甘い時間
〜ヒカルの場合
※アキラ編と途中から話の内容がちと違ってます。分岐と言った所でしょうか
ヒカルがこの部屋に来たのは近くであった和谷の研究会が遅くなったからだ。
和谷の部屋で泊まることも出来たが、あそこの床は硬いし部屋は窮屈で寝づらい。
終電に間に合うとはいえ、もう帰るのも億劫だった。
・・・なんていうのは言い訳にすぎない。
本当はこの塔矢の部屋に来たかったからだ。
塔矢がいない事は十も承知していたけれど、それでも無性に
会いたかった。
塔矢にはとても言えないが。
1月以上ぶりに来た塔矢の部屋の前で念のためそっと鍵を通し
中へ入る。
塔矢の靴はなかった。
電気をつけ、リビングを見渡した。
主のいない部屋はなんとも寂しくて、冷たい感じがした。
相変わらず塔矢はマメでいなくても部屋は綺麗にしてる。
ちょっと散らかってたぐらいの方が安心するのにな、
そんな事を思いながらヒカルは上着と鞄をソファに掛け
寝室まで足を進めた。
今日1日の疲れがどっと押し寄せていて
そのままベッドに転がり枕に顔を押し付けた。
塔矢の匂いだ。
もうひと月もまともに会ってない。
会う時はこれでもか・・と言う程一緒の仕事の時もあるのに。
ヒカルはもっととばかり枕にしがみつき、鼻を押し付けた。
「塔矢・・・」
募っていく想いにふしだらな欲望がもたげてくる。
疲れているのに歯止めを掛けようとする感情よりもそっちの方が強かった。
一月も触れてない。触れられてない。
塔矢だってこれぐらいしてるはずだ。
もしかしたら、オレを想って、ここで・・・。
慰める言い訳を正当化しようと頭の中で回想する。
それ以前にここで何度かアキラと寝た事があったが・・。
今は自分の知らないアキラの秘め事の方が魅惑的で、
そんな事を妄想したらもう歯止めが効かなくなる。
ベッドサイドに綺麗に畳まれた塔矢の寝巻が目につきヒカルは手を伸ばしていた。
後悔するのはいつも終えた後の事だ。
だから後悔というのだろうな・・。
ぼんやりと起きるのも億劫でヒカルはそのままそこで眠りに落ちて行った。
髪を撫でられて、無意識近くヒカルは顔を布団に埋める。
でもその手は優しくて、ずっとそうされていてもいいような気がした。
そう思った途端この手の主に思い当たって、ヒカルは目が覚めた。
「えっ?塔矢・・・うわ」
至近距離にあるアキラと目が合って慌てて布団にもぐった。
なぜ?だって塔矢のやつ帰ってくるのは今日の午後だって。
「進藤・・・ただいま」
「ただ今・・?って今何時だよ。ひょっとしてオレ寝すぎた?」
「夜行バスを使ったから予定より早かったんだ。それより君は今日は1日オフなのだろう?」
塔矢が夜行バスを使うなんて予想だにしなかった。
「えっと、」
オフだと言えば、塔矢に捕まるのだろうと言い訳を必死に巡らせる。
「や・・・、あ、えっと、昨日はこの近くで和谷のとこで研究会して遅くなって、それで、」
「それで、僕のいない間にここに泊まって僕の寝巻きを着
てるの」
完全にバレてしまってる事にヒカルはカッとなった。
これ以上の事は流石に気づかれるわけにいかない。
「ごめん、塔矢、オレ帰る。お前も遠征から帰ったばっかで疲れてるだろう。退散するから 悪かったな」
アキラがいる方とは反対側から起きたが、あいにくリビングに
向かう扉からはそちらの方が遠かった。
そのまま早足で退散しようとしたが、塔矢の方が一歩早かった。
右腕を取られ、背後から抱き寄せられた。
塔矢の心音がそのまま伝わってくる。
「ちょ、塔矢」
「進藤帰さない」
耳元で囁かれた吐息にビクリと体が震えた。
もがいたが背後から抱かれた腕は簡単に振りほどけそうになかった。
「放せよ」
「ごめん、放せそうにない」
塔矢の想いが腕から、いや、体全体からダイレクトに伝わってくる。流されそうになる。
「塔矢・・・」
けれどこれ以上一緒にいたら、昨夜の自分の所業が誤魔化せなくなる。
一緒に居たいと思う気持ちと天秤にかけてもそれは絶対に知られたくなかった。
強引にアキラはそのままヒカルごとベッドへと雪崩んだ。
もう本当にこのまま手放したくないとでもいうように
オレを腕の中に閉じ込め、見下ろされる。
「君が欲しい」
募られてヒカルは焦った。
「ちょっと待てって」
塔矢は性急でボタンに手を掛けはじめ、ヒカルは慌ててその手を掴んだ。
「塔矢、お前の気持はわかるけど、そのあれだ。今日はオレがヤッてやるから、それで・・・」
心の中で『勘弁してくれ』と祈るように叫んだ。
「僕の気持ちがわかるなら、僕がそれだけじゃ満足しない事もわかるだろう?」
「けど、・・・無理だ」
「無理じゃない。君は今まで何度も僕を受け入れたじゃないか。
それに僕の部屋に滅多に来ない君が来てくれた。寝間まで着てまるで僕を煽っているとしか思えない」
「これはそういうんじゃねえから」
必死にヒカルは懇願した。
そうしたら塔矢は態度を軟化させ、指を止めた。
オレは慌てて外されたボタンを掛けた。
「悪かった」
耳元で謝罪され、それに安堵したのは束の間だった。
塔矢はいきなり思いもしないところへ手を伸ばしてきた。
「バカ、いきなりなんだよ」
抵抗したが叶わずオレはあまりの羞恥に傍にあった、枕に
顔を埋めた。
もうここから消えて無くなってしまいたいぐらいだった。
