今日は中国から帰ってきた俺の復帰第一戦だった。
朝食に用意された3つ目のパンに手をのばすと かあさんがうれしそうに目を輝かせた。
「ヒカルが活躍してると聞いてうれしかったけど
なんだか他所の子供みたいで・・・でもまだまだ こうやって いるとヒカルも子供よね〜っ。」
「なんだよ。それ・・・」
ふくれっつらを見せながら俺は母さんが先日 うれしそうに取り出したビデオのことを思い出していた。
中国から帰国した日 かあさんは北斗杯の特集TVを録画した
ビデオを俺に見せてくれた。
TV放送があってからなんでも近所で評判になってしまった らしい。
興味がなかったわけではなかった。俺が日本にいない 間の若手の棋士たちのなにより塔矢の打った棋譜を
知りたかったのだ。
塔矢の映像にドキリと胸が高鳴った。
「僕と同じくらい負けず嫌いな彼は遠回りしているようだけど
実はそうでないんです。おそらく中国から帰ってきたら僕だけで
なく誰もが彼の成長と実力を認めることになります。」
塔矢の凛としたまなざし 中国にいた俺へのコメントはまるで今傍に
いてるのではないかと言うほどに胸を震わせた。
だが、棋譜や対局内容にはほとんど触れず塔矢と俺の ビジュアルやライバルとしての対立などを北斗杯予選 対局を絡めてストーリー風にアレンジしたもので
俺にとってはどうでもよいものだった。
ただ一つを覗いては・・・
越智と俺の若獅子戦でのやり取りがあったのだ。
そしてその後塔矢が俺を追って来た映像も。
いつ取られたのか全く気づかなかった。
「塔矢も進藤もお互いしか見ていない。」
ずきりと残る越智の声と映像。
けして塔矢だけを追ってきたわけじゃない。それでもどうしても
意識し追ってしまうのは ライバルだけではすまされない感情がある
からだ。
自分ではどうしようも出来ない感情が押し寄せてくる。
塔矢は今日対局があるのだろうか・・・5段に昇段した塔矢が水曜日に
対局があるとは思えなかった。
だが・・自分も もう1度今日からスタートする。
高みへと繋がる道・・・それはいつも塔矢と繋がっている。
トウルルルル・・・。
突然の電話にかあさんが受話器を取る。
「ヒカル電話よ。」
「誰?」
「緒方さんという方から」
口の中にはパンがまだ残っていたが 俺はそれを無理やり飲み込み母さんの手から受話器を奪った。
「もしもし 俺 ・・じゃなくてかわりました。」
「相変わらずだな。」
緒方の声はくぐもっていた。
「先生タバコ吸ってるだろ?」
「久しぶりなのに 随分な物言いだな。で、進藤 今日は対局だろ?」
「そうだけど。」
「これから お前を棋院まで送ってやるから準備しておけ。」
突然のことに無理やり飲み込んだパンを詰まらせそうになった。
「へ っ?〜なんで先生が?」
返事のかわりにふ〜っと息を吐く音が受話器のむこうでする。
先生がタバコを継いでいるのだろう。なんだか受話器越しにまで
臭いが漏れてきそうで 俺はしかめっ面をした。
「まさか知らないわけじゃないだろう。 GO GOTVの映像を見てないのか。」
「見たけど・・・。」
「対局日にはアキラくんやら若手棋士目当ての追っかけがわんさか 棋院に来る。お前が帰ってきたと知ればなおさらの事だ。」
「だからって・・・緒方先生にそんな事させられないって。」
「大事な対局を捧に振りたくないだろう。アキラくんだって 芦原が送り迎えしてる。」
塔矢も・・・と聞いて俺はごくりとつばを飲み込んだ。
「塔矢今日対局あるの?」
「残念だがアキラくんの対局はないな。」
「そっか。」
過激に反応してしまった俺に緒方が思わずという具合に小さく噴出した。
「まあ 悪い事はいわん。準備しておけ。もうすぐそっちにつくから。」
「わかった。」
受話器を置いたあと俺は慌てて残っていた牛乳を飲みほした。
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