ブックカバー写真 『雪国』
By 川端康成
日本語の不明瞭さをこれほどうまく用いた小説はない...
言葉の美しさを際立たせるかのような文学作品
 国境の長いトンネルを抜けると雪国であった... 今日はそんな最初の一文であまりにも有名な川端康成の『雪国』をご紹介する。
 今年のノーベル文学賞は中国の作家が受賞し最有力候補と言われていた村上春樹は残念ながら落選となった。そんなノーベル文学賞の歴史においてそれを受賞した日本人はまだ2名しかいない。大江健三郎が受賞した1994年は記憶に新しいが、何より日本人として最初の受賞者となった川端康成の名は永遠に記憶されることだろう。
 『雪国』。東京で海外舞踏の批評やフランス文学の翻訳などをやっている島村は親の遺産で悠々と暮らす男である。妻子がいるにも関わらず冬は雪に閉ざされる温泉街に長期間滞留する。実は今回の旅は5月に滞在した時に出会った芸者の卵・駒子に再会するのが実際の目的だった。
 5月に会った駒子は19歳でたまたま芸者の手が足りず島村の部屋にお酌をしにきて親しくなってしまったのである。汽車がそんな温泉街の駅に向かう時、島村は病気らしい男を介抱しながら同道する女を認める。その男は行男、女は葉子といい同じ温泉街の駅で降りた。今はいっぱしの芸者となった駒子と楽しく過ごす島村。だが島村が街を去る日、駅まで見送りにきた駒子のところに葉子が現れ行男が危篤だから来て欲しい、と言う。実は行男は駒子の許嫁だったが病状が進み治療費を稼ぐため駒子が芸者に出ていたのだ。だがそれを聞いた駒子は死ぬところは見たくない、と拒否してしまう。
 その次の秋、島村はまたしても温泉街を訪れる。2月に来ると言ったのに来なかったと怒る駒子だが毎日島村の部屋にやってくる。駒子と逢いながら一方で葉子と話をする機会を持った島村。なぜか葉子は“東京に連れて行ってほしい”と哀願する。また駒子のことを心配そうに“よくしてあげて下さい”と頼むのだった。
 その夜駒子と散歩に出た島村は映画の上映会場になっていた繭倉の火災に遭遇する。その二階に見える葉子の姿。地上に転落した葉子に駆け寄る駒子。天上を見上げた島村は天の河が落ちてくるような錯覚に捕らわれるのだった...。
 そもそもノーベル文学賞を受賞する、ということはその作品が世界レベルで評価されることが前提である。そして海外の評論家の評価の中には“近代の日本の文学小説の中で日本語の不明瞭さをこれほどうまく用いた小説はない”というものがある。そもそも日本語は主語なしで文章が成立する言語である。島村が駒子に駒子のことを「いい女だよ」という場面。駒子は葉子のことを言っていると勘違いし悔し涙に暮れるのだが“川端の文章は非常に省略された上、わざとぼかしてしまうことが多い”好例であり、言葉の美しさを際立たせるかのような川端文学の神髄を感じさせる。
 尚、『雪国』が最初に発表されたのは1935年。だがその後文章が追加され最終形は1937年に完成。一般には1925年の発表である「伊豆の踊子」が有名だが、1968年のノーベル文学賞受賞はやはり『雪国』の国際的な評価に負うところが大きいであろう。
 ちなみに舞台となった温泉街はどこなのか? これは秘密でも何でもなく新潟県湯沢町とのこと。故に“国境の長いトンネル”は上越線の清水トンネルである。実際小説を読んでも蒸気機関車がガタガタとトンネルを抜けていったかのような記述があるが、この区間はトンネルが多いため開業当初から電化されていたという話である(だが電気機関車に引かれた客車での旅では『雪国』の幻想的なイメージは生まれてこなかったかもしれない)。また川端康成は実際にこの地に逗留しており松栄という芸者に出会った。この人が駒子のモデルだとされている。
 とまあ、いろいろ能書きを述べたがとにかく美しくはかなく幻想的な物語である。だがだからといって実体がないのではなくある意味生々しい肉体の宿った作品である。そしてこれは日本文学が世界に誇る名作として記憶に刻んでおきたい作品でもある。
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