サイバー老人ホーム

11.乗鞍岳・上高地の旅(番外編)

 

今回の旅は番外編続きであった。何が番外かと云うと、今迄は「青春18きっぷ」を使っての旅であったが、今回は、どうしても一部特急列車を使わざるを得なくなったのである。勿論、計画不行き届きという事でない。どうやってもお決まりの「老人時間」までに目的地に到着しないからである。ならば年寄りのくせにそこまでのこのこ出かける必要があるのかと誰もが考える所である。

 
しかし、誰でも若き頃の思い出もあり、もう一度行って見たいところと云うものはある筈で、勝手ながら私のそれは我が故郷信州「上高地」だったのである。そこで恐る恐る例によっていつものメンバーに提案したところ、前以て予定があった四人を除き十人の人が参加して、更に老いたる新人一名が加わり、総勢十一人で出かける事になったのである。

 ところがことしはなぜか番外が多く、七月八日の台風十一号の襲来により、あまり台風とは縁も薄かった信州木曽地方で大雨による土石流が発生し、中央線南木曽町の鉄橋が流失するという災害が発生したのである。いささか出足をそがれた感があったが、JR東海のホームページを見ると、「約一カ月で復旧」という事で安堵したのである。ところが今年は何故か大水の災害が多く、八月二十日には広島市で18号台風の豪雨による土石流で大災害が発生し、痛ましい多くの犠牲者と、家屋の流失を引き起こしたのである。

 このような時期に御用済みの老人とは言え、のこのこと遊山に出かけるのはいささか不謹慎と思ったが、我々もそう遠くはない未来にお傍に参る事に免じて、日本人の平均寿命の赴くまま平均年齢七十五歳の爺四人、婆七人が九月七日朝七時五十二分生瀬駅を出発したのである。

 途中、米原駅からは前回の「伊良子岬の旅」と同じ十時三十分発の豊橋行きに乗り換えるが、前回の混乱に懲りて尼崎駅で一電車早い東海道線新快速八時二十二分に乗り換え、一路旅の人となる。と云いたいのだが、ここで旅慣れない爺の悲しさ、前回「伊良子岬の旅」と同じ六番線と案内書に書いたが、実は乗ってきた宝塚線と同じホームの十番線だったのである。幸い健脚で旅慣れたE婆さんの気転により事なきを得た次第である。

 次の番外は、全行程の乗換の際の乗継において、全て各自の座席を確保できたことである。これは出発に先立って、通常、列車に乗る場合は、人間の心理として前の方に足が向くか、後ろの方か考えたところ大方前の方だと考え、全て後方車両に乗った方が得策と判断し、後方車両を利用することにしたのである。その結果、行き帰りとも全員が座席を確保できたという番外より望外の幸運に恵まれたのである。

 勿論、唯一の特急、名古屋・松本間は往復共座席指定とし、お互いの顔を確認できるように左右の座席をボックス状に確保したのであり、平均年齢七十五歳の老いぼれながら、この程度の知恵がまだ残っていることを証明したのであり、旅を通して気分良く過ごした。

 なお今回の特急列車利用に際し、JRのジパング倶楽部加盟者はその恩恵を受ける事になるが、今回の旅行で3人のメンバーが新たに加入する事になり、共に同じ目的を持った者同志であり、割引料金のメリットは、メンバー全員で公平に享受させていただくことにした。

 さて、特急「しなの11号」に乗り換えて、松本には14時3分に到着、ここで「アルピコ交通」と信州らしからざるハイカラな名前の私鉄に乗り換えることになるが、ここで又一つ番外が有った。通常ならば改札口で切符を買って入るのでだが、わざわざ松本駅から百メールばかり離れた「アルピコ交通」の営業窓口まで出かけ、ここで「2デーフリーパスポート」と云う乗車券を購入したのである。

