であるのならこの紅蓮の炎の光であると。
 ほとんどの時をガイが傍に居てくれたから過ごせていた。
 最期の時の、炎と同じ色に染まる空。
 はじめて離れて見た暗青い海や白い花。
 絶望に打ちひしがれた魔界や去っていく仲間。
 切って散ったルークの長い髪。
 ぼんやりと覚えている初めてガイの名前が呼べて、ガイに褒められた瞬間。
 オーガーを葬ったガイが剣を納めるまでにルークは全てを思い出した。
 本当だ、俺だ。思い出せても、出せなかったままでも。
 ルークの元に戻るガイにルークからも歩みだす。
 ルークにとってガイは存在するために必要な炎、ガイにとってもルークは欠かせない光。
 変わらなかった。離れても、忘れても。
 ガイの前でルークは肩をすくめて微笑む。
「あータルかった」
「ルーク、おまえねぇ…、………」
 ガイが数度目を瞬く。
 わずかな雰囲気の違いを感じたらしい。
 ルークは目を見張ったガイと向かい合った、きっとガイは喜ぶからその顔を見逃さないために。
「…ただいま、ガイ」
 ルークの予想通り、ガイは満面の笑顔をみせる。
「……おかえり」
 きついほどにルークを抱きしめてガイが尋ねる。
「…記憶をとりもどしたんだな」
「還って来たんだよ。一部、遅れてたけど」
 譜石も音譜帯もくっきり見渡せる青空の下で、ルークとガイはしばらく固く抱き合っていた。

「にしても再会したばかりのルークはさみしかったなあ、俺のことなんて眼中になくて」
「そ、そんなことねーよ!」
 気になっていたからこそ見ないふりをしていた節があったのだ、とルークが弁明するとガイが意地悪く笑う。
「そうだよな、仮にも恋人だもんな。あ、違う。身篭ったルークを放ったらかしにした最低男だったわ」
「…またそれかよぉ…」
 うなだれたルークだったが反撃を思いついてガイを横目で見る。
「ほんと最低男かもなっ。俺いやだって言ったのに無理やり、シたし」
「…ごめん」
「ちょ、ガイ。マジになるなよ!俺は、別に…」
「別に?あれはあれで良かったか?なら今日は…」
「ガイっ!!!!」
 振りかざされるルークのこぶしを避けながらガイは街道を進んだ。
 グランコクマが近くに見えてくる。
「ははっ、でもまずは結婚式の報告と準備だな!丁度みんなが集まってるし。戻ったらすぐ衣装と教会の手配だ」
「…ガイ、おまえ今ピオニー皇帝のとこで働いてるよな、似てるぞそーゆーとこ」
 ルークのつぶやきは都合よくガイの耳に入っていなかった。
 潮の香りと、水音が聞こえてくる。青い街までもうあとわずか。
 
 グランコクマに戻り、ルークの記憶が戻った旨を伝えると仲間達は盛大に喜んだ。
「これでやっと、マリィのことも安心ね。両親がいるのといないとでは子供の気持ちは大分違うのよ」
 ルークが飛び出していた間マリィの面倒を見ていたティアが微笑みながらマリィの手をルークにつながせる。
「お、おう。今まで心配させて、ごめん」
「私はいいわ、もっとはらはらしていた人に言って頂戴。ほらルーク、思い出したのなら真っ先にマリィに伝えるべきことがあるでしょう?」
「え……?」
 意図が伝わらず目をぱちくりさせるルークにティアはこめかみを押さえながら言う。
「マリィに父親を紹介しなくちゃ、そうでしょう?」
「あ、ああ!」
 首を傾げるマリィに笑顔を見せてから、ルークはジェイドと話しているガイを呼ぶ。
「マリィ、改めて紹介するな、お前の父上だ」
「ちちうぇ?」
 マリィがガイの服の裾を掴んで見上げる。
「ちちぅえなの?」
「ああ、そうだよ」
 ガイは即座にしゃがみこんで、まだ幼い娘を抱きしめた。
「感動の再会、という奴ですねぇ、いやあ泣けます泣けます」
 言う割にはふてぶてしく笑顔のジェイドの横でアッシュが苦い顔をする。
「…ふん、たかがガイとレプリカのガキが再会した程度で…………ちっ」
 そのまま退室したアッシュをアニスが冷やかした。
「嬉しいくせに〜。素直じゃなーい。ナタリアくらい素直ならいいのに」
 部屋の隅でナタリアはハンカチを握り締め目を潤ませる。
 ミュウにいたっては回転加えて飛び跳ねっぱなしだ。
「あれぇ?大佐。どこ行くの?」
 外気を感じたアニスが見ればジェイドが部屋の戸を開いている。
「つまりは、これで一件落着ですからね。私はこれで失礼しますよ、陛下に一刻も早く報告しなければ。
ホドにケテルブルク並みのホテルが必要だと」
 片目を閉じて見せるとジェイドは軽やかに場を立ち去っていった。

 後日、結婚したばかりのガルディオス伯爵と夫人が跡継ぎを連れてピオニー2世の元を訪れ、元エルドラントのホドを領地として与えられた。
 以後、目覚しい勢いで復興したホドはマルクトでの譜業開発の第一線を担う都市となる。


END
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終わった…長めの連載やるなんて思ってもみなかったから(しかも女体で…)
無事終わって一安心
詰めたいこと詰めてたらこんなに長くなってしまいました。
それでも無事最後にたどり着けたのは拍手やコメントくださった方のおかげです。
長々と呼んでくださった方、ありがとうございます。お疲れ様でした。

最近、女体ルーク置いてるサイト様が増えてなんだかよりトキメキを隠せなかったり。
もし、この先も女体格納庫の品がぽつぽつ増えたとしても生暖かい気持ちで
まだやってんのかこの野郎、とでも言ってくださいな。

2006/2/10
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