与論島へGO!!


私が、2年生の7月のある日、雑誌を持ったZさんがボックス(部室)にやってきた。
(1年前にもなかったけこんなシーン)
その雑誌は若者の総合情報雑誌だった。
その雑誌の記事のなかに「今年は与論島が熱い!!」
と言うタイトルがあった。
Zさん軽井沢に懲りずに、またナンパ旅行の計画だ。Qさんが退学してから、Zさんは
元気がなくなっていたが、ようやくエンジンがかかってきた。
記事は、こんな感じの記事だった。
「いま、与論島では、ナンパの熱いバトルが繰り広げられている。」
「与論銀座を歩こうものならどんな、もてない君でも彼女をゲットできる。」
「なぜなら圧倒的に男性だ少ないのだ、8対2か7対3の割合で女性の方が多いのだ」
「女性群もナンパされにきており、少々のもてない君でもゲット可能」
また、お金のない貧乏学生の為にフェリーで行く、ツアーまで掲載されていた。
おまけに、フェリーの中でもナンパできる記事も乗せてあり、匿名の大学生が行き帰り
のフェリーの中でのセックスの体験談まで事細かく掲載してあった。


「行くしかない!!!!」
Zさんは、万年女日照り症の部員を前に、旅行社の社員になっていた。
行くメンバーは。Zさん、Oさん、Yさん(3年)N(2年)U(1年)
の計5名だ。私は不参加、アルバイトしなければならなかったのだ。
(現在、この内2人が教師、2人が警察官である)


なるべく安いツアーに申し込んだために、フェリーで行くことになった。
船中2泊、現地2泊のツアーだった。
安いツアーのために民宿で5人1部屋だった。
1年から3年までの混成ツアーだったが平等に約束事を決めていた。
1番最初にナンパできた者が、民宿を独占し、残りの4人は自力でナンパし女性のホテルが
民宿に転がり込む作戦に出たのだ。(この時点でメチャクチャ)
フェリーの中でナンパする気力充実の、万年日照り症の男たちは乗船してがっくり、
女性がいないのだーー。万年日照り症の男たちばかりだった。
女性もいることは居たが、遠い昔の女性だ。
Zさん達は「こいつらもあの雑誌見てんやろなーー」と話していた。
いよいよ出航、目的の女性の居ない退屈な船旅、それは船酔いとの戦いだった。


与論到着!!5人は、休む暇もなく与論銀座へ、行ってみてびっくりだ。
女性が居ないのだーーーー通りの両サイドには、男がズラーーリ、
たまに女性がとうりかかると・・
血走った目で追い掛ける。
2連れの女性が歩く、2組の男性がナンパ、断られたようだ。
次の男性がまとわりつく、また断られる。
5人は、その光景を見て、ため息をつきながら、ビーチヘ行った。
もう、自由行動だ、2人でビーチでナンパする者、レンタルバイク借りて、島を探索
する者、そんな中、Zさんだけは、あきらめていなかった。
1人の女性に目を付けていたのだ。マットレス型の浮きに寝そべり、
海の上を漂っている女性1人だ。連れは居ないようだ。
潜って行き、その女性の前に急に現れ、きっかけを作る古典的な手法にZさんは賭けた。
「見事ゲット」民宿はZさんの一人部屋となった。
残りの4人は、夜おそくまで、与論銀座を徘徊したが見事に振られつずけ、
寝る所もなかったので、仕方なしにビーチの近くにあった廃屋に4人は2日間、寝泊りした。
Zさんは、2日間その彼女と共にし2年間使ったナンパ旅行代金は回収した。
旅行から帰ってきて、合宿に向けて始動が始まった日この話を私は、ボックスで聞いていた。
延べ11名の万年日照り症の部員たちを、振り回したナンパ旅行は以後計画されなかった。
使ったお金も延べ数拾万円。ゲットした女性1名。
セックスの回数延べ4回。割りに合わないのだ。
この話がボックスで終わった頃。Oさんが雑誌片手にボックスに入ってくるなり。
「おーいZ、与論ちゃうぞ、あそこあかんねんてーーー」
「旬は。新島らしいでーーーーーーー」