大地へ


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今年の若獅子戦の準決勝に残ったのは、塔矢 と越智と和谷と俺の4人
だった。


「俺たち同期3人が残るとはな」

「和谷は越智とだな・・・」

「ああ。お前は塔矢か。お互い気合いいれてかないと。」

俺も和谷も最大のライバルと当たったわけだ。

「俺たちが決勝であたるといいな。」

「ああ。」

和谷にそう返事したが、俺は今日勝っても決勝には出ない。
明日、中国に帰るのだ。

だが、その事は塔矢にすらいっていない。
俺たちの後ろから越智が声を掛けてきた。

「おはよう。」 「おはよう」

その瞬間越智と和谷は鋭い視線をぶつけ合った。

「和谷 のん気なもんだね。進藤とつるんで。
北斗杯の予選では僕が負けたけど今日は絶対負けないから。」

「俺だって負けねえぜ!」

熱い同期のやり取りに俺の気合も充電されていく。
視線を感じて振り返った先に塔矢の視線とぶつかった。

それは先ほど和谷たちが交わしたものとは違う交差だった。





対局開始時間になって俺は塔矢と向かい合った。

碁盤を侵略する白と黒の石は俺と塔矢に似ている。
お互いの攻防は一進一退を繰り返しその上を行ったのは
俺の方だった。


塔矢が頭を下げて、俺は大きく息を吐きだした。


「進藤 決勝戦は僕が相手だから。」

越智の言葉に我に返った。
先に終わっていた越智と和谷が俺たちの観戦をしていたのだ。




「越智 お前が今年の優勝者だ。俺決勝は不戦敗。明日中国に戻るんだ。」

「なに!!」

越智が掴みかかるような勢いでまくしたてた。

「僕を侮っているのか?進藤これからここで勝負しろ!!」

激しい越智の言葉に俺は動揺する。

「進藤何とか言え!!」

越智に胸ぐらを捕まえられたところで和谷と塔矢が止めに入った。

「やめろ!越智」

「 越智くん 落ち着くんだ。」

「和谷 離せ!どけ塔矢!」

掴まれた胸倉が締め付けられて痛い。いや痛かったのは心の方かも
知れない。

和谷が越智を後ろから押さえ込み越智との間に塔矢が割って入って俺と
越智との間に距離が出来る。



「お前なんかなんの実績もない初段のくせに予選も這い上がらず北斗杯
にでて来て・・・今からここで勝負しろ!」

涙交じりの越智の言葉に俺はようやく言葉を返した。

「ごめん。越智。俺考えなしで。中国から帰ってきたら お前と打つから
だから・・・」

「バカにするな。お前なんか二度と中国から帰ってくるな!顔も見たくない。」

和谷がそっと目配せして俺に席をはずせろ合図を送る。
俺はどうする事も出来ず
その場を去ろうとしたところで越智からの罵声が聞こえた。

「お前も塔矢もどこまでも自分らの事しか考えてないんだ!」


越智に言われたことを否定する事が出来ない。その通りなのだ。
俺が若獅子戦に残ったのは塔矢と対局するためだった。

ごめん 越智 。言葉にする事が出来なくて心でそう呟くと俺は逃げるように
棋院の外に出た。





外は晴れ渡った5月晴れの空だった。

「進藤!」

背後からする声に俺は振り返らなかった。

塔矢・・・・

「行くのか。」

俺はそのままでうなづいた。

「君の帰りを待っている。」

瞳から大粒の涙がこぼれ落ちた。






霞んで見えた空にたった一つの雲・・・



風に吹かれて気の向くまま赴くまま
旅を続けて・・・


やがて水滴となって大地へ戻ってくるのはいつだろう・・・。

俺の大地はいつだって塔矢であってほしい。


     
      

                                        2章「大地へ」完


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空を行く雲1