05.仇の息子2



「離れろって!これはまずいって、わかるだろ!!」
 引き離したルークが勢いのまま倒れても怪我がないようにベッドへ向の方へ、突き放す。
 その考えが甘かったらしい。
 ルークはガイの背に回した腕を離さず、けれどガイの押すままベッド側に力と体重を預けた。
 そのためバランスが崩れてしまった。ルークだけでなくガイまでベッドに倒れこんでしまう。
 ガイはベッドから立ち上がろうとしたが、倒れこんでも背で組まれたルークの手は離れていなかった。
 ガイがルークを押し倒したような体勢になっている。
 自覚したら熱っぽかった体が火照った。頬が熱い、逃げない熱が頭まで熱していく。
 追い討ちをかけるようにルークがガイの首元に顔をすり寄せた。
 立てもしなかったころからの、ガイに甘えたり、我侭を言うときのルークの仕草。
 誰よりも自分に遠慮なく我侭を言って頼ってきてくれることが嬉しくて、弟のように可愛く思うけれど、今は違って…。
 ガイはルークから目をそらした。
 ヴァンに飲まされた薬のせいで可笑しくなってるんだ、ルークだって催眠をかけられてるに違いないとかぶりを振る。
「ルーク、俺たちはヴァン謡将に嵌められてる。だから……」
「師匠は俺を嵌めたりなんてしない!」
 語気を強めてルークは言った。
「ヴァン謡将の言うことの方を信じてるのか、俺の言うことより?」
 ガイの胸で元々持っていた以上の熱い感情が沸く。
「だって、師匠はおまえみたいにふざけたりしねぇもん…」
 心許してるから、ふざけあえるんだよルーク。お互いに。
 仇の息子なのに、成長が嬉しくて、我侭が誇らしくて、過去を切り捨てられる姿勢に尊敬して。
 憎まないといけないと思ったのに愛情を感じれるから、俺なりの親愛を見せてるのに。
 ルークはガイよりヴァンに懐いてる。その事実にガイがこんなにも胸を焦がされるのは初めてだった。
 ヴァンはルークに情なんてこれっぽちも持ってない。
 ルークが誘拐から戻ってかなりの時間がたつのに、基本以外は技一つしか与えていないのがいい証拠だ。
 いつか障害になるかも知れないから、必要なければ極力自分の手の内を明かさない。
 それなのに、自分とヴァンとどちらを選ぶかと聞かれたらルークはヴァンを選ぶ。
 壁があるからこそ誠実に見えることに気づきもしない、子供だ。
「…ガイ、怒るなよ」
 黙りこんだガイに悪いと感じたのかルークから話しかけてきた。言葉は乱暴だがこれが彼なりの謝り方なのだ。
 ただ一人に接したときを除いて。
「怒ってなんかないよ」
 愛しく思ってるから悔しいんだよ。
 ヴァンの思う壺だ。悔しい、この感情含めてヴァンの計算通りだろう事が癪だけど。
 心も体も限界だ。
 守るように、逃れられないように、ルークを腕の中に閉じ込める。
 ガイは身を満たすあらゆる熱に従うことにした。
 そうすれば、ルークのヴァンに対する考えも変わらないかと期待して。 
 
           




 汗が冷えて息が整った頃、ガイは抱えていたルークの額の髪を払った。
 じっくりとその顔を眺めた。口を薄く開いてて、心地よさそうに目を閉じている。
 こんな顔を自分に見せてくれるけど。
「ヴァンか、俺か聞かれたら。ヴァンを選んじゃうんだろうなおまえは」
 この野郎、と髪をくしゃくしゃにする。
 またガイが梳いてやる羽目になるのだけれど。
「…ちっげーよ。ガイだぜ」
 目を細めてルークはガイを睨んだ。
「お、おまえ、起きてたのかっ」
「起きてちゃ悪いかよ」
「いや、別に」
ヴァンを呼び捨てにしていたところを聞かれてガイは動揺したが、ルークは特に気にしていないようだった。
「師匠がいないのには慣れてるけど。おまえがいなかったことなんてなかったから、慣れらんねぇよ」
「………」
 照れたルークは体を回転させてガイと反対側を向く、ガイは手を伸ばして後ろ向きなままのルークを抱きしめた。
「ああ、俺も、おまえがいないのには慣れるの無理そうだわ」
 

