情熱大陸 8
「進藤どうした。」
先ほどから同じミスを繰り返すヒカルに伊角は演奏を中断した。
和谷から頼まれて伴奏を引き受けたものの伊角は自分では進藤の伴奏は無理だと感じていた。
だから予選を通過すれば塔矢にパートナーを代わってもらうつもりでいた。
学園内では優遇されても全国では通用しない。
だからこそ塔矢の本当の実力が認められるだろうと思っていたのだ。
だが・・・このままでは予選通過もままならぬかも知れぬ
と伊角は危機感を感じていた。
自己流だが、どこまでも空へと伸びていくような進藤の音色は
固く譜面どおりの伊角の伴奏では受け止められないのだ。
それは進藤だって気づいてることだ。
先ほどの問いかえに返事も返さないヒカルに伊角はピアノを閉じた。
「あれ伊角さんもう1度32小節からやるんだろ?」
「悪い 進藤練習しててくれ。ちょっと出てくる。」
進藤のバイオリンには誰もが惹かれる。伊角もその1人だ。
だからこそベストの状態であって欲しい。
最高のパートナーとペアを組んで欲しいと思う。
伊角はアキラの部屋を叩いていた。
突然の訪問者に驚きはあったがアキラは平素を装っていた。
「塔矢、邪魔していいか。」
「ええ。でも手短にお願いします。練習中でしたので。」
「ああ。進藤のことなんだけど。」
進藤と口に出しただけでアキラの平素はもろく崩れ落ち感情が
「俺では進藤のパートナーは務まらない。」
「それで・・・」
「塔矢に頼みたい。」
「お断りします。だいたい彼の方から僕にパートナーを頼んでおいて、いきなり解消してきたんです。
どういうつもりか知りませんがこれ以上掻き回されるのは不愉快です。」
伊角は食い下がった。
「進藤にそんなつもりはなかった。それは塔矢が一番わかっている事じゃないのか。」
「だから尚更彼のパートナーを引き受ける事はできません。
ご存知でしょう。僕の学園内での噂や待遇を。
彼は実力で本選出場を果たしたいと言った。」
「なら そんなデマや風潮を塔矢と進藤で跳ね返せばいいだろう。
本選で実力を示せば誰も文句は言わない。
俺はもともと予選選考だけ進藤の伴奏を引き受けたつもりだった。
進藤と塔矢なら十分に本選でも通用する。だが、俺では力不足だ。
あいつには塔矢が必要なんだ・・・・・・・第2音楽室で進藤が待ってる。」
コンクールの予選は明日なのだ。間に合うはずがない。
「今更僕が・・・」
部屋を退出しようとした伊角がもう1度振り返る。
「今更じゃない。今だから間にあうんだ。」と。
音楽室の前にアキラは立った。かすかにバイオリンの音が部屋から漏れていた。
その音色にアキラは全身の血が沸騰するような感覚に襲われた。
ヒカルはアキラを待っていた。その音色で、ただそこに存在するだけで・・・。
アキラは音楽室に入り黙ってピアノの前に座った。
ヒカルは目を閉じてバイオリンを構えた。
互いの音だけを追う。
これでもか、これでもかと 紡がれていくメロディはようやくめぐり会えた恋人のように焦がれていた。
終曲を向かえて・・・ヒカルの瞳には大粒の涙が溢れていた。
「ごめん。俺 俺・・・やっぱお前じゃないと駄目みてえだ・・・」
ヒカルは子供のようにアキラの胸に縋った。
「俺あの時そう言ったのにお前じゃないと駄目だとわかってたのに・・。
・・・・俺どうしようもなく塔矢の事が好きだ!!」
ようやく認めたヒカルの背をアキラはありったけの想いを込めて抱きしめた。
「進藤予選は明日だ。弾こう。」
舞台裏に下がってもカーテンコールが鳴り止まない。
まだ興奮冷め切らぬヒカルの肩にアキラはそっと手をおいた。
「進藤・・・・君の演奏を待ってる人がいる。」
ようやく僕をまっすぐに見据えたヒカルは小さく微笑んだ。
「塔矢、俺アンコールは情熱大陸がいい。」
それは、クラシックが主流だったコンクールで二人が始めて演奏した曲だった。
アキラはうなずいた。
ますます大きくなるカーテンコールの中 二人はゆっくり歩きだす。
どこまでも続く情熱大陸へ・・・。
再編集2006年11月 完
あとがき
ここまで読んで下さったお客さまに感謝です!!
パラレル書くときにいつも思うのは世界が違っても読者の方に
ヒカルの碁、アキラとヒカルだって思ってもらえたらなっていうことです。
そんな風に思ってもらえたら嬉しいですね。
他に情熱大陸は短編の番外編がいくつかあります。
リクエストがあればPC底から引っ張ってきます(笑)