 この乗車券、一枚5150円とかなり高額に思えるのだが、さに非ずで、今日と、明日の「アルピコ交通」のバス・電車は全て乗り放題というすぐれものである。最初は、「ウッ」と一瞬思ったが、松本駅から島々駅に至る過程、当日の宿、例によって「休暇村乗鞍高原」に至る電車・バス料金の変動を料金表示板で眺めているうちに得と納得がいった次第であった。尤も、チケットの方は車内で車掌に申し出れば購入できるというのは聞いていたが、障害者(私)の手配について聞き漏らしていたので、健脚を誇るE婆さんの提言に従う事にした。

 斯くして、16時23分には宿に到着し、6時からの夕食に合わせ、それまでに爺様どもは一風呂浴びたが、婆様どもがどうなったかはここからは治外法権である。

 いよいよ夕食が始まって、例により飲み物の注文をするわけだが、ここでも一番外があったのである。それを何かというと、注文した飲み物が、清酒は熱燗で・・・・、3本、ビール中ビンで3本、この中ビンと云うのは休暇村の場合のスタンダードである。

 何が番外かと云うと、今迄平均年齢以上に生きて来たとは言え、11人からの人数の会食の飲み物が、清酒銚子3本、ビール中ビン3本と云うのはいまだ経験が無い。今回は、婆さんたち主体に運営してもらおうと思っていたので勿論異存はない。さすが、途中でお銚子3本を追加したようだが、おかげさまで顎が外れるまで心行くまでよくしゃべり、たらふく食べさせていただいた。

 申し遅れたが、当日の夕食、翌朝の朝食、まったく申し分なかった。料理は休暇村にあって最もスタンダードなバイキングで「地の食材を堪能「信州バイキング」」とある。勿論、額面通り地の食材を使った料理であり、決して華やかではないが、すこぶる美味である。


 「こごみ」、「野沢菜」など我が洟垂れ小僧の頃から食べさせられたもので、中でも出色は「イナゴ」の佃煮であった。戦前、戦後は実りの秋が近づくと母親が造った布袋を渡され、毎日のようにイナゴ採りの行ったもので、いわば準主食の位置を占めていたのである。従って、蛋白質の少ない時期に、私の体はイナゴの蛋白質で出来上がっているようなものである。と云うわけで、イナゴの佃煮を食べるのは何十年ぶりであり、まさか「休暇村」で食べられるとは夢にも思ってもいなかった。

 夕食後、一時間ほどの空きがあり、その間、風呂に入る人は入り、その後、カラオケルームを利用して、時ならぬ音楽会と相成った次第である。ただ、カラオケについて、我が愚妻などを含め老人会の「カラオケクラブ」に加盟している婆さんが何人かおり、音程がひと頃より更に外れたとはいえ、私などは全くお呼びではなかった。

 ただ、残念なのは設定に手間取り、最終的には係の女性職員に手伝ってもらって漸く開演に漕ぎ着けたのである。
翌朝、昨夜に続いて美味い朝食を食べ、八時五十分発の「アルピコバス」でいよいよ最終目標の上高地へ出発である。

ところが、出発に先立って、健脚で山登りが得意なE婆さんから思わぬ提案がったのである。そもそも、この類の旅は私の企画で、今回は冒頭にもあった若き日の名残りを惜しみ、上高地を最終目的地に選んだつもりであった。上高地と云えば大概の人は訪れた事があり、今でも、他では味わう事の出来ない大自然が横たわっている。
その中で、上高地に着く前に大正池で下車して、そこから河童橋まで遊歩道を歩き、自然を満喫する事を是非とも加えたかったのである。

 実は、私が還暦の頃、その頃毎年続けていた兄弟会を白骨温泉で開き、翌日、今回と同じコースを選んだのである。その中で、取り分け大正池の印象は深く心に残っていた。

 
それに対して、健脚のE婆さんから、「高齢者もいる事だし、上高地の一つ前の「帝国ホテル前」に変更したら」と云う提案があったのである。この背景には、前回の「伊良子岬の旅」で、翌日、フェリーで鳥羽に渡り、出発点であるJR鳥羽駅までおよそ一キロ(30分)を、私の足のせいで出発ぎりぎりに辛うじて間に合った苦い経験から、健脚のE婆さんが文字通り老婆心を発揮したのかもしれない。従って、その張本人がこれに反対する理由もなく、E婆さんの提案通りとなった次第である。