 差し込んだ朝の光でガイは目が覚めた。
 ところが起きて目に入ったのはルークでもルークの部屋でもなく。ガイの部屋の壁だった。
 脱いだはずの服も着ていて、乱れた様子がない。
「…一体…、昨日のことは…」
 夢か、しかし記憶は生々しすぎる。
 手を握ったり開いたりしてみた。この手に触れた髪と肌は幻じゃない…はずだ。
 室内のペールと共同で使っているテーブルの上に赤飯が置かれていた。ペールが朝飯を運んでくれたのだろうと手に取るとメモが落ちる。
 メモには滞在しているヴァンに会いに行け、という内容が書かれていた。

「よお、ガイ」
「ルーク!!」
 中庭に出るとガイは早速木刀を持ったルークと出くわした。
 コイツもっと照れてもいいもんじゃないか!?と独白しつつガイは一度そらした視線を徐々にルークへ戻す。
「ルーク、あのさ…」
 体の調子はどうなのかと尋ねる言葉は当のルークによってかき消された。
「あー昨日は昼からずっと寝ちまってなんもできなかったなぁ、せっかくヴァン師匠が来てるのに」
「………ルーク?」
 昨日のことを指して『なんもできなかった』というには色々ありすぎたはずだ。
 やはり自分勝手な夢だったのだろうか。
 ガイはルークに詰め寄る。
「ガイ、こちらへ。ルーク、稽古の準備をする。少し待っていなさい」
 ヴァンの声が中庭に響いた。
 ルークを後回しにしてガイはヴァンについていくことにした。  

「どういうことだ」
 人気のない廊下で二人きりになるとガイはヴァンに問うた。
「昨夜の状態のままで朝にメイドが入るわけにはいかないだろう?」
「じゃあ、ヴァンが…」
 事後処理含めガイを自室に運んだのもヴァンらしい。
「指南できなかった分、別で責任を持っただけだ。気に病むことはない」
「………」
 昨夜聞いていやがったのか、と聞くことは止めておいた。
 はっきり答えを知ればもっと落ち込むことになると心の防衛機能が働いて。
 ガイは別の方向に話を向ける。今最も気になっていることだ。
「ルークの様子は……」
「一夜の夢。元からそう暗示をかけていた。安心しろ、あれは今朝よりまた貴公の仇の息子、だ」
「……っ」
「貴公も一夜の夢と思って切り捨てよ。我が計画に情を入れている余地はない」
「俺は……」
「……今は貴公がルークをどう思おうと構わない。来る日に支障にさえならなければ」
 ヴァンは中庭のほうへとって引き返す。
「さあ、稽古だ。ガイ、いつも通りの務めを果たせ」
 例え想いが通じた時間を奪われても、ヴァンがガイに良かれとしたことだ。
 静かに廊下を行くこの人を憎むこともできない。
 昨日の稽古で使うはずだった定時連絡のサインを思い浮かべてガイもまた中庭へ向かった。


 稽古が終わってからがガイの仕事だ。散らばった防具や武器や人形の片付けに入る。
 終わったのは日が沈みかけようかという頃だった。
 自分の部屋へ戻ろうと中庭を通りがかるとルークが居た。
「今日の稽古、絶好調だったじゃないか」
 とくに体の不調はないらしいと安堵しながらガイはルークに話しかけた。
 ガイの意識は昨日までとすっかり変わってしまったのに、ルークは変わらず横暴・我侭・師匠連呼のルークだった。
「ん、ヴァン師匠がいい夢みれるっていうから昨日ずっと寝てたんだけど、一日潰しただけあっていい夢みたからな」
「夢のおかげで調子いいのか?」
 調子崩しそうなことしかなかったのに?とは言えず疑わしげにルークを見つめる。
「ああ、いいよ。覚えてねーけど。ほわっとした夢だったかな」
「そう、か」
 ガイは少し顔をうつむかせて笑うとルークに後ろを向けて中庭を後にしようとした。
 このままここに居ればルークを心配させる表情しかできそうにない。
「ガイもヴァン師匠に頼んで見せてもらえば?」
「もう、見たよ」
 ガイは振り返らないまま片手を振って返事をした。
 ルークは過去に囚われはしない。
 あるのは今とこれからだ。
 だからガイからも過ぎたことは言い出さない。
 できるのは、今、傍に居ること。これからも、傍に居続けられるよう祈ること。
 

 


                     END
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2006/1/6
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