ジェロントロジー・高齢社会の人間学をテーマにしています  老いのつぶやき

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港の夜景


              四葉クローバー   老いのつぶやき
                  
   今ある命、喜びも悲しみも分かち合える相棒がいる幸せを実感しています。
  特にガンの告知を受け、治療のための入院中は、医師・妻・人々のこころに
  感謝の念で一杯でした。
   ひとりごと、つぶやきなどなど。老いのつぶやきでしょうか。
  病室でつぶやいていたようです。
         

マーク 1) 何時かは一人になる

    妻や兄弟姉妹などと多くのこころを通わせることができる親族はいますが、
  人間に限らずこの世に生を受けたものは、何時かは一人になります。
  高齢期に入り特に最後のことを色々と考える時間が長くなったようです。
   楽しい死はなどはありませんが、きれいな善かったと言える人生、人生を
  まっとうしたと言える死はあると思います。
   自分が無くなれば妻が一人になります。
  その妻が、安心して日々暮らせる何かを残したいものです。
  それは、お金だけではありません。むしろこころの財産を残しておきたいと
  考えています。当然にお金も大切ですが・・・。
  良かったねと人々から言われる日々が過ごせるように準備するのが
  私の仕事と考えています。
   人生の相棒として今のうちに多くのことを話合い、こころを決めておきたい
  と考えています。
   人間高齢者となってもいろいろと仕事はあるものです。これで安心と言う
  限界は見ることはできませんが・・・。  


マーク 2) ストレスと認知症

   体調が、悪いような気がする場合には目に見えない、感じることもない、
  よく判らないストレスがあるようです。早く気づき対処できればいいのですが、
  気づくことなく、やり過ごしますとストレスが溜まり、体調も、
  こころも侵されてくるのではないでしょうか。

   認知症に影響したり、体調を崩したりとあまりいいことはありません。
  ストレスを感知し、それに早く対処することで解決できると思います。
   高齢期のストレスは対処できないストレスは多くはないと思っています。
  他人から見れば大したことでないことに悩んでいる方にも時々出会います。
  一人で抱え込まずに話し合いの場などに出て、話を聴いて貰うことも大切です。
   会話と笑いはストレスの解消と認知症の予防にとっては最大の薬です。
    
マーク 3) 「安心」こそ幸せの財産

    安心ってどのようなことでしょうか、お金も必要ですが、お金で安心できますか、
  和歌山のドンフアンのようになりますし、お金はそこそこ生活できたらいいように
  思います。では、高齢期になった安心できる要素はどのようなことでしょうか。
  お金も必要でしょう。友人を持つことも大切でしょう。親族と仲良くすることも
  大切でしょう。
   しかし、それらは今必要と言ってすぐにできるものではありません。
  長年の準備が必要と考えます。
  お金のことは今さらジタバタしても私には到底無理な話です。
  日々の生活を普通に過ごせる程度のもので満足しています。
  と言うか、満足するしか今さらに仕方のないことです。

   親族は、大切ですが、常に近くにはいないのが親族のように思います。
  親族の仲はこじれますとこれほど厄介なことはありません。
   地域に出て、グループに参加して、趣味の勉強をして、家を出て多くの人々と
  接触することによる友人が本当に大切と考えています。
  友人と接触すると言っても相手は自分とは当然に違うことをお互いに認識すること
  が大切と思っています。

   適当な「者間距離」を持つことでしょう。車の運転と同じです。離れすぎない
  近づきすぎない適当な人と人の距離感をもってお付合いすることだと考えています。
  
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4) アドバンス・ケア・プランニング

    ガンと告知され、余命6ヶ月~1年と医師との会話において、アドバンス・ケア
  ・プランニングについては話し合いはしませんでした。
  しかし、手術前の話し合いでは、術後体力については話し合いました。
  手術では、2ヵ所の摘出であり、「体力の減退は必ずある」と医師に言われました。
  「現在の体力に比較して何パーセント位ですか、寝たきりになるようですと
  手術はしません」医師「60パーセント位かな」「成功確率は」医師「90~95」
  この会話にて手術を決心しました。これは「アドバンス・ケア・プランニング」
  とは言えないかも知れませんが・・・。

   患者が、意思表示できなくなる終末期に於ける医療方針を自身の意思で前もって
  決めておくことです。
  本人・家族や医師等々と前もって話し合ってくことです。

   延命治療については終末期に於いては本人の意思が確認できない場合には、
  医師も家族もみんなが困ります。と言って難しい事であり、
  元気な時には延命治療を拒否した本人が、実際の場面では延命を願うようになる
  ことも多々あると言うことです。

  「アドバンス・ケア・プランニング」とは
    現在から命が終わるときまでを通じて「どこで、どのような生活をしどの
    ようなケアを受けてどのような人生の最終の場面を迎えたいかを考えること。

  
「リビング ウイル」とは
    自分自身の医療行為について判断ができなくなったときにどのような医療行為
    を希望するか、もしくは希望しないかを事前に考えておき、その内容を書面に
    記したもの。

   これらの必要性は多くの人々は認めるものの実際に書面にしている方は
   少ないようです。 
  
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5)定年は人生の始まり

   定年とか、実際に仕事(お金の)を離れると人生は最終と考えている方々が
  多いような気がします。
  本当の人生は、仕事を離れ、儲けを卒業して初めて人生が始まると考えています。
  仕事の時代は、本当の人生の下準備と思います。

   高齢期となり、残りの日々を勘定できる今こそが人生と思っています。
  最後の時は必ずやって来ます。
  良かったねと言われる人生は今から始まります。
  よく聴く言葉ですが、「子供にはお世話にならない」と言いますが、
  私は、先ず妻にお世話になります。親族にもそのように声かけをしています。
  「本当の人生は、定年後に始まる」ということです。


                        シニア ライフ アドバイザー
                               岡島 貞雄


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