「進藤ここに(僕がいない時に)来たのは今日が始めてじゃないだろう?」
「3度・・・だ」
それでも応えたのはもう誤魔化しようもないからで、もう頼むから許して欲しかった。
「それも今日と同じ理由なのか?」
「何となく・・・お前がいるような気がして」
「僕に会いたくなったって事?」
埋めた枕をアキラが強引に引っぺがした。
上から見下ろされ、失態と羞恥がごちゃまぜになった感情に
心臓が止まりそうになる。
「・・・そうだ」
「やっぱり歯止めが効きそうにない、先に言っておく、」
捕らえた腕を解きアキラはもう1度ボタンに手を掛けた。
「すまない」と。
先ほどまで一緒に寝ていた塔矢だったが先に起きて着替えを
はじめた。
それを横目で見ながら内心で溜息を吐いた。
窓の外は明るく真昼間だと言うのに、
オレは塔矢のせいでベッドから1人で動くことも出来なくて
だからここから逃げ出すことも出来ないでいる。
「進藤、大丈夫?」
『どの面下げてそんな事言えるんだ』と言いたかったが、これ以上塔矢を刺激して痛い目に遭うのは沢山なので寝たふりをして返さなかった。
塔矢はオレの髪を撫で上げた。
寝たふりを決め込みたかったのに塔矢はオレの髪をいじくりだして鬱陶しそうに眼を開けた。
目の前の塔矢は笑っていた。
寝たふりは当にバレていたようだった。
「進藤、もう隠さなくていいんだ」
「隠すって・・・?」
『何を?』と問いかけて昨日の自分の所業の事かだと気づいて
体中がカッと熱くなった。
「ああ、もうその事はいいだろう」
もう2度と絶対にここには来ないと心の中で誓いながら塔矢のいる反対側に寝返りを打った。それだけなのに体の芯がジンと攣ったような痛みが走り顔を歪めた。
「進藤」
アキラが布団の上から逃がさないとでもいうように
オレを覆ってくる。
「だからもう・・・」
『構うな』といいたかったのに塔矢は言わせてくれなかった。
チュッと音を立て離れたキスはそれでも名残り惜しさがあった。
「進藤、僕への想いを隠さないで欲しいんだ」
「そういうお前は少しは察しろよ。オレと何年付き合ってんだ」
恥かしさが爆発してオレは塔矢に怒鳴ってた。
「こういうのは知られたくねえに決まってるだろ」
それでも塔矢は布団から退かなくて、オレは鬱陶しそうに
顔を背向けた。
「進藤覚えてる?もう10年以上も前になるけど、僕が緒方さんに炊きつけられて雨の中君の家に行った時の事、」
なぜ今この日の話が出てきたのかオレにはわからなかった。
「お前に告られた日の事か?」
「ああ」
「あの日僕はまさか君も同じ気持ちでいるとは思わなくて、舞い上がってたんだ」
それはオレも同じだった。まさか、そんな事あるはずがないと
思い込んでいた。
「あの夜僕は君と一緒のベッドで寝ただろう。翌日君は僕に気付かれないように朝風呂に行ったけど・・・あの時」
「うわああああ、」
オレは同時に思い出なくてもいい事を思い出して顔を染めた。
「お前何思い出してんだよ。つうかそんな昔の事忘れろよ」
「君にとっては不都合な事なのかもしれないけど、あの時僕は『大丈夫』と言っただろう。むしろ嬉しかったんだ」
オレはそれ以上聞くに堪えられなくて布団にもぐった。
もうオレは『聞こえない。』と言う具合にだ。
完全に塔矢なんて無視だ無視。
なのに塔矢はそんなオレに苦笑しながら話をつづけた
「もう10年以上も前のことだから告白するけれど。
あの晩君が寝た後・・僕は我慢できなくなって
君のかわいい寝顔を横目で盗みながら1人で・・・。」
今更ながらすごい告白と
思わずその場を想像してオレは体が爆発したような気さえした。
「僕が君を想って・・・したことなんて、いや違うな。
僕は君を想ってしたことしかない」
「だあああ、うるさい、うるさいって、もうそれ以上お前はしゃべんな、恥ずかしすぎるっ」
思いっきり塔矢ごと布団を押しのけ起き上がった。
痛みはあったが、この際それは二の次だった。
「愛してる」
怒鳴ろうとしたら、目の前の塔矢にそう告げられて言えなくなる。
塔矢が即すようにオレの顎を捉え軽くキスをした。
間が悪くなって下を向いたオレに塔矢はもう1度『愛してる』と低くつぶやいた。
オレは唇を震わせ、ようやく口を開いた。
「オレも・・・」
その声は蚊の鳴くような声だったけれど、塔矢は満足そうに笑って、もう1度オレの唇を捉えた。
互いに求めあい重ねた唇はどこまでも甘かった。
あとがき
ヒカル編読んで下さったお客様、『アキラ編も読んだよ〜」と言う
お客様もありがとうございます〜!!
済さんから、白黒や天空の破片の後談的なお話のリクエストを頂いていたのと、きみよさんから甘い〜アキラ×ヒカルを読みたいと言うリクエストを頂いていたので
甘くなるように頑張ってみました(笑)
『二人のリクで一つの話なん?」と言われてしまいそうなので、アキラ編とヒカル編で2作品です。。
なんか安易な気もするんやけど(汗)
そして天空の二人にしては子供っぱい気もするし(滝汗)
ちと天空の「はじまりは〜」も読み直したくなった(爆)
二つの内容を途中で変えたのは、ヒカル編がちと頓挫してしまったからなんですが。
お好みの方で、楽しんで貰えたら嬉しいです〜(笑)
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