 ただ、迷惑をかけた張本人である私は、あの時の反省から帰着後翌日から土日、雨天の日を除き、毎日約1キロほどの距離を歩き回って足を鍛えた積りだったが、私の体は鍛錬だけではどうしようもなく、私自身は、この予定から外れてバスで上高地まで行くつもりであった。

 更のもう一つ、この旅に出発する一週間ほど前に、某民放BSで美人女性タレント二人がこのコースを散策する様を放映しており、現地掲示板や、解説でどれほどの時間がかかるかはおよそ判断できていたのである。

 それを、この度の予定表の中に次のように書き記しておいたのである。「終点上高地一つ手前の「大正池」で下車し、上高地まで3.8キロ(約一時間)の遊歩道があり(中略)、出発時刻の15分前まで到着に支障のない方はご参加をお勧めします。」

 昔から、「一里(3.75キロ)1時間」と云うのは子供の頃から聞かされていて、大正池から上高地までの時間を加えれば、出発時間11時30分までは。悠に一時間二十分余りの散策時間があるだろうと見込んでいたのである。

 結果は、E婆さんの懸念が的中し、普段は馬のように元気な我がカミさんが事も有ろうに食あたりの兆候を見せる体調不良となって、這う、這うの体で引き揚げてきたのである。多分、昨夜来、普段滅多に食べる事のないご馳走を大量に胃の腑に押し込んだことによる結果だったと推察している。ただ、上高地における大正池と、河童橋は歴史的にもそれなりの情緒のある場所で、今回の旅の目玉だっただけに、せめて各人の体力に合わせ銘々に決めさせればよかったと反省している。

 ただ私が一番心配したのは、御夫婦で参加していたM爺さんはついこの前の6月に血行障害で入院・手術を受けた文字通りの病み上がりであり、上高地まで直行するかと思いしや、イの一番に河童橋に帰ってきたことである。

 帰りも、「2デーフリーパスポート」を使って、心地よく居眠りなどしながら、予定通り松本発13時52分発特急名古屋行きに乗って名古屋迄、続いて「青春18きっぷ」を使って後部車両で座席を確保しながら、駄弁り、よく食べながら予定通り宝塚線生瀬駅に19時57分、老人時間からは少々はみ出したが全員無事帰着したのである。

参考
(宝塚線)・生瀬7:52→宝塚7:54(乗換4分)
      宝塚7:58→尼崎8:17(乗換5分)

(東海道線)・尼崎(8番)8:22→米原9:55(乗換35分)
(東海道線)・米原10:30→名古屋11:43(乗換17分)
(中央線特急しなの11号)・名古屋12:00→松本14:03(乗換43分)
(アルピコ交通)・松本14:47→新島々15:17(乗換13分)
(アルピコバス)・新島々15:30→休暇村乗鞍高原16:23
休暇村乗鞍高原泊  長野県松本市安曇4307(0263−93−2304)
9月8日(月)
(アルピコ交通)・休暇村8:50→上高地9;56(散策1時間半)
 終点上高地一つ手前の「大正池」で下車し、上高地まで3.8キロ(約一時間)の遊歩道があり、上り下りの急な坂道もありません。大正池、梓川、原生林など自然を満喫できますので、出発時刻の15分前まで到着に支障のない方はご参加をお勧めします。
         上高地11:30→新島々12:35(乗換17分)
(アルピコ電鉄)・新島々12:52→松本13:21(乗換31分・買い物等)
(中央線特急しなの14号)・松本13:52→名古屋16:01(乗換14分)
(東海道線)・名古屋16:15→大垣16:46(乗換23分)
(東海道線)・大垣17:09→米原17:44(乗換4分・同一ホーム)
(東海道琵琶湖線)・米原17:48→尼崎19:20(乗換10分)
(宝塚線)・尼崎19:30→川西池田1943
      川西池田19:46→生瀬19:57