情熱大陸 
         
番外編8.5話




盛大な拍手がホールに木霊する。

その拍手に逆らうように行洋は立ち上がった。

「楽屋に立ち寄られないのですか?」

「うむ。」

行洋は話しかけた相手に構わず歩き出す。
佐為がその後を控えめに追う。


「息子さんの初めてのコンサートではありませんか。」

「君は私に気兼ねせず行ってきたらいい。
進藤くんに会いたいのだろう。」


確かにヒカルにおめでとうと伝えたかった。
あのやんちゃで無鉄砲だったヒカルがタキシードを身に纏い
バイオリンを奏でる姿に佐為は胸が震えた。
親ばかならぬかわいい弟子のバイオリンは佐為の知ってるもので
あって知らない音色を奏でていた。

それは伴奏を勤めたアキラにあるのだろうと佐為は感じていた。
アキラとヒカルの姿がどこか自分と行洋に重なる。


佐為は行洋に生涯私のコンマスは君だけだろうと言われたことがあった。
行洋は佐為の持つバイオリンに惹かれていたのだ。
だがそれは恋とは違う。
いや恋かもしれないがそれは演奏している時だけでしかない。


佐為はそれを辛いと感じると共に幸せだと感じていた。
こよなく愛するバイオリンを携えた時だけ、彼のコンマスになれる自分。


彼の指揮で自分がオーケストラの華になる。その瞬間は切ないほどに
佐為のバイオリンは恋を奏でた。


ホールを抜けた所で行洋は立ち止まって佐為をみた。

「進藤くんは決まった楽団に入ってはいなかったな。」

「ええ。」

「気に入ったよ。是非N響にほしいものだ。」

「はい。」




胸が痛む。。

ヒカルは大好きだ。無鉄砲すぎるほどに向かってくる性格も
どこまでも空へ伸びていくバイオリンの音色も。



でも・・・

胸の中に湧き上がる嫉妬に胸を押さえる。


佐為は静かに微笑んだ。
胸にある想いを秘めて。


     


                                     再編集2006年11月     完

                           

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情熱大陸の本を出した後に書き足しました。本編のちょっとオマケっぽいお話。