公平の中の不公平


私が、W中学に勤務した頃。
職員会議であることが議題になった。
それは、ラグビー部の生徒の朝食のことだった。
ラグビー部はほぼ毎日、朝練習をしていた。
W中学を創部した、K先生の方針だった。
理由は、やんちゃ坊主を集めてラグビー部を創部したのだが、その生徒たちは夜になると
夜遊びをし、問題ばかり起こしたのだった。
そのために、朝練習することによって夜遊びをやめさせる為に朝練習を実施したのだった。
朝練習は、公式戦の日を除いて続けられていた。
もちろん、K先生は毎日、生徒を校門の前で迎え入れていた。
生徒たちは、朝食も食べずに学校にやってきた。
少しでも朝寝坊したいがためだった。
しかし、お腹はお昼まで持たない。
そのために、生徒は昼食の弁当まで持たないために、全員朝食用の弁当を持参していた。
練習が終わり、部室で食べるのだった。
そのことが問題になった。
というのは、校則で昼食時以外、校内で飲食をしてはいけない事になっていた。
ある生徒が、お菓子を休み時間に食べていて、指導されたときに、
ラグビー部は、朝ご飯を食べていると開き直られたのだ。
そのために、その教師が「ラグビー部も公平に朝食を食べ無いように、指導してほしい」
と提案したのだった。
K先生は、猛烈に反論した。
「ラグビー部の生徒は、朝練習している。食事の時間を削っている。
朝食を家で食べれば、朝練習できない。朝連をやめろと言っている事と同じ事だ。
3年前を思い出してもらいたい、学校が荒れた時には、誰もが朝連を支持した。
それが、少し落ち着くと不公平だという。
彼ら達は、一生懸命に練習している。
その生徒とお菓子を食べている生徒と同じにしてもらいたくない。
それこそ、公平の名に借りた不公平だ。
XX先生が、『もし、学校で朝食を食べたいのなら、部活で朝練習しなさい。
先生が許可を取ってあげるから・・』と指導すれば済むことではないのか?」
とK先生は反論した。


確かに、問題提起した先生は、正論である。
「ルールを守りなさい。」と教えているのだから、しかしこの場合生徒に負けているのだ。
私は、お菓子を食べていた生徒に対して、論破するぐらいの話術が無ければ、
教師の資格は無いと思っている。
残念ながら、問題提起した教師が現在大半なのだ。
これは、保護者やマスコミにも大いに責任があることなのである。

私の知り合いの教師がいる。
ある部活の顧問をしている。
部活に熱心で全国クラスだ、進路指導も熱心である。
大半の保護者からは、高い評価を受けている。
しかし、体罰もするが「昔かたぎの先生なのだ。」
ある母子家庭の生徒がいた。
お母さんは、小さな居酒屋を切り盛りしていた。
当然、夕方や昼間に家庭訪問できない。
そのために、部活が終わりその居酒屋に家庭訪問に出掛けた。
話が終わり、夕食をそこで食べビールを飲んだ。
当然お金は支払った。

それから、しばらくして右翼が、学校の近くで街宣車でそのことをがなりたてた。
「体罰教師を許すな。」「保護者の店で酒を飲むな。」
ご丁寧に、教育委員会や校長室まで乗り込んできた。
もちろん、右翼は保護者ではない。
「ある保護者からの投書で糾すためだ。」とのたまわった。
「公平に、生徒を扱え!!」と怒鳴りたてた。
私は思う。公平って一体どういう事だろう。
公平という名の『不公平』がまかり通る世の中になっているのではないだろうか?