リーグ戦も終わり、5位に沈んだラグビー部にオフは無かった。
例年は、大学の後期試験に入るために、そのまま2月いっぱいまでオフシーズンだった。
しかし、監督が「練習をやる。」の一言でオフは飛んでしまった。
だが試験の最中は、練習が休みになり、学籍番号と名前を書くだけの試験を私も受けた。
試験当日大学へ行くと・・・・・・・騒がしいボックス(部室)何かあったな?直ぐに感じた。
ちょうどZさんがいたので「どうしたんですか?」と尋ねると・・・・・・・・・
「Qがなーーカンニングバレたんや。」と険しい顔をして言った。
「ええーーーみんなしてますやん、余程大胆にしたんですか?」
「おお、1年のPおるやろ、あいつに代わりに試験受けさせよってん」
「ええーーーそら、アカンわーーー先輩!!」
「今な、おっさん(監督のこと)とPとQと3人で学生課に行ってるわ。」
私は自分の試験会場に行き、試験を受けた。
始まる前に試験官から「今日、カンニングがありました。決してしないように!!」と注意があった。
試験が終わり、ボックスに行くとQさんは、苦笑いしながら座っていた。
「Qさん、どうなったんですか?」と尋ねると・・・・・・・・
「おう、後期試験全科目0点や、処分は教授会で出るらしいわ」と人事のように答えた。
「まっ、おっさん(監督)も頑張るから、大人しくしとけって言うとったわ」
暫らく、とりとめのない話をしていると、午後からの試験の時間になった。
すると急に、Qさんは「Z、俺・・・・・大学やめるわ」と言い出した。
みんな、びっくりした。
「先輩、残り2年間で単位を取りましょうよ!!」と私は言った。
するとQさんは「アホ、俺はな1年の時、18単位しか取れてないねんど」と言った。
Zさんは、「考え直せや、俺も大学おもしろ無くなるわ」と説得した。
「俺はな、惰性でラグビーしとってん、もうホンマは高校でやめとかな、アカンねん」
「高校でやられ過ぎてもた、もう充分や・・・・・・・・・・・」
Qさんは、「燃えつき症候群」に掛かっていた。
決して大きくない体で、厳しい練習を3年間やりとうした。
そして、全国大会にも出場し、3位にもなった。
心の中で何かが終わり、高校時代の、あの「燃え立つエネルギー」が湧いてこないのだった。
プレイヤーとしての自分の限界もわかるし、なにもかも中途半端にやっている自分が嫌だったのだろう。
私たちは黙り込むしかなかった・・・・・・・・・
Qさんは立ち上がり「ほな、帰るわ!!」と行ってボックスから出ていった。
大学内で見たQさんの最後の姿だった。
それから2年後、私は偶然にQさんと地下鉄の車内であった。
Qさんはニャリと私の顔を見て笑った。
「先輩、久しぶりです!!!すごい体になっていますね!。」
「おう、いま85sやーーー15s太ったわ」
「でも、先輩!これウエート(トレーニング)ででしょう。」
「そや、プロレスのジム行ってんねん。」
Qさんは、マッチョに変身していた。(すごい体になっていた。)
「先輩、今からラグビーやったら名選手ですよ。」
「アカン、ラグビーはもうええわーー」
「先輩、今何してるんですか?」
「おう、エロ本の自動販売機の会社やーーー、楽やし、給料ええし、暇やからジム行ってんねん」
「エロ本を、詰め替えるだけの仕事やーー、よう売れるでーーーーー」
私は他大学の友人といたので、そのまま別れた、もう少し話をしたかったが・・・・・・
しかし、それから1年後、Qさんから電話があった。
「おう、XX(私の事)久ぶりやのーーー」
「先輩、お久しぶりです。!!お元気ですか?」
「おう何とかなやってるわーー、ところで頼みあんねんけど・・・・・・」
「先輩、言ってください!!出来ることやったら!!」
「今度、結婚するんや。」
「えーーー、本当ですか?えらい早いですねーーーーーーーーーおめでとうございます。」
「結婚式に出てほしいねん。」
「わかりましたーーー喜んで出席させていただきます。」
「先輩、相手の人はどんな方ですか???」
「それやーー実はな・・・・・・・・・・・・・・・」
私は絶句してしまった・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
瓢箪から独楽の結婚式につづく